第59話 リブレイズに立ちはだかる大男
「……見つけた。リブレイズのリオ」
月明りを背に立つ大男が、ひときわ低い声で言った。
私とフィオナはすぐさま臨戦態勢、スピカは「どなた?」という顔で首を傾げている。
男は坊主頭で神官のような法衣を身に着ける一方、腰にはクサリ付きの鉄球をぶら下げている。
だが男に引く様子はなさそうだ。視線で
(ひいぃぃぃっ! どうしてこんな怖い坊さんに睨まれなければならないのっ!?)
一体なにが望みなんだろう、とりあえず話し合いがしたい。そう思った私は勇気を出して声をかけてみた。
「っ、なんの用ですか! どうして私のことを知ってるんですか!」
ひと気のない夜の町に、私の声が響きわたる。すると男はゆっくりと顔を上げ……ぽたぽたと両の目から涙をこぼし始めた。
「え、えぇっ……?」
泣きだした。
まったく予想していない反応に私が動揺していると、なにを思ったか男は両手を広げてこちらに突っ込んできた。
「うわーーーーーん、りおりーーーーー!!!」
「うええええぇぇぇっ!?」
ドシンドシンと足音を踏み鳴らしながら、突っ込んでくる大男。
当然、私は回避。
すると私を捕らえそこねた男は、町の石畳へと激しくダイブ。
そのまま三回ほど前転をした先で、また泣きだした。
「避けないでくださいよおぉーーーっ! こうして運命的に再会できたのにーーーっ!!!」
外見とは裏腹に、みっともないまでの大声で泣き始める大男。
(……再会? って言っても、私にはあんなゴツい知り合いいた覚えないんだけど)
だが彼に敵意はないっぽい。フィオナもそれを悟ったのか、どこか引きつった表情で聞いてくる。
「……まさか、知り合いか?」
「いえ。あんなおっちゃん知りませんけど……」
冒険者になってからの知り合いということはないだろう。虚無の村で過ごしていた時の知り合いでもない。そもそも知り合いであれば、あんなインパクトのあるおっちゃんのことを忘れるはずがない。
「あ、あのぉ……すみません。私たち今日が初対面だと思うんですけど、どこかでお会いしましたか……?」
石畳に額を当てて泣きじゃくる大男に、私はおっかなびっくり声をかけてみる。
すると男はそうかっ、と言ってその場に正座をし始める。
「お久しぶりです、りおりー」
「……りおりー?」
「ボクたちの間ではそう呼ばれてたじゃないですか。誰が最初にそう呼んだかは忘れましたけど……」
りおりー。
なんだか懐かしい響きがする。
「リリース二周年目のイベント『魔族四天王、降臨!』で個人ランキング五位だったボクに、初めて声をかけてくれましたよね?」
「……」
「どこのクラン
「…………」
「三周年目のイベントもランキング上位を目指すって、みんな徹夜でずっと通話してて。でもあの時は本当に嬉しかったなあ」
「………………ウソ?」
「本当みたいです。だってリオって名前で、クランに『リブレイズ』って名前を付ける人。りおりーしか考えられませんから」
リブレイズ。それはいまのクラン名で、転生前にもつけていた私のクラン名。そして転生前のプレイヤーネームはりおりお。……私の本名は
だが固定で遊ぶ人たちや、同盟を組んだ人たちからは『りおりー』と呼ばれていた。でもその名前はこちらで使ったことはない。
私は目の前にいる、涙ぐんだおっちゃんと初めて正面から向かい合う。
「もしかして…………
「はい。ボクもりおりーと同じく、この世界に転生したみたいです。……なぜか男になりましたけど」
「えええええ!?」
目の前にいるやたら泣き虫な大男。
それは私が転生前に固定で遊んでいたお友達、キサナだった。
***
――キサナが転生したのは、とある聖堂の男性牧師だった。
年のころはもうすぐ三十歳というところ。大柄な体に似合わず、素朴で慎ましやかな男だった。
だが、リオと同じく二ヶ月ほど前にこの世界へ転生。
既に『
大喜びしたリオとは反対に、キサナはパニックに陥った。男性へ転生したこともそうだが、自分のようなクズが牧師として人に説教を垂れるなんて考えられない。
そのため、すぐさま聖堂から逃亡。
イヤなことがあれば酒に頼るという、体の持ち主の性格に従ってしばらくは酒びたりに。
しかしせっかく知ってる世界なんだから、と思い直し地盤固めをすることに。効率のいいレベル上げを駆使すると共に、
細々と日銭を稼いでいたある日、エレクシアに現れたリブレイズというクランのウワサを耳にする。
絶対にりおりーだ。
そう考えたキサナは首都ミラへ行き、リオを探し回って――今日に至る。
キサナと再会した翌日、私たちは改めてミラの中央広場で集合した。
筋骨隆々亭は男子禁制だ。みんなを交えて話すためには、朝になるのを待つ必要があった。
「……つまりリオとキサナ殿は遠い昔、一緒にクランを組む約束する仲だったということか?」
「はいっ! 昨日はあまりに久しぶり過ぎて、顔がわからなかったので……」
リブレイズのみんなにはそう説明しておいた。ここはゲーム世界で、転生前の知り合いだったとは説明できないからね。
「にしても
「ひぃぃぃっ、すみません! 老けててすみませんっ、男に生まれてすみませんっ!」
レファーナの睨みを利かせた視線に、キサナはひたすらビビりながらペコペコ頭を下げている。
キサナは昔から極度の臆病だ。通話しながらクラジャンをプレーしている時も、ミスをすれば謝り倒し、人への指示もかなーり気を遣っていた。
人によっては自信のなさにイライラを感じる人もいたらしい。でも私は小動物みたいなキサナを可愛いと思っていた。
そして数奇な縁で転生後も会うことが出来た。だから私は――
「キサナちゃんもリブレイズに加えてあげたいんです。初めての男性メンバーですが……性格は生まれつき女の子の、可愛いコなんです!」
と、みんなを説得することにした。
「しかしのぅ、宿はどうするのじゃ?」
「さすがに生物学的には男性なので、隆々亭に一緒にってワケには行きませんけど……」
「おかまいなく! ボクなんてその辺に野宿するので!」
「いや仲間に野宿をさせようとは思わないけど……」
「でもボクみたいな異分子が、先輩がたに気遣ってもらうなんて恐れ多いですぅ!」
デカい体で首をすくめ、ビクビクと怯えているキサナ。レファーナとフィオナは初めて見るタイプの人間だったのか、困ったように苦笑している。
しかしスピカだけはその様子を見て、目を光らせていた。
「ふ~~~ん? お前がスピカのあたらしい後輩かぁ~?」
「ひ、ひいぃぃぃっ! 大聖女さまっ!?」
「いかにも! スピカはエレクシアの大聖女であり、リブレイズの先輩だ! おじぎをしなさい!」
「は、ははーーーっ!」
小さな体でふんぞり返るスピカに、大きい体のキサナは土下座で石畳に額を擦りつけている。
「スピカは先輩だぞ~? 上下関係は大事にしないと、いごこち悪くなっちゃうぞ~?」
「どうかそれだけは勘弁してくださいぃーっ! りおりーのクランから追い出されたら、本当に行くところ無くなっちゃいますぅっ!」
「それなら先輩のゆうことをよーく聞きなさい。まずはスピカに肩車をすること!」
「
そうしてキサナはスピカを肩に乗せ、ひょいっと立ち上がった。
「うひょぉーーー! すっごい高い!」
「お、お加減いかがですか……?」
「ゆかいゆかい! しばらくこのままがいい!」
きゃっきゃと騒ぐスピカが、キサナの坊主頭をぺちぺち叩いている。子供に付き合わされる、気の弱い父親みたいだ。
「ふむ、ウラがありそうなヤツには見えんな。リオが引き入れたいのであれば、アチシから言うことはなにもない」
「ありがとうございますっ! ちなみにフィオナさんは……」
「もちろん異論はない。領地を持つほどのクランを作るなら、仲間は少しでも多いほうがいいからな」
全員から了承がもらえたことで、私はようやく胸を撫でおろす。
さすがに初の男性メンバーということもあり、反対も覚悟していたがスムーズに加入させられてよかった。
私たちはその後、キサナの加入手続きをするため冒険者ギルドへ。
受付を担当したカルロスは、仲間に加わる
ちなみにキサナのステータスは以下の通りだ。
☆☆☆
名前:キサナ
第一才能:◎僧兵(レベル:75)
第二才能:錬金術師(レベル:70)
冒険者ランク:C
残りスキルポイント:1985
【キサナの装備品】
マスターキー(S) 相手の防御力を無視して攻撃
エンジェリックリボン(A) 状態異常無効
二足のわらじ(A) 装備時、常に最大レベルの才能ステータスで戦闘可能
【習得スキル】
・錬金術師【LV:10】
・かぶと割り
・レクイエム
・攻撃力上昇【LV:10】
☆☆☆
色々とツッコミどころが多いステータスだ。
訊きたいことは山ほどあるが、とりあえず先にこれだけ聞いておく。
「……ちなみにキサナちゃんって『主人公転生』何回目?」
「ボクは六回目です。とりあえず後で腐らない、錬金術だけ先に鍛えておきましたが……どうでしょうか?」
「完璧だよ、さすがは私の見込んだクラジャン仲間だねっ!」
私が親指を立てて見せると、キサナはいかつい顔に控えめな笑みを浮かべてみせた。
キサナの詳しい話は移動がてら聞いておこう。まずは当初の目的、
―――――
特別クエスト:
内容:竜峰三十層にて、昇竜王と
クエストランク:A
達成報酬:1000万クリル
※注釈:クランと同盟について。
ゲーム内におけるクランメンバーとは、NPCで構成されたプレイヤーの配下的存在。クラン同盟はフレンドに近い機能で、同盟合計のポイントや成績を競うイベントが一部存在する。(年に一・二回)
同盟を組まなくともダンジョンへパーティを持ち寄って、一緒に攻略に行くことは可能。ただ同盟がないと一部イベントに参加ができないので、その時だけに協力し合う
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