第54話 大聖女は私が幸せにして見せます!

「……では、改めて。ワシがエレクシア教皇ベネディクトじゃ、先ほどは失礼があったことをここにお詫びしよう」

「いえっ、私もだいぶ緊張がほぐれたのでっ!」


 私たちが祭壇前でギャースカ騒いだ後。マチルダの案内で談話室と呼ばれる部屋に移動し、そこで改めて挨拶を交わした。


 部屋にはリブレイズ四人と、教皇とマチルダの六人。思っていたよりは随分とこじんまりとした顔合わせだ。


 それはスピカも同意見だったのか、気安い調子で教皇にたずねてくれた。


「今日は枢機卿すーききょーとかは呼ばなくていーの?」

「いいんじゃよ、あやつらがいると無駄に話が長くなるだけじゃ。今日は若い者も多いし、ぱぱっと済ませるのが良かろう」

「さすが教皇きょーこー、話わかるじゃーん」


 スピカがぐっと親指を立てると、教皇も同じようにぐっと親指を立てる。そしてマチルダが咳払いをすると、二人は同時に突き出した手をすっと下げる。うーん、やはり陰の支配者。


「……ではまず始めに。このたびは大聖女スピカをお救いくださり、誠に有難う御座います」


 教皇とマチルダが立ち上がり、私たちにエレクシア最上級の感謝礼。


「つきましては事前にお伝えした通り、懸賞金の2000万クリルをお送りいたします」

「ありがとうございます!」

「そして続きまして。大聖女スピカの流転るてん巡礼じゅんれいに際し、クラン・リブレイズに同行を願いたいと考えております」

「はい。喜んでうけたまわらせていただきます!」

「ありがとうございます。ではこちらの書類にサインを」


 差し出された書類をレファーナが一読。問題ないと確認した後に、私がサインをしてお返しする。


 続いてスピカが署名欄にすらすらと自分の名前を書く。書き記された字は普段の言動から想像がつかないほど麗筆だった、ちゃんと大聖女としての教育は受けてるのだろう。


 書類をマチルダに手渡したスピカは、嬉しそうにこんなことを聞く。


「ねーねー、これでスピカは自由なの?」

「これまで自由じゃなかったみたいな言い方は気になりますが……そうですね。リブレイズのみなさんに迷惑をかけない範囲でなら」

「そっかそっかー、やっとスピカは自由になれたんだー!」


 嬉しそうなスピカを見てマチルダは苦笑、教皇も口元には笑みが浮かんでいる。


 ワガママ放題とはいえ、きっと彼らにとってもスピカはかわいい子供なんだろう。……肩の荷が下りて、ホッとしてるだけかもしれないけど。



 ――ここで勉強家リオちゃんによる補足、現実クラジャンにおける大聖女の歴史について。


 大聖女はエレクシアでしか誕生したことのない、稀有けうな才能とされている。スピカは歴代で三番目の大聖女だ。


 先に生まれた二人の大聖女は、それぞれ別の人生を送っている。


 初代大聖女はエレクシアの中心地、本聖堂で国と民のため祈りを捧げる人生を送り続けた。これは大聖女の持つ『幸運』スキルが繁栄をもたらすといわれ、その力を人々のために使うためだと言われている。


 そして二代目は冒険者とパーティを組み、流転巡礼の旅へ。


 この時期は魔族の侵攻も盛んで、各地で魔物が暴れまわっていた。そのため二代目は戦闘に使えるスキルを駆使し、各地の魔物を次々に抑え込んだと言われている。


 そして国王の命もあって、北方の魔族領へ魔王討伐の旅に出る。――が、失敗。全滅で帰らぬ人となった。


 しかし各地で魔物を追い返した話は残り続け、救われた村や町の伝承として残っている。そのため大聖女の流転巡礼に期待する人々も多いのだ。


 ちなみにスタンテイシア国で勇者と聖女が旅に出る話も、この伝承になぞらえる形で行われることになっている。


 どうやら「大国のエレクシアではなく、ウチの国の冒険者に魔王を倒して欲しい!」という思惑があるらしい。そのため勇者と聖女に選ばれた新成人は、魔王を討伐すべきという圧の元で旅に出されるようだ。かわいそう。


 ゲーム中でも二代目大聖女の話は過去回想にて語られる。そして失われし大聖女のスキルの獲得、および装備を探すために各地を回るイベントがある。


 これらを手に入れて魔王との戦闘に備えよう、というのがストーリー本編に登場する。以上、解説終わり!




「さて。これにてスピカを預ける手続きは完了した。なにか聞いておきたいことはあるかね?」

「二つほどお聞きしたいです!」


 私がピッと挙手をすると、スピカが「はい、一番早かったリオ君!」と勝手に答える。すると教皇もゆっくりうなずいて、私に発言するよう促した。


「スピカが旅の許可をもらえたのは、流転巡礼という名目だと伺いしましたが……意識的に色んな地域を回ったほうがいいですか?」

「ああ、そのあたりは気にせんでかまわぬよ、流転巡礼は教義的なセレモニーではないからの。行った先々で声掛けをされたら、愛想よくしてくれるくらいで十分じゃ」

「なるほど、了解です!」

「では二つ目の質問も承ろう」

「はい。これは質問というか、疑問なんですけど。私たちは隣国りんごくスタンテイシアで、立ち上げたばかりのクランです。それなのにスピちゃんを結構あっさり預けてくれたのって、なにか理由があるのかなと思いまして……」


 その質問をされた教皇とマチルダは笑みを消し、互いに目配せを交わし始める。


 あれ、なんかマズい質問だったかな?


 そう思っていると、マチルダが真面目な表情で答えてくれた。


「……それには私がお応えしましょう。まずリオさんたちにお預けしてもいいと判断したのは、単純にスピカ様を守る力が十分であったからです。そしてなによりスピカ様が、リブレイズのみなさんを信頼していたからです」

「あ、ありがとうございます!」

「しかしお伝えしてなかった、もうひとつの事情が御座います。……それは当初候補に挙がっていた、別のクランにスピカ様をお預けしたくなかったからです」

「預けたくなかった、ですか?」

「はい、これは内密に願いたいのですが。リブレイズの皆さまが現れてくれなかった場合、巡礼のお共には『トライアンフ』と呼ばれるSクランの名が挙がっておりました」

「……トライアンフ、聞いたことのある名じゃな」

「ええ。彼らは生活種のメンバーも多く抱える、50人以上のクランです。国内外にも大きな影響力を持っています」


 トライアンフは15人ほどの戦闘種と、たくさんの生活種を抱えたクランらしい。


 戦闘種も三つのパーティに分かれて行動しており、エレクシアの高難度クエストはほとんどが彼らによってクリアされている。よってスピカの預け先はそこしかないと言われていた。


「お話だけ聞くと優秀なクランだと思いますが、なにか問題があったんですか?」

「はい。挙げられている成果はとても素晴らしいのですが……色々と活動に問題が」


 マチルダの話によるとこうだ。


 トライアンフは高難度クエストを独占するため、他の優秀なクランに妨害工作をかけている。そして彼らのやる気や戦力を削いだ後、ギルドや依頼元に脅迫じみた値段の釣り上げ交渉をしているらしい。


 しかも戦闘に出る三チームは血気盛んな者しかおらず、盾役や回復役・サポートが不在。そのためチーム内で何度も死亡者が出ているらしい。


「トライアンフにお預けしたとしても、スピカ様をお守りいただけるとは思えません。そのため別にお預けできそうな方を、探していたところなのです」

「うわぁ、そんなクランがいるんですねぇ……」

「そしてこれは可能性の話ですが。大聖女であるスピカ様をお預けする以上、彼らにもリブレイズの名が耳に入るはずです。もしかすると接触や妨害が入るかもしれません」

「厄介な話じゃのう。聖教国軍や衛兵をけしかけたりはできんのか?」

「彼らも表向きはクエストをこなす普通のクランです。それに彼らのスポンサーは中央に務める貴族ということもあり、揉め事があっても内々で済ませられてしまうようです」

「なるほどエレクシアも大国だけあり、一筋縄ではいかぬようじゃな」

「はい、お恥ずかしい限りですが」

「何処の国でもよくあることじゃ、残念なことにな」


 レファーナが皮肉っぽい笑みを浮かべると、マチルダも困ったような笑みを返す。


「とりあえず忠告いただいた点には感謝するのじゃ。で、それを踏まえてアチシからも質問をしても構わぬか?」

「もちろん、構いませぬぞ」

「アチシらは全員がスタンテイシアにゆかりのあるクランじゃ、後にリオも領地を持つつもりで活動しておる。しかしリブレイズにはエレクシアの大聖女が加わった、これが原因で領地発足をエレクシアに限定されることはないか?」


(うわ、鋭い質問だ)


 必ずしもそうと決めたわけではないけど、領地を持つならニコルの近郊にしたいと考えている。


 だがスピカはエレクシアの重要人物だ。初代大聖女だって、エレクシアのために祈りを捧げた生涯を送っている。


 そんな大聖女が他国の領地で過ごすことがあれば、反感を持たれたりするのではないか。そういうことを聞いているのだ。


 すると教皇は特に困った様子もなく、あっさりとこう答える。


「問題がないと言えばウソになるの、しかし抜け道くらいは考えている」

「ほう。その抜け道とやらを、窺ってもよろしいか?」

「本聖堂が国内に持つ土地のひとつを、リブレイズの皆さんに貸し出そう。領地を二つ持つことに抵抗がなければ、そこにリブレイズの簡易拠点を構えて欲しいのです」

「えっ!? いいんですか!?」

「もちろん。そしてたまにはエレクシアの民に、大聖女の所在をアピールしてくれればそれで構いませぬ」


 こうして私たちはスピカというチートキャラだけでなく、土地を借りる約束までもらってしまうのだった。

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