第53話 ついに到着、本聖堂!

 サンキスティモールを出発して十日。私たちはようやく聖教国の首都、ミラに到着した。


 初めてミラに来た私とフィオナは、大陸で一番に栄えている街並みに興奮が抑えられない。


「道が広い! 三階建ての建物がいっぱい!! なんか全部キレイっっ!!!」

「あれを見ろ、リオ。なにやら高台から水が噴き出しているぞ、あれが温泉というものか……?」

「ちがうよヒオナー、あれは噴水っていうんだよ?」

「噴水というのか……あれはなんの目的があって、水を巻き上げているんだ?」

「そんなの決まってるじゃん、楽しいからだよ!」


 レファーナは仕事で何度か来たことがあるらしく、私たちが騒ぐさまを楽しそうに眺めていた。その途中。本聖堂へ向かう馬車だと気づいた人たちが、こちらに指を差しながら口々に叫ぶ。



「見ろ、大聖女スピカ様がお帰りになったぞ!」

「スピカ様っ、無事で見つかって本当に良かった……」

「見つかって早々、大侵攻を食い止めるなんてすごすぎる! 新たな大聖女伝説の幕開けだ!」



 集まった民衆の叫びがさらに人を呼び、馬車の両脇にはどんどん厚い人垣ができていく。


 本聖堂が発表した流転巡礼るてんじゅんれいと、大侵攻スタンピード阻止の報。それらはここ数日でエレクシア全体に知れ渡り、大聖女スピカの動向は最もアツい話題になっていたようだ。


 そして調子に乗ったスピカは客車の上によじ登り、屋根の上から民衆に手を振り始める。


 ハチの恰好で。



「み、見てみてっ、スピカ様が可愛らしいお召し物をっ!」

「なんて愛らしいんだっ! まさかあれが新しい大聖女の正装なのか?」

「もはや大聖女ではなく女神だ! 神の威光をその身に纏った、新世代の女神さまだっ!」


(みんなノリ良すぎか)


 あの衣装はバランス調整のため、スピカを弱らせる目的で着せた衣装だ。もし真実が明るみに出れば、私はスピカ信者に石を投げられるだろう。


 馬車は熱狂の渦に包まれたまま、首都中心部の本聖堂へ到着。マチルダの案内で私たち四人は本聖堂の中へ迎え入れられた。


 初めて入る本聖堂は、どこか重厚な雰囲気が漂わせていた。高い天井の先には宗教画が描かれており、ステンドグラスから差し込む光が床を七色に彩らせている。行く先々でろうそくが小さな炎を揺らし、ふんわりとした花の香りが鼻腔をくすぐった。


 そして開け放たれた大きな扉の先では――白髪頭の男性がこちらに背を向け、祈りを捧げていた。


「お入りください。祭壇さいだんにて教皇きょうこうがお待ちです」


 教皇。言わずもがな、エレクシア教の最高責任者だ。


 ミラに観光気分でホイホイやってきた私だが、さすがにそんな大物を前にすると緊張してしまう。


 私たちは教皇のおわす祭壇にゆっくりと近づいていく、するとスピカがこんな提案してきた。


「ねえねえ、リオ。きょーこーに声をかけてみて?」

「え? わ、私が?」

「うん。だってリオはリブレイズのリーダーでしょ? ここは代表者同士であいさつをしなきゃー」

「えっと、うん……」


 私みたいな子供が? とは思ったけど、スピカを預かるのはクランリーダーの私だ。それが責任と言われればそれまでだ。


 緊張をグッと飲み干し、意を決して声をかける。


「教皇様っ、失礼しますっ!」


 ……返事がない。ただの教皇のようだ。


(あれっ、エンカウントなしもかけてないのに……変だな?)


 お歳も召されているようだし、耳が遠いのかもしれない。そう考えて声を張り上げて呼びかけるも――返事なし。


「背中をトントンって叩いてみなよ、そうすればジジィでも気付くでしょ」


 どこかイタズラな笑みを浮かべるスピカに促され、私は教皇の肩に手を触れる。すると――


 ガシッ!


 異様に硬い手が、私の手を押さえつける。思わず乗せられた手を見ると……そこには肉のない、骨の手が乗せられていた。


「ギャーーーーーーッ!」


 レディにあるまじき下品な大声が、のどの奥からほとばしる。


 そして叫ばれた教皇は「ぐりん!」と首を百八十度にきゅう旋回せんかい。ふと教皇のご尊顔をのぞき見ると……白いガイコツ頭がこちらを向いていた。


「ビャーーーーーーッ! アンデッドだーーーーーーっ!」


 私は思わず、目の前のガイコツ頭に向かってパンチ。すると首はあっさりともげてしまい、床に落ちたガイコツは木っ端みじんに砕け散った。


「ブェーーーーーーッ! 教皇を殺したぁーーーーーーっ! 私が次の教皇だーーーーーーっ!」


 望まぬ下克上に成功した私は、とりあえず拳を掲げて勝利宣言。


 いまこの瞬間。大陸一の信者を誇るエレクシア教は、リブレイズの軍門に下ったのだ。



 すると、どこからか笑い声。


「……ほっほっほ、残念じゃったな。教皇の任命は選挙制じゃ、ワシを殺しても簡単になれたりはせんよ」

「しゃべったあああああああーーーーーーっ!」


 と、首を失った教皇の胴体をよく見ると……中腰になった爺さんが、ガイコツの腕を握っていた。


「ほっほっほ。すまなんだね、お嬢さん。ちょいとしたイタズラのつもりじゃったが……これまでの反応でも断トツの反応じゃったわい」


 ホクホク顔のお爺さん、もとい教皇が楽しそうな笑みを浮かべている。


 そして、後ろからも笑い声。


「ひーーーひっひっひ。リオがっ、次の教皇じゃとっ? 腹が痛いわ……」

「……リオっ、すまない。主君を笑うことなど、あってはならないのにっ……」

「あはははははっ、リオすごい面白い、サイコーに面白い。あはははははっ!」


 リブレイズのみんなが笑い転げていた。


 すると離れていたマチルダがこちらに歩み寄り、ため息をつきながら申し訳なさそうに言った。


「……リオさん、本当に申し訳ありません。教皇はこのように子供みたいなイタズラをする方で、私共も何度も注意しているのですが」

「あ、いえ……教皇が生きてて良かったです」


 私がまだ収まらぬ動揺で変な受け答えをしていると、教皇も笑いながら混ざってくる。


「リオ殿もこう仰っていることだし、よいではないかマチルダよ。それに教皇と聞いて硬い態度を取られ続けるより……いでででっ!」


 目を吊り上げたマチルダが、教皇のヒゲをむんずと引っ掴む。


「教皇! 初対面でお客様を驚かせるのはやめろと、何度も何度も申し上げてますよね? あなたがそのような態度でいるから、スピカ様もふざけ半分で聖務にあたるのですよ!」

「いでででっ、スマン! ワシが悪かった、マチルダよ。じゃからヒゲを引っ張るのは……いだだだっ!」


 涙を流して痛がる教皇にも、マチルダは態度を崩さない。


 これが本聖堂における真の力関係なのだ、と私は怒るマチルダを見て思うのだった。

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