第48話 十層フロアボス:ハチノス

 翌日からのスピカはとても聞き分けがよく、すべての魔物をスルーしてくれた。よっぽど携帯食料のまずさが身に染みたらしい。


(あれはあれで乙な美味しさがあると思うんだけど……さすがに子供の舌には厳しいか)


 子供スピカには自由奔放でいて欲しいと思う反面、度が過ぎると困ってしまう。お互いのやりたいことにうまくバランスを取って行かないとね。


 八層を越えたあたりでアーミーアントはほとんど姿を見せなくなり、中型のアシセンボンとブレイドマンティスが姿を見せ始める。


 すると大型のA+魔物、サタンモスクは十五層過ぎというところかな。早くスティールアンドアウェイしまくりたい!


 また探索を続けている途中、私は重大なうっかりに気が付いた。


 特注ダンジョンでは盗む枠だけでなく、ドロップ枠にも未実装レアが指定されている。そのため盗むアイテムだけ把握できる『観察眼かんさつがん』では十分じゃない。


 そのため『観察眼』の上位スキル、『掌握しょうあくがん』という上位スキルも獲得しておいた。これで今後はドロップ枠も同時に把握することができる。




 名前:アーミーアント

 魔物ランク:C

 ドロップ:とがったスコップ(E)

 レアドロップ:砂糖袋

 盗めるアイテム:ポーション

 盗めるレアアイテム:炭鉱ヘルメット(D)



 名前:アシセンボン

 魔物ランク:B

 ドロップ:殺虫剤

 レアドロップ:ポイズンボウ(D)

 盗めるアイテム:毒消草

 盗めるレアアイテム:猛毒針(D)



 名前:ブレイドマンティス

 魔物ランク:A

 ドロップ:鉄鉱石

 レアドロップ:研ぎ石

 盗めるアイテム:鉄の鎌(E)

 盗めるレアアイテム:死神の鎌(B)




 よしよし、これでドロップ枠の把握もできるようになった。特に目新しいアイテムは持ってなかったので変わらずにスルー。


 そうして探索を続けていると、両扉の脇に松明たいまつ。十層フロアボスの前までやって来た。


「きたきたぁ! 久しぶりのボス戦だぁ!」

「HPが高いから気をつけてね? 聖光瀑布ホーリー・フォール一発でも倒せないことも多いから」

「うん!」


 本当にわかってるのかいないのか、スピカは扉を見つめたまま元気に返事をする。


 私とフィオナは思わず顔を見合わせて苦笑い。なにかあればフォローしようと示し合わせ、いざ部屋の扉を押し開ける。


 そしてボス部屋の奥には……そびえ立つ木の枝にぶら下がった、巨大なハチの巣だった。



 名前:ハチノス

 ランク:B

 ドロップ:ハチミツ

 レアドロップ:なし

 盗めるアイテム:ハチミツ

 盗めるレアアイテム:ハチの巣



(わー懐かしい! しかもハチノスがボスに設定されてるなんて、ちょっと面白いかも!)


 ハチノスはB以上のダンジョンに雑魚敵として登場する、すこし厄介な魔物だ。


 攻撃手段は中に住んでいるハチの大群だ。接敵すると中から『ハチの群れ』という仲間を呼び、それらを相手にしながら本体を倒さなければいけない。


 体力は少なめだが、攻撃力が異常に高い。挑発も有効だが素早さが高く、油断してると後衛があっという間にやられることもある。


 亜種としてスズメバチ・ノスやクインビ・パレスなどが存在する。いずれも急な接敵には要注意だ。


(でもハチノス系は、炎と氷にめちゃくちゃ弱いんだよね。フィオナに吹雪ブリザードを使ってもらえれば楽勝かも!)


 私はフィオナに指示を出すため、後ろを振り返る。……だがフィオナの後ろでは、既に詠唱を終えたスピカの姿があった。


「くらえーーーっ! 聖光瀑布ほーりーほーるっ!」


 ハチノスがぶら下がった木にめがけて、もはや見慣れた光の雨が降り注ぐ。


(ああ、なんて過剰火力……)


 目の前で直撃を受けたハチノスが激しく揺れ、中から出てきたハチの群れをも容赦なく灼き尽くす。


 もはや結果は火を見るより明らかだ。木の下では黒焦げになったハチノスが、さらさらと消滅していくところだった。


「やった! スピカの勝ちー!」

「……ははは、おめでとー」


 十一層に向かう扉が開き、ボス部屋の端には脱出ゲートが出現。これにてボス討伐終了、あっけな!


(ていうか、さすがにゲームバランスやばいなぁ。元々Bボスくらいなら楽勝だったけど……これでは攻略の楽しみ自体が失われてしまう!)


 このままでは私とフィオナの体もなまってしまう、なにか対策を考えないと……!


「あっ、見てリオ! 宝箱だよ、開けていい?」

「いいよ、なんかいいのが入ってるといいね!」


 今回ドロップした宝箱は二個。


 ハチノスにはレアドロップ枠がなかったので確定宝箱1とノーマルドロップが1個だろう。


 ちなみに確定ドロップ枠は掌握眼でも確認できない。倒せば手に入るのだから君の目で確かめてくれ! ということだろう。


 そうしてスピカが開けた宝箱には『ハチミツ』と……『ハチさん着ぐるみ(E)』が入っていた。


「なにこれー! かわいー!」

「……なにやら随分とかわいらしいものが手に入ったな?」


 複雑な表情をするフィオナとは対照に、スピカはまっ黄色の簡易防具に目を輝かせる。


 ハチさんの着ぐるみ、とはアバター変更をして楽しむためのコスプレ防具だ。


 防具ランクはEのため、ファッションショーなどのアバターイベントでしか使われない。他にも特殊効果はあるのだが、説明が長くなるのでここでは割愛。


「すごいすごい! ねーこれ、スピカが着てもいい!?」

「もちろん構わないけど……いいの? スピカがいま着てるのって――」


 そこまで言いかけたところで、私はウッと口を噤む。


 そうだ。いまスピカが装備しているのは『エレクシア一級法衣・子供サイズ(SSS)』という超強力な装備だ。


 っていうか、この一級法衣とかいう装備も未実装品である。おそらくスピカが大聖女であるため、特別に用意された世界に一つの品だろう。


 しかも装備効果は、魔術使用時350%効果上昇。この追加効果のせいで、聖光瀑布ホーリー・フォールがアホ火力になっている。


 では、スピカが『ハチさん着ぐるみ』に着替えたのなら……?


「うん、絶対着替えよう。いますぐ着替えよう! 絶対に似合うと思うよ!」

「だよねー、スピカもそう思う!」


 スピカは法衣をぽぽーいと脱ぎ捨て、下着姿になる。そして『ハチさん着ぐるみ』に着がえてドヤ顔を披露すると……真っ先に反応したのはフィオナだった。


「なっ、なんと愛らしい姿なのかっ……!」


 ハチスピカに心を射貫かれてしまったのか、フィオナは頬を染めながら目を輝かせている。


「ふふん、かわいいでしょー! ヒオナには特別に、スピカハグ権を与えよう!」

「い、いいのかっ!?」

「特別だかんね! ヒオナはいつもいい子にしてるから!」

「ご厚情、感謝するっ!」


 フィオナはまるで割れ物を扱うかのように、ハチスピカにゆっくりと腕を回して抱き着いた。


 ドヤ顔のまま愛でられているスピカ、頬ずりをするフィオナの顔はふにゃふにゃにゆるみきっている。普段キリッとしているだけに、ギャップがすごい。


(ゲームだったら見向きもしない装備だけど……結果的に最高の確定ドロップだったなあ)


 スピカもお気に入りの衣装に満足し、フィオナは最高の癒しを手に入れ、過剰火力の調整もできて私も満足。


 これも蟲毒十層ボスにハチノスがいてくれたおかげだ。私は乱数の神に感謝の祈りを捧げるのであった。



―――――


 続けてサクッと、二十層ボスにも挑戦する予定です!

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