第47話 特注Aダンジョン、蟲毒
「わーすごーい! 見たことない植物がいっぱいだよ!」
「本当だな。南国に植生するという植物に見えなくもないが……」
「いわゆる熱帯雨林、ジャングルというやつですね」
蟲毒の中は外よりすこし暖かく、内観は色とりどりの植物におおわれていた。
だが密林と呼ぶには木々の間が広く、道のようなものも丁寧に敷かれている。私としては子供の時に来た、植物園に来たような心持ちだ。
「ここに虫ケラがいるんでしょ? スピカにその身を焼かれるために生まれた魔物たちが!」
「……違わないけど。言い方には気をつけましょうね、大聖女さん?」
「はーい!」
絶対にわかってないようなノリでスピカが返事をする。無邪気と言えばかわいらしいが、早くも保護者をやるのも大変だなと感じ始めてきた。
前の世話係はスピカを使って小遣い稼ぎをしていたというが、どうやってあのちびっ子をコントロールしていたのだろうか。ちょっぴりでいいので教えて欲しい。
「なあ、リオ。知ってたら聞いてもいいだろうか?」
「はいはい、なんでしょう!」
「この案内書に書いてある点なんだが……」
フィオナが探索前にロブから受け取った、蟲毒『攻略指南書』の写しを見せてくる。そして指差したところには最奥は二十層と記載されていた。
「私の知識ではAダンジョンというのは決まって三十層だったのだが……世界には蟲毒のように、二十層しかないAダンジョンも存在するのか?」
「あー、それはここが特注ダンジョンだからですね。
これも
運営が用意した
蟲毒はその点で見ると浅いダンジョンなので、高ランクでも小旅行気分で出入りすることができる。
「なるほどな。しかしせっかくダンジョンも領地の一部となるのであれば、出来る限り深層ができたほうが嬉しいものだな」
「そうなんですよ! だからもし私がダンジョンを持った暁には、八十層越えで未実装レアが二つ以上、レアドロップボスを持つダンジョンが出来るまでリセマラするつもりです!」
「……なんか難しい言葉がいっぱい出てきたな。リセマラとはなんだ?」
「あっ、すみません。望みのダンジョンが出来るまで、作っては壊してを繰り返すということです」
「ほ、本気で言っているのか? 確かダンジョンのタネを作るだけでも、かなり高額だったと記憶しているが……」
「5000万クリルですね」
私が平然と答えると、フィオナが久しぶりに落書きみたいな顔になった。
この世界で普通に生活することだけを考えれば、5000万クリルのリセマラなんて狂気の沙汰だろう。
だが私はこの世界を楽しむため、満足するまでやりこむと誓ったのだ。盗賊として転生できた幸運もあって、時間さえあればお金はなんとか用意できる。
それに特注ダンジョンの性能が高ければ高いほど、後のレベル上げや稼ぎ効率も上がってくる。リセマラの過程でいくら大損しようと、最終的にはプラスになるはずだ。
「……どうやら私の主君は、想像以上に大きな夢を思い描いていたようだな」
「ふふ。いまさら辞めたいと言っても、逃がしてあげませんよ?」
「冗談を。大望を持つ主であればあるほど、尽くしがいがあるというものだ」
フィオナの向けてくれる言葉が嬉しく、すこしだけ返す視線に熱が籠ってしまう。……はー、あっちぃ!
少し照れ臭くなって視線を前に戻すと……スピカの姿が見えなくなっていた。
「あ、あれ!? スピカはどこ?」
「すまない、私もつい目を離してしまったっ!」
幼い子供がダンジョンの中で迷子。思わず背筋が凍りかけたが――すぐにその問題は解消した。
すこし先の密林地帯に突如、光の雨が降り注ぎ始めたのだ。そして木々を焼き尽くす光がゆっくりとこちらに近づき、消滅した植物の合間からスピカが現れた。
「あーいたー! もー迷子になっちゃダメでしょー? 困っちゃうなぁ?」
「ご、ごめん」
「リオたちが遅かったから、この辺のアリンコは全部退治しちゃったよ? 早く次の階層へおりよーよ!」
「そうだね……」
忘れていた。スピカは奈落二十層をソロ踏破できるほどの力があるんだった。Sダンジョンの奈落で問題ないなら、それ以下のダンジョンで負けるはずがない。
「さあさあ、まだぼーけんは始まったばかり。お前ら、スピカについてこーい!」
「「…………お、おー」」
こうしてご機嫌なスピカを先頭に、私たちは蟲毒への探索に専念するのだった。
***
「くらえ、虫ケラどもっ!
スピカの
「ふーー! いい汗かいたなー」
「お、お疲れー。スピカちゃん、今日はそろそろ休まない?」
「そうだね! 言われてみれば、お腹もペコペコかも!」
ジャングルの内観を持った蟲毒の空は、いまや満天の星空に彩られている。夜だ。
私たちは寝泊まりする場所を作るため、『聖水』と『魔除けの香』でキャンプを作り始める。
一仕事終えて満足そうにしているスピカとは対照に……私とフィオナの感情は無に包まれていた。
(な、なんてこった。今日一日かけて歩いたのに、五層までしか来ることができなかった……)
初めてフィオナと奈落を歩いた際は、一日目で十層のフロアボス前まで来ることが出来た。だが、今回はたったの五層。
もちろん『エンカウントなし』も『常時ダッシュ』も使っている。それなのに五層までしか来れなかったのは……スピカが戦闘民族過ぎるせいだ。
エンカウントなしがかかっているにもかかわらず、スピカは見つけた魔物に対して常に戦いを挑み始める。
そのため普通の冒険者と同じく、通常エンカウントをしているのとほとんど変わらない。
しかもスピカの聖光瀑布で全滅させられるので、私とフィオナの出る幕はない。もちろん『戦闘終了時全回復』というチートのせいで魔力切れも起こさない。途中から私たちはヒマになりすぎて、歩きながらしりとりを始める有様だった。
(スピカが楽しんでくれてるのはいいけど、さすがにペース上げたいよね……)
この分じゃ探索を終える時間も相当かかってしまう。なんとかスピカの破壊欲を抑えてやらないと。
「うえー、なにこれ! まずーい!」
パンケーキ味の携帯食料を口にしたスピカが、眉をひそめて舌を出す。
「スピカ殿の口には合わなかったか?」
「こんなのニセモノだよー! 本場の味には、ほどとおい!」
「私は美味しいと思ったのだが……」
「ありえない! ヒオナのベロ、ばぐってるよ!」
「…………」
ベロがバグってると言われ、フィオナが地味にショックを受けている。かわいそう。
「じゃあさ、私の
毒消し草を撒いた干し肉をスピカに手渡す。が、ニオイを嗅いだだけで突っ返してくる。
「なんか大人のニオイがする、スピカにはまだ早い……」
「そう? すると食べる物なくなっちゃうけど」
「ううー、じゃあニセパンケーキでガマンする……」
スピカはしぶしぶな表情で、もそもそ食事を再開する。ちょっとかわいそうだが、こればかりはどうしようもない。
と、そこで私は名案を思いつく。
「ねね、スピカちゃん。やっぱり好きなのは本物のパンケーキ?」
「もちろん! 持ち歩きの食べ物、あんま好きくないよー」
「じゃあさ、ダンジョンの奥までササッと潜っちゃおうよ! 明日からはザコと戦うのやめれば、早く帰って本物のパンケーキが食べられるよ!」
「……でもさー。スピカ、みんなに虫ケラをとっちめるって約束しちゃったよ?」
「一番奥にいるボスさえ倒せば大丈夫。それに今日もたくさんアリンコ倒したし、成果としては充分だよ」
「そっかー。なら明日からは見逃してやってもいっかぁ」
スピカがそうぼやくのを聞き、私とフィオナはそっと目配せをして安堵する。
これで明日からの探索はスピーディーに行えるだろう。今日までの遅れを取り戻すためにも、さくっと十層ボス撃破して……十三層くらいまでは到達しないとね!
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