第46話 初のクラン領地訪問、あたたか牧場

 サンキスティモールを出発して二日後、私たちはようやく目的の地に到着した。


「うわーすごいっ! ザ・牧場って感じだ!」

「広いねー! みどりだねー!」


 木々の合間を練り歩いた先にあったのは、見渡す限りに芝生の広がる拓けた場所だった。


 遠くには放牧されている動物や飼いならされた魔物が、ゆったりと歩き回っているのが見える。あたたかな陽気に、前髪をゆらす爽やかな風。自然の素晴らしさがこの地には詰まっていた。


「なんと美しく整備された土地だろうか。管理者の人柄が伝わってくるようだな」

「ここにいるだけでなんだか眠くなりそうじゃ。とりあえず、誰か人を探してみるかの」


 遠くに見えるお屋敷に向かって歩いていくと、麦わら帽子をかぶった農夫っぽい男性が見えてきた。


「こんにちは! 私たちは旅の冒険者ですが、おじさんはこの土地の方ですか?」

「ええ、そうですけんども……お嬢さん方はこの地に用ですかえ」

「はいっ! この地に特注ダンジョンがあると聞いて、ぜひ挑戦させてもらいたいと思いまして!」

「あ~ダンジョンですかいな。したらあっちの方角にあるけんど……一言、クランリーダーに声だけかけてくれっかいな」

「わかりました! リーダーさんはどちらにいらっしゃいます?」

「あっちの畜舎ちくしゃでエサやってるはずだよ」

「ありがとうございます!」


 私たちは言われて畜舎と呼ばれる建物に向かって行った。すると建物に隣接したテラスで、細目のおっとりした男性が休憩している姿が見えた。


「はじめまして! 私はリオという冒険者ですが、ここのクランリーダーさんですか?」


 すると男性は第一印象と違わない、のんびりとした声で言った。


「うん、そうだよ。僕はここの経営者『あたたか牧場』のロブだよ。こんな土地までご苦労様」

「あたたか牧場!? イメージと違わなすぎっ!?」

「あはは、ありがとう。よく言われるよ」


 私がとっさに入れたツッコミにも、笑顔で対応する大らかさ。……うーん、これがあたたか牧場のリーダーたる資質!


「で、リオさんたちはこんな辺鄙へんぴな地まで来て、どうしたんだい?」

「実は私たち、この地の特注カスタムダンジョンに挑戦したくて来たんです」

「ダンジョンかぁ。もちろんいいけど……大丈夫かな? 一応、Aランクのダンジョンだから普通の人には……」

「バッチリです! ていうか大侵攻スタンピードで溢れた魔物を見て、会いに来たって感じですし!」

「あっ!? もしかして町の防衛に参加してくれた冒険者さん!?」

「はい。そこで遭遇した大型魔物が、欲しいアイテムを持ってたので」

「え、大型魔物ってもしかして……」


 ロブが言いかけたところで、スピカがずいっと前に出て胸を張る。


「ふふーん! 町を襲おうとした虫ケラどもは、スピカの大魔術で粉々にしてやったんだよ! ついでにボスも懲らしめようと思って、こんな田舎くんだりまで来てやったんだぜっ!」


 ドヤ顔で失礼なことを口にするスピカの頭に、レファーナの拳骨ゲンコツが落ちる。


「いたーっ! なにすんのーっ!」

「スピカが失礼なことばかり言うからじゃろっ」


 と、ちびっ子の二人がケンカを始めたところで、ロブが大慌てて椅子から立ち上がる。


「あ、あわわ……するとリオさんたちはサンキスティモールの救世主、リブレイズの方々ですかぁ!?」

「救世主ってほどのモンじゃ……まぁ、いっぱい褒めてはもらいましたけど」

「とんでもない、あなたたちこそ救世主ですよ! 僕のクランが運営を続けられてるのも、リオさんたちのおかげなんですから!」


 ロブの話によると特注ダンジョンで大侵攻が起きた場合、被害請求の一部はダンジョン運営者に出来ることになってるらしい。


 だが今回の侵攻では倒壊した建物もなく、一人の死者も出なかった。しかもリオたちが1000万クリルの募金をしたおかげで、サンキスティモールからの請求は一切発生しなかったらしい。


「大侵攻で発生した被害なんて、普通のクランに支払える額なんかじゃない。つまりリオさんたちの活躍のおかげで、僕のクランは破産せずに済んだんです」

「なるほど……」

「だからリオさんたちは町だけじゃなく、僕にとっても救世主なんです。こうして直接お礼が言えて良かったぁ……」


 すっかり腰が低くなってしまったロブは「なにかお礼を……!」言って聞かないので、私たちはお屋敷で昼食をご馳走になった。


 その後は私の興味本位で、あたたか牧場の施設見学をさせてもらった。いずれは私も領地を持ちたいと考えてる。その参考になればと思ったのだ。


 同行してくれたのはフィオナだけ。レファーナは刺繍したい物があると言ってテラスに残り、満腹になったスピカは昼寝を始めてしまった。




「へぇ! 特注ダンジョンには蟲毒こどくって名前をつけたんですか、最高にセンスありますね!」

「へへっ、ありがとう。と言っても虫の魔物ばっかだから、あんまり評判は良くないんだけどね。役に立てばと思って殺虫剤さっちゅうざいも店に出してるんだけど……」

「えっ!? 牧場の道具屋で『殺虫剤』なんて売ってるんですか!?」

「うちのダンジョンは虫ばっかだから、冒険者が楽に探索出来ると思ってね~」

「そうですよ、その通りですよ!」


 殺虫剤は薬師くすしの『毒物LV:8』で作れるようになる攻撃アイテムだ。


 これは昆虫種に属する魔物に使うと、固定ダメージを与えることが出来る。この固定ダメージは威力が高く、Cランク程度の魔物であれば即死させることが出来る。


 もちろんレベル1の冒険者でも。


「ウチの薬師くすしは毒物ばかり作りたがる、マッドサイエンティストみたいな人だからね。毎日毒物ばかり作ってるよ」

「それ最高に蟲毒こどくと相性いいじゃないですか! それを売り文句にすれば、初心者冒険者に万バズしますよ!?」

「そうかなぁ? でも確かに殺虫剤を作りすぎた時、タダで冒険者にプレゼントしたら喜んでもらえたっけ」

「やばいやばいやばい! それ続けたら周辺じゃ一番の領地経営者になれますよ!!」

「はは、リオさんは大げさだなぁ」

「ホントですって!!!」


 薬師は基本、回復アイテムの生成に専念するものだ。ヒーラーのいないパーティはもちろんのこと、日常的に使用されるものなので需要が高い。


 それに回復薬を作っていれば安定した稼ぎを得られる。だから普通の薬師は回復薬LVを上げることに専念するものだ。対して毒物は使いどころがピンポイントだ、そのため目的を定めておかないと無駄スキルになりかねない。


 だが蟲毒を経営するクランに、殺虫剤を作れる薬師がいるのは強すぎる。運命の出会いとかそういうレベルのものだ。


「いっぱい宣伝しましょう! そうすれば『あたたか牧場』も『激アツ牧場』になりますよ!」

「激アツかぁ。今度、嫁さんとも相談してみるよ」

「あっ、ロブさんご結婚されてたんですね! っていうか、それなのに私たちみたいな女冒険者と歩いてたら、気分を悪くされたりしませんか?」

「気にしなくていいよ~。きっといまも実験室で、ニヤニヤしながら毒物を作ってるから」

「あ、奥さんが毒物薬師なんですね……」


 無害そうに見えるロブに、毒物ばかり作っている嫁。……うーん、やっぱり人って自分にない魅力を持つ人を好きになるのかな?


 ひととおり牧場を見て回った後、私はレファーナたちの待つテラスまで戻ってきた。二人はいまも変わらず昼寝と刺繍を続けている。


 私としてはすぐにでも蟲毒に飛び込みたいのだが、スピカを置いていけば大暴れするだろう。蟲毒から出てきた時には牧場が焼畑やきはたにされているかもしれない。


 仕方がないので起きるまでの間、この牧場の持つ可能性についてレファーナに語り聞かせた。するとレファーナも刺繍の手を止め、腕組しながら真剣な表情で考え始めた。


「……ほほう、それはずいぶんと金になりそうな話じゃな。ではリオたちがダンジョンに潜ってる間、アチシがロブとそのあたりの話を詰めておこう」

「お願いします! せっかくいい物が揃ってるのに、チャンスを逃してしまうのはもったいないです!」

「そうじゃな。それにアチシらも後に領地を持つのであれば、横のつながりは大事にしておきたい。いまから良縁を築いておけば、後にプラスとなって返ってくるかもしれんしの」


 さすがレファーナは大人だ、私よりも先のことを考えてくれている。


 国相手に仕事をしたこともあると言っていたし、内政や事務面に関してはきっとレファーナには敵わないだろう。とても今更ではあるのだが、大人が味方にいるのは本当に心強い。


「で、どうする? そろそろスピカを叩き起こすか?」

「そうですねぇ、置いて行ったら絶対に文句を言いますし。ということで、スピカ起きて~?」

「……うーん、そろそろパンケーキのじかん~?」

「それならさっき食わせてもらったじゃろ」


 机の上にべたーっ、ともたれるスピカを揺すって現実へと呼び戻す。


「早く起きないとダンジョンに連れていくのやめちゃうよー」

「…………だめ」


 そういうとスピカはぴょいと立ち上がり、体をぐぐーっと伸ばして半開きの目でなんとか覚醒する。


 まだ寝ぼけ半分みたいだけど、歩いてる内に目を覚ますだろう。エンカウントなしもあるし、とりあえず足さえ進めてくれればオーケーだ。


「では頑張ってこい、蟲毒の最深部は二十層だったかの?」

「はい! なので、そこまで時間はかからないと思います」

「……それは信じがたいの、どうせリオのことじゃ。目的のレアアイテムを一本回収して満足ということはなかろう」

「あ、あはは……そうですね」

「フン、お主の考えていることなどお見通しじゃ」


 レファーナの言う通り、せっかくの未実装レアを前に一本の回収で満足できるはずもない。


 奈落二十層に到達するのに三日かかったが、満足いくまで回収するならプラスアルファの時間がかかるはずだ。


「しばらくはお独りで寂しいかもしれませんが、泣かないでお留守番しててくださいね?」

「ぬかせ。リオの方こそ油断して大ケガを負ったりせんようにな」

「はい!」


 私は大きな声で返事をし、スピカとフィオナの三人で蟲毒へと足を踏み入れたのだった。

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