第42話 突然の魔物大侵攻①

 大侵攻スタンピード


 衛兵からの報告を受けた聖堂は一瞬、深い沈黙に包まれる。


 が、レファーナの一声で皆が我に返った。


「この町に避難できそうな場所はあるかっ!?」

「い、いくつかの地下壕はあります。ですが、とても全員が避難できるような数では……」

「構わん、女子供を優先してかくまってやれ。それとすぐに出せる馬車があれば、できるだけ遠くまで移送させてやるのじゃ!」

「は、はいっ!」


 慌ただしい雰囲気に吞まれ、同席していた修道女たちにも動揺が広がっていく。するとそれを見たマチルダが、軽く手を叩いて彼女たちの注目を集める。


「みなさん、落ち着いてください。私たちは民を導く使命を持つ神のしもべです。まずは町の方々を安全に避難できるよう……」


 マチルダは修道女たちを取りまとめるのに必死だ。私は私に出来ることをしよう。


「フィオナさん!」

「ああ。私たちも侵攻を食い止めるのに手を貸そう」

「ありがとうございますっ! レファーナさんは、ここでマチルダさんたちと一緒にいてもらえますか?」

「そのつもりじゃ、アチシに加勢するようなチカラはないからの。ここで避難誘導に協力するとしよう」

「お願いします」

「ねーねー、スピカはどうすればいいー?」


 緊迫感のない声でスピカが聞いてくる。


(安全面を考えれば、匿ってあげたほうがいいんだろうけど……)


 スピカは聖光瀑布ホーリー・フォールを持っている。これは使用者を中心として全方位に破壊光線を落とす、超強力スキルだ。


 イブリース戦で使われた際は、最低でも半径100メートルくらいの射程はあったはず。


 大群を相手にするのであれば、これほど適した攻撃手段はない。スピカは前線に連れて行き、魔物を一掃してもらうのが最良だ。


「……スピちゃんは魔物と戦うの、怖い?」

「えー、ぜんぜん怖くないよー?」

「そっか。じゃあ私と一緒に魔物と戦ってってお願いしたら、頼まれてくれる?」

「あたぼーよぉ! 魔物が怖くて大聖女はつとまらねーぜ!」

「そ、そうかな? でも頼もしいよ」


 私はスピカの頭を撫で、会話の間を縫ってマチルダにお伺いを立てる。


「……スピカ様を、戦場にですか」

「非常識なことはわかっています。ですが今は大聖女の強力なスキルが必要なんです!」

「ですがスピカ様に万が一のことがあっては……」

「いいでしょ、まっちー。それにスピカが戦わなかったら炎上えんじょーするよ? 本聖堂はしんじゃから寄付を根こそぎ集めるのに、民衆のぴんちには手を貸さない……」

「はいはい、わかりましたよ……。しかし安全第一で、お願いしますね」

「「はいっ!」」


 私とスピカが同時に返事をし、フィオナを連れだって聖堂の外へ飛び出した。




 北の山に目を向けると、大きな砂煙すなけむりが立っていた。


 近くの高台に上って様子を窺うと――先頭にアリの形をした魔物の大群、後方にムカデやカマキリの魔物が続いていた。




 名前:アーミーアント

 ランク:C

 盗めるアイテム:薬草

 盗めるレアアイテム:炭鉱ヘルメット(D)



 名前:アシセンボン

 ランク:B

 盗めるアイテム:毒消草

 盗めるレアアイテム:猛毒針(C)



 名前:ブレイドマンティス

 ランク:A

 盗めるアイテム:鉄の鎌(E)

 盗めるレアアイテム:死神の鎌(B)




(うわ、昆虫の形をした魔物ばっかだ)


 明らかにサンキスティ・モール北にあるEダンジョン『庭園ていえん』の魔物じゃない。


 すると侵攻に来たのは特注カスタムダンジョンの魔物だろう。向かってくる魔物ランクから見ても、到底Eダンジョンの魔物だとは思えない。


 また町はずれの平野では魔物の侵攻を阻止すべく、衛兵と冒険者が防衛線を敷きはじめていた。前衛には属性魔法使いや弓兵・魔道弓兵が立ち、遠距離攻撃でアントの数を削っている。


 また少数のワイバーンやハーピーが、上空から火炎息や魔法で攻撃している様子も見える。おそらく魔物調教師テイマーが従えている魔物だろう。


 だが一万に近い大群の前には焼け石に水だ。衛兵も接近戦メインの剣士や槍術士で構成されているようで、魔物とカチ合うまでは攻撃に移れない。


 しかし、あれほどの大群と接近戦が発生すれば甚大な被害が出てしまう。


 一通り戦況を把握した私は高台から降り、スピカとフィオナに向き直る。


「フィオナさんは防衛線に加わって、氷魔法や吹雪で攻撃してください。極光のリングも貸しますので、魔力切れになったら使用してください」

「わかった。リオはどうする?」

「私はスピちゃんをおぶって大群の中に突っ込みます。そしてド真ん中に聖光瀑布ホーリー・フォールをブチ落としてやります」

「……また無茶な作戦だな。しかしリオならきっと、やり遂げるのであろうな」

「当然です! スピちゃんも落ちないようにちゃんと掴まっててね?」

「もちろんだよ!! もう楽しみすぎてオシッコもれそう!」

「お願いだから私の背中でしないでよ!?」


 本気なのか冗談なのか。どちらにしろスピカのトイレを待ってる時間なんてない。


 それとフィオナの『恵みのロザリオ』は、一時的にスピカへ移動。聖光瀑布ホーリー・フォールの連発で魔力切れを起こさないためだ。


 スピカは『戦闘終了時全回復』のスキルを持っているが、今回それが発動してくれるかわからない。もしかすると一万匹近い魔物との、一戦扱いになっている可能性がある。だから戦闘終了時の自動回復は考慮しない。


(それでもいざとなったら逃げればいい。ボス戦じゃなければ逃げられるし、逃げても戦闘終了判定は取ってくれるはずだ)


「じゃあ、行ってきます!」

「ああ、武運を」


 スピカを背に抱え、五倍速ダッシュで大群に突っ込んでいく。


「ひゃおー! はやーい!」

「もうすぐだよ! 私はジャンプで大群に突っ込むから、合図したタイミングで聖光瀑布ホーリー・フォールをお願い!」

「あいあいさー!」


 先頭のアントたちはもう目の前。


 互いが突進して向かい合う以上、それは目視もくし距離よりも遥かに早い邂逅を果たす。


(いまだっ!)


 私は頃合いを見計らって地を蹴ると、アントの大群が私の下を駆け抜けていく。そして数秒の間を空けてからスピカに合図を出す。


「スピちゃん、今だよっ!」

「うん! 聖光瀑布ほーりー・ほーるっ!」


 スピカが下っ足らずな詠唱を終えると共に――破壊の予兆であるやわらかな光が、地上へと降り注いだ。

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