第41話 エレクシア修道女長との出会い

 聖教国エレクシア。


 スタンテイシア東に位置する、大陸の中心にある国だ。その国の名前にもなっているエレクシア教を国教とし、建物や慣習にはエレクシア教の文化が多く取り込まれている。


 また北方の魔族まぞくりょうとも隣接しているが、一国の力のみで侵攻をおさえ続けている。そのため近隣諸国でも一番の強大な力を持っているとされ、他国も対立するような行動は控えている。――というのが、現実でのエレクシアの扱いだ。


(ゲームでは魔族の侵攻ってなかったんだけど、一応こっちの世界ではドンパチやってるみたいだね)


 まれに期間限定イベントで「魔族襲来!」「魔物大侵攻スタンピード」的なものはある。魔物を討伐した数や攻略タイムを競うランキングイベントだ、実際に町などが攻め落とされたりすることはない。


 だが現実はそうもいかないようだ。古書館で読んだ歴史書には侵攻の記録が残っており、そのたびに大きな爪跡を残している。


 しかし一度として防衛線が突破されたことはない。エレクシアの守りを担う兵はきっとすごい精鋭ばかりなのだろう。



 私たちが目指しているのはそんなエレクシア最西端さいせいたんの町、サンキスティ・モールだ。


 今日で馬車に揺られるのは四日目。最初のうちは四人でワイワイ雑談していたが……長期の移動ともなると次第に話題もなくなってくる。


 フィオナは目をつむって毅然とその時を待ち、レファーナは手持ち無沙汰に刺繍ししゅうを始めてしまった。私も奈落二十層までの『攻略指南書』を書き終えてしまったので、いまはスピカをひざに抱きかかえて雑談している。


「えぇっ!? スピちゃんって十二歳だったの!?」

「そだよ! もっとせくしーお姉さんに見えた?」

「どっちかっていうと、もっと子供に見えたかも……」

「むむー、そんなわけないでしょ! スピカだって覚醒の儀を受けたんだから!」

「……あ、そっか。エレクシアは十歳から覚醒の儀を受けられるんだっけ」


 才能を開放できる『覚醒の儀』は、国ごとによって年齢が前後する。才能の解放時期によっては自分のチカラを制御できなかったり、反抗期の子供がヤケを起こすというリスクがあるからだ。


 それでもエレクシアが若い頃から『覚醒の儀』を許しているのは、国力増強のため。……だった気がする。


「あっ、みてみてー! 町が見えてきたよ!」


 スピカが窓の外を指差すと、遠くに建物が点々と見えてくる。


「ようやっと着いたか。四日も閉じ込められておると体の節々が痛むのぉ」

「あはは! レハーナ、おばぁちゃんみたい!」

「あまり年寄り扱いするでない、アチシは今年で24じゃぞ」

「「え゛っ!?!?」」


 私とフィオナは反射的に濁った声を出してしまう。


「……なんじゃ二人揃って?」

「い、いえ。なんでもないです……ヨ?」


 私は内心の驚きを隠しながら言葉をしぼりだすと、フィオナも口を引き結んで首をブンブンと縦に振る。だがスピカは無情にもこう言った。


「やっぱりババァじゃん!」



 ――その後。スピカとレファーナのわちゃわちゃがあったものの、馬車は無事に町の入り口へ到着。


 町の門兵に大聖女を連れ帰ったと告げると、大慌てで数人の修道女シスターを呼んできた。呼ばれた修道女の一人がこちらに歩み寄り、私たちに一礼をすると穏やかな声でこう名乗り出た。


「長旅お疲れ様でした。私は修道女のおさ、マチルダと申します。このたびは大聖女スピカ様を保護していただき、ありがとうございました」

「わ、私は冒険者クラン、リブレイズのリオです。ご機嫌うるわしゅう……」

「リオ様、ですね。貴女様に心からの感謝を」


 マチルダが左胸に両手を当て、ひざまずいて頭を下げると、後ろに控えていた修道女たちも同じポーズで頭を下げる。


(これは確か、エレクシア教徒の礼法だったかな……)


 古書館で読んだ本にそう書いてあった気がする。そんな記憶を掘り返している間にシスターたちが顔を上げ、マチルダが笑みを浮かべて聞いてくる。


「――して、大聖女様はどちらに?」

「はい、私たちの後ろに……」


 私がそう言って背後を振り返ると、スピカが気取った表情で片手を上げながら言った。


「よ、まっちー。元気してた? スピカは今日からリオのクランに入るから、教皇きょーこーにはイイ感じにゆっといてよ!」


 するとマチルダが額に青筋を浮かべ、スピカの両頬をつまんで横に引き伸ばし始めた。


「ス~ピ~カ~様ァ~? 皆に心配をかけておいて、なんですかその態度は?」

「ひたいぃーーー! はふへへ、ィオーー!」


(助けて、と言われてもねえ……)


 どんな理由でも家出して迷惑をかけたのは事実だし、謝罪の一言くらいはあってもいいだろう。


 ややあってご指導から解放されたスピカは、私の背に隠れてマチルダを涙目でにらみつける。


「いまの見たでしょ、リオ、レハーナ! あれが神の名のもとに暴力をふるう、えれくしあきょーの姿だよ!」

「なにが神の名の元に、じゃ。いまのは大人に舐めたクチを聞く、スピカが悪かろう」


 レファーナが冷めた目で指摘すると、スピカが雷にでも打たれたようにショックを受ける。


「突然のうらぎりだ! レハーナ、スピカの味方をするってゆったじゃん!」

「全面的に味方する気などないわ。そもそもアチシは最初から、スピカがワガママを言ってるだけではないかと思ってたからの」

「くうぅっ、たばかったなぁ!」

「どうやらリオ様たちには、本っ当に御迷惑をおかけしたようですね……」


 マチルダが大きなため息をついたところで、私たちリブレイズ一同はこう思った。


 これ、本当にスピカが家出しただけじゃね……? と。



***



 しかしスピカの言っていた搾取、も完全に間違いではなかったらしい。


「……そのような事実が判明しましたので。スピカについていた三人の世話せわがかりは、全員破門となりました」

「ほらー、絶対あいつらやばかったってー」


 私たちは町の聖堂で昼食をご馳走になりながら、スピカが失踪した原因を聞かされていた。



 大聖女の世話係は、年に一度の交代制らしい。そして今年担当となった世話係たちは、スピカを使ってあやしいお金稼ぎに奔走ほんそうしていたらしい。


 色つきの小石を敷き詰めた風呂にスピカを入らせ、その石をパワーストーンと称して販売したり。


 聖女の才能がさずかりやすくなる儀式と称し、子供に怪しげな念を送って親に儀式料を払わせたり。


「他にも予定してない巡礼の約束を勝手に取付け、お布施ふせとして金銭をふところに入れていたそうです」

「……うわあ」

「あいつら夜遅くまで働かせるんだものー、へんだと思ったよー」

「変だと思ったのであれば、このマチルダにも相談してください。いきなり家出なんてする人がありますか」

「だってここにいても聖務せーむばっかりでつまんないだもん。みんなが行くなって言ってたダンジョンのほうが、ちょー楽しかったよ!」


 マチルダは額に手を当てて大きなため息をついている。


(……なんか思ったよりはめんどくさいことにならなくて済みそう?)


 スピカの話ではエレクシア教全部が悪みたいな話だったが、問題があったのは世話係三人という話で幕を引きそうだ。


 マチルダの接し方を見ていても、組織ぐるみでスピカをコキ使ってるようにも見えない。この様子ならスピカをすんなり引き渡しても良さそうだ。ただ……


「やだ! スピカは本聖堂になんて帰らない!」

「いい加減にワガママはおやめなさい、スピカ様には聖務が残っているのですよ?」

「知らない! それに前の大聖女だって冒険の旅に出たって聞いてるよ? だったらスピカだって冒険してもいいハズじゃん!」

「……ですが、スピカ様はまだ十二歳です。流転巡礼るてんじゅんれいへ出るには早すぎます」


 マチルダがやや言葉を濁しながら答えた時。息をきらせた衛兵が、聖堂に飛び込むようにして入ってきた。


「申し上げますっ! 先ほど北のダンジョンからあふれた魔物が、大群となって町に南下してるとの報告を受けました! ……大侵攻スタンピードですっ!」


 突然の報告に、聖堂内は一転して緊迫した空気に包まれた。




―――――


 入国早々ですが、期間限定イベントが開催されたようです(

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