第39話 東の国と、大聖女

 スピカは聖教国の大聖女だった。


 トラブルの予感を察知した私たちは、ギルドマスター・グレイグに相談することにした。


「うおぉぉ……マジか。エレクシア大聖女の捜索依頼、確かに出回ってるぜ」


 そう言ってグレイグは一枚の依頼書を差し出してきた。そこにはエレクシアの国旗と共に、スピカによく似た似顔絵が描かれていた。


 懸賞金は2000万クリル、情報提供だけでも100万クリルと記載されている。これだけ見ても超大物であることがわかる。


「失踪したのはちょうど一ヶ月前みたいだな、まさにリオが冒険者になったくらい頃じゃないか?」




 数ヶ月前。ニコル東の国境を出てすぐの町で、巡業じゅんぎょう中の大聖女が失踪した。


 誘拐の関与も疑われたが、書置きも残っていたので家出と断定。隣国であるスタンテイシアにも捜索依頼が回ってきたということらしい。


「で、その大聖女がどうしてウチの国に……というか、どうやって奈落の二十層までたどりつけたんだよ!?」

「そのことなんですが、おそらく……」


 ギルマス部屋のはじっこで、ガーネットとスピカが向かい合っている。


 二人の間に置かれているのは投影の水晶だ。そこに表示された結果を見て、ガーネットが表情を引きつらせている。


「……マスター、結果が出ました。やはり彼女、本当にエレクシアの大聖女みたいです」


 ガーネットの報告を聞き、私とグレイグも水晶の結果を覗き込む。



☆☆☆


 名前:スピカ・ハルシオン

 第一才能:大聖女(レベル:13)


習得スキル:

 ・回復魔法【LV:2】

 ・聖魔法【LV:2】

 ・幸運【LV:2】


 ・戦闘終了時全回復

 ・守護神の羽衣

 ・光属性吸収

 ・闇属性無効

 ・即死耐性


 ・癒しの雨

 ・誘眠スリープ

 ・浄化クリア

 ・聖光瀑布ホーリー・フォール


☆☆☆



「うわ、エグっ。そもそも才能が大聖女なんだ……」


 大聖女はプレーヤーが習得できる才能じゃない。とあるイベントシーンで存在だけが示唆しさされている、失われし才能と呼ばれていたものだ。少なくとも私がプレーしていた時期に、本実装はされてない。


 勉強家の私も大聖女という存在が、エレクシアにいることは知っていた。でもそれは才能が『大聖女』なのではなく、『聖女』の才能を持った人がそう呼ばれているだけだと思っていた。


「ちなみに大聖女って……強いのか?」

「強いなんてものじゃないですよ!」


 才能レベルは13しかないが、持っているスキルが強すぎる。


 まず『戦闘終了時全回復』は文字面の時点で強い。しかもこれは体力HPだけでなく、魔力MPも同様に全回復する。宿屋いらず。


 それに『守護神しゅごしん羽衣はごろも』は激ヤバだ。これはどんなに強力な攻撃でも、ダメージを最大体力の一割に落とすという物だ。もしスピカのHPが200で10000のダメージを受けたとしても、ダメージを強制的に20まで落としてしまう。


 そして特技スキル『癒しの雨』は、パーティー全員に自動回復を付与。


 これだけ揃えばスピカを倒すことは不可能に近い。もはや負けイベントのボスに持たせるようなスキルである。


「スピカが奈落でSランク級の魔物に遭遇しても、彼女はほとんどダメージを受けません。そして聖光瀑布ホーリー・フォールを打ち込めば大体の魔物は一撃で倒せる。そして戦闘が終了すれば体力も魔力も全回復。まあ、負けないでしょうね……」

「で、でもよぉ。二十層まで行くには、十層ボスを倒す必要があるだろう?」

「十層ボスのライオニック・ケンタウルスは、光属性のマジックアローが攻撃の主軸です。光属性吸収を持つスピカにとって、最高に相性のいいボスでしょう」

「じゃあ二十層で負けたのは?」

「状態異常耐性がなかったからです」


 これだけ強力なスキルが揃っていても、状態異常の備えがなければソロで勝てるはずもなし。あっさりと魅了にかかって、イブリースに取り込まれたのだろう。


 そして私はスピカの持つ『聖光瀑布ホーリー・フォール』を浴びることになった、と……


「っていうか、スピカちゃん。国境はどうやって抜けたの?」

「スピカちっちゃいから、馬車の荷物に隠れてればよゆーだよ」

「そ、そっかぁ。でもどうしてダンジョンに入ったの? 危ないでしょ?」

「大人たちが『入るな、危ない』って言うから、絶対楽しいことを独り占めしてると思ったの。大人はみみざわりのいいことばかり、言うからねー」

「……ダンジョンの入り口に見張りが立ってなかった?」

誘眠スリープでねむらせた!」

「で、ダンジョンはどうだった?」

「ちょー楽しかったよぉ! ちょっと痛いこともあったけど、しげきてきだった! また行きたい!」


 スピカは目をきらきらに輝かせている。うーん、これは反省させるのは難しそうだな。


「しかし、どうするのじゃ? 捜索依頼が出されてると知った以上、スピカは本国に送り返すほかあるまい」

「そう、ですよね。でもスピカちゃんの様子を見る限り……」

「はぁー? 帰るわけないでしょー? 本聖堂はスピカにどれいろうどうを強要するきょあくだよ? あんなところに戻ったらスピカ、闇落ちしちゃうよー」

「で、でもみんな探し回ってるわけだし、せめて生きて元気にしてますよ~って顔連絡くらいは……」

「じゃあリオがスピカのこと守って!」

「え?」

「本聖堂に連絡はしてもいーけど、スピカが連れていかれないように守って! それにリオといたほうが楽しいし、パンケーキも食べさせてもらえる!」

「パンケーキは本聖堂でも食べられるんじゃない?」

「本聖堂のパンケーキはさいあくだよー。シロップの味も薄いし、バターもきんし。きっと使ってる小麦粉も、スラムで売ってる格安Fランク品だよ」


 どんだけ本聖堂と大人が嫌いなんだ、この聖女。


「ねえねえ、いいでしょー? それにリオって冒険者なんでしょ。スピカが仲間になったら便利だよ?」

「そ、それは嬉しいけど……他国の大聖女を勝手に仲間にしたら、代わりに聖教国エレクシアが敵になりそうなんだけど」

「じゃあエレクシアなんて滅ぼしちゃおっか! スピカが聖光瀑布ホーリー・フォールで、国土をさらちにすればいいんでしょ?」

「物騒なことばかり言わないでっ!?」


 人に聞かれたら国家転覆の共謀罪で、極刑にされてしまうかもしれない。


 ねーねー、とまとわりつくスピカに頭を悩ませていると、ガーネットがこんな助言を出してくれる。


「……とりあえず一度、エレクシアに顔を出してみてはいかがでしょうか? 話し合いで解決できることもあるかもしれませんし」

「ん~そうですよねぇ……」

「ギルドマスターの立場としても、出来れば顔だしくらいは頼みてえな。エレクシアに恩を売るって意味でもそうだが、知ってて匿うとなれば立場は一気に悪くなるしな」


 まあ、それはもっともな話だ。預かっているだけのハズが、返さないとなれば誘拐と変わらない。


 だが私にも色々とやりたいことがある。


 奈落の探索も中途半端に終わってるし、第二才能以下の習得、クランを作る上での資金集め。やりたいことはいっぱいある。


 スピカのことは放っておけないが、ぶっちゃけワガママに付き合わされてる感がすごい。新天地に行けば新しい出会いも見つかるかもしれないが……もう一押し、行きたいと思えるなにかが欲しい。


「そういえばこれは聞いた話なんだが、国境を越えた町の北に、新しいダンジョンが見つかったらしいぞ?」

「新しいダンジョン!? ……って、その辺りにあるのって、Eダンジョンの『庭園』くらいじゃないですか?」

「おお、よく知ってるな。でもそいつとは別みたいだぜ? なんでも見つかった地域はで見つかったらしく……」

「クランの領地で見つかった!? じゃあ特注カスタムダンジョンじゃないですかっ!」


 私のテンションは最高値まで跳ね上がる。


 特注カスタムダンジョンとは、領地経営を開始したクランが作ることのできるダンジョンだ。


 ダンジョンはお金をかけて意識的に作るか、温泉でも掘り当てたかのように発見する二通りのパターンがある。


 どちらの場合でも領地の一区画にダンジョンのタネというものが現れ、プレーヤーが細部を設定することで完成する。これは運営があらかじめ設置した、標準デフォルトダンジョンとはまったく別の物になる。


 出現する魔物、ダンジョン内の外観、取得しやすいアイテム。すべてを細かく決めることはできないが、プレーヤーの望む方向性を反映させることができる。


 そうして完成したダンジョンは自分で潜るだけでなく、他プレーヤーにも公開して探索入場料を受け取ることができる。これだけでも十分に楽しいが、特注カスタムダンジョンにはとてつもないロマンがある。


 なんと制作したダンジョンで登場する魔物は、まれに本実装前のアイテムを持っていることがあるのだ。


 効果が大したものでは無ければ持ってても自慢できる程度だが、Aランク以上の装備品だったりすると大変だ。ネット上にその情報が瞬く間に広まり、クラジャン廃人たちの集まる戦場と化す。


 そうなると経営するクランはウハウハだ、莫大な入場料が毎日入ってくるのだから。


 制作したダンジョンランクは、経営者のランクに依存する。つまりAクランの領地で見つかったダンジョンなら、最低でもAランク以上が保証されているということである。


 クラジャン廃人の私は、世界にある標準デフォルトダンジョンはおおむね把握している。


 だが特注カスタムダンジョンには一切の予測が出来ない。だからこそ私は特注カスタムダンジョンに強いトキメキを感じてしまうっ!


「行きますっ! 東の国にっ、特注ダンジョンに潜りにっ!」

「頼みたいのは大聖女の件なんだが……」

「そっちもなんとかします! ね、スピカちゃんも一緒にダンジョン潜りたいよねっ?」

「スピカも潜っていいのっ!? ……でもリオ、スピカをにせんまんくりるで売り飛ばさない?」

「2000万クリル程度じゃ私はなびかないよ! でも無事でしたよーって、みんなにお話くらいはしておかないとね?」

「んー、リオがそこまで言うなら、しかたないなぁ」

「ありがとう!」


 私がスピカとの話を済ませると、レファーナが大きなため息をついた。


「計画が雑にもほどがあるじゃろうが……」

「そうですかね? でも同じ人間同士だし、きっとわかり合えますよ!」

「本当にそうであればいいがの。……まあ国相手では大人が必要な場面もあるじゃろう、アチシもついて行ってやるわ」

「えっ、レファーナさんも来てくれるんですか!? 炎竜団の方たちはいいんですか?」

「ヤツらと話は済ませておる。あやつらも快復にはかかるし、その間の世話はメイドがやってくれる。……それともアチシみたいな大人がついて来ては、迷惑か?」

「全っ然! むしろ最高、レファーナさん大好きですーっ!」

「スピカもレハーナ好きーーっ!」

「や、やめろっ! 二人して抱き着くなっ!」


 ……なにはともあれ。


 こうしてレファーナも正式に加入し、フィオナとの冒険者”パーティ”は”クラン”に変更されたのだった。

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