第38話 謎のゆるねむ少女、スピカ

 イブリース討伐後、炎竜団と一緒に発見された謎の少女。


 彼女がようやく目を覚ましたということで、私はレファーナと一緒に客間を訪れた。


「……お邪魔しまーす?」


 おそるおそる部屋に入ると、ベッドで上体を起こした少女が眠そうな声で言った。


「……ジャマされるのは、困るなぁ~」

「あ、えっと。お邪魔するっていうのは、迷惑かけに来たとかそういう意味じゃなくて」

「リオ、こやつはまだ子供じゃ。あまり理屈っぽいことは言わんでいい」

「そ、そうですね」

「ん~?」


 話が難しかったのだろうか。少女はトロンした目のまま首をかしげていた。蒼の長い前髪が、幼い顔の上にさらさらと覆い被さる。


「えっと……おはよう、でいいのかな? どこか体が痛かったりはしない?」

「首と背中が、ちょっと痛いかもー」

「それは寝過ぎじゃな。ここに運ばれてから丸二日経っても起きんかったからの」


 私たちの話が理解できないのか、少女はいまだに首を傾げたままだ。


「お嬢ちゃん、よければお名前を教えてくれる?」

「なまえー? 私の名前は、スピカだよー」

「スピカちゃん! 可愛いお名前!」

「お姉ちゃんの名前はー?」

「私はリオ、そしてこっちの人はレファーナさん」

「リオ、レハーナ。リオ、レハーナ。……うん、たぶん覚えたー」


 スピカは私たちの名前を交互に呼びながら、満足そうにうんうんと頷いた。


 よし、コミュニケーション成功。聞きたいことは山ほどあるけれど、まずはスピカと仲良くなって私たちのことを信頼してもらおう。


「スピカちゃん、お腹空いてない?」

「……うーん、パンケーキなら食べたいかも」

「だよねっ! お姉ちゃんたちもパンケーキを食べようと思ってたんだけど、よかったら一緒にどうかな?」

「そうだねー、パンケーキならいいよねー」


 そう言うとスピカはベッドの上からひょいと飛び降りて、私の手をきゅっと握ってきた。


(な、なにこの子っ! 超絶かわいい、妹にしたいっ!)


 私がスピカの愛らしさに胸をときめかせる一方、レファーナはギョッとした顔をしていた。


「あれっ、レファーナさん。どうかされました?」

「なぜこやつは普通に立ち上がれるのじゃ?」

「え? あ、そういえば……」


 話に聞くと炎竜団の人たちは全員衰弱しており、立ち上がることもできないらしい。だがスピカの様子を見る限り、眠そうにしてる以外はまるきりの健康体に見える。


「……ねぇ、リオー。早くパンケーキしようよぉー」

「そ、そうだね? パンケーキしよっか?」

「おー」


 スピカは眠そうな顔のまま、ノリの良い声を出す。……とても不思議の多いコだ。


 ということで私たちはスピカの手を引いて食堂に移動、炎竜団メイドにお願いしてパンケーキを作ってもらうことにした。移動中もスピカは自分の足でしっかりと歩き、食卓まで疲れた様子もなく来ることが出来た。


「スピカちゃん、疲れてない?」

「ぜんぜんだよー、リオは?」

「私も疲れてないよ、スピカちゃんと同じだね!」

「うん、同じー」


 隣の椅子に座っているスピカが、薄っすらと笑みを向けてくれた。


 うーん、かわいすぎるなこの子。無邪気というか純朴というか……ついこっちが構いたくなるような、そんな愛おしさにあふれている。


「皆さま、お待たせしました」


 メイドが一礼し、たくさんのパンケーキを重ねたお皿を次々に運んでくる。


「おぉー!」


 スピカはキラキラと目を輝かせる一方、私たちはあまりの多さに少し引いていた。


「す、すごい量じゃの……」

「これ私たち三人で食べるんですか?」

「あっ、すいません。こちらは自室でお休みになっている、ルッツ様たちの分も含まれています。なのでこれからお部屋に……」

「ダメッ!」


 メイドの説明に、スピカが大きな声で割り込んだ。


「このパンケーキはスピカとリオと、レハーナのぶん! だから持っていっちゃダメ!」

「……でもスピカちゃん。これすっごい多いよ? 私たちだけで全部食べられるかなぁ?」

「ちょろいぜ」

「そ、そっすか?」


 突然ワイルドな返事を挟まれて、思わず及び腰になってしまう私。だが子供にワガママばかり言わせないと、口を挟んだのはレファーナだった。


「スピカ、あまりお手伝いさんを困らせるでない。これはお前ひとりの分ではないのじゃぞ?」

「でもスピカ食べられるもん! それに子供はいっぱい食べたほうがいいって言ってた!」

「そうじゃな、その通りじゃ。でもこの量は多すぎる、少しは他の人に分けてやらねば……」

「レハーナ、ちっちゃいのにえらそう!」


 スピカにちっちゃいと言われ、レファーナの額にピキと青筋が浮かび上がる。


「……そりゃあスピカよりは大人じゃからのう。大人の言うことは素直に聞いておくもんじゃぞぉ?」

「大人でもちっちゃいレハーナの言葉は、うすっぺらい! レハーナは子供の時に、いっぱい食べなかったから大きくなれなかったんじゃないの!」

「――なっ!?」

「そうやって遠慮ばかりしてたら、悪い大人にさくしゅされる! だからスピカは目の前にある物を、たんと召しあがりたい!」


 スピカがフンと鼻息を荒げ、椅子に座り直す。対するレファーナには刺さる言葉があったのか、ショックを受けて白目を剥いていた。つ、強い……


「それではいただきましょう!」


 スピカがそう言って手を合わせると、もう止められる者はいなかった。私たちはいただきますをし、目の前にあるパンケーキをもそもそと食べ始めた。


 舌の上で溶ける甘やかなバターに、やや酸味の効いた黄金色のシロップがつーんと脳に染み渡る。


「おいしーおいしー! リオもおいしー?」

「う、うん、美味しいよー?」

「アチシは……搾取さくしゅされていた、悪い大人に……だから今でも、小さい……」


 レファーナは白目を剥いたまま、過去のあやまち(?)を取り返そうとパンケーキを口に運んでいる。


 そして当初の宣言通り、用意されたパンケーキは見事に完食されてしまった。七割はスピカのお腹に収まる形で。


「ふぃー、パンケーキは最高。スピカ、ここで毎日パンケーキを食らいたい……」

「おいしかったけど、毎日は飽きちゃわない?」

「そうかなー? じゃあリオはなにが好きなのー?」

「好きな食べ物かぁ……あ、この前食べたボアのステーキは美味しかった!」


 二十層ボス討伐に出る前、レファーナが景気づけにとご馳走してくれた料理のひとつだ。


「ステーキ! いいな、スピカも食べたい!」

「レファーナさんにお願いしたら作ってくれるかもよ?」

「ホント!? レハーナ作ってくれる!?」

「そうじゃな、作ってやるか……アチシは搾取さくしゅする大人ではなく、与えてやれる大人じゃからのう。ハハ……」

「やったーーー!」


 いまだに意気消沈したレファーナに、スピカがぎゅーっと抱き着いている。先ほどの口論レスバなどすっかり忘れたかのように。


「リオたちといると楽しい! スピカ、リオたちの仲間になりたい!」

「そ、そうなんだ。うれしいなぁ……でもスピカちゃんにも、別の仲間がいるんじゃないの?」

「よくわかんない。みんなスピカにこまけーこと言うし、コキ使ってくるからうんざり!」

「そ、そうなの? ちなみにスピカちゃんのお家って、どこなの?」

「スピカはエレクシア大聖堂だいせーどーに住んでるよ。でも巡業じゅんぎょーとか聖務せーむがおおすぎるから、逃げてきちゃった!」


 エレクシア大聖堂。


 それは私たちがいるスタンテイシア王国の東に位置する、聖教国エレクシアの中心となる建物の名前だ。


 しかも巡業じゅんぎょうが退屈っていうことは、きっとスピカは聖職者だ。でもこの若さで聖職者なんて普通、やるものだろうか?


 この世界の常識を勉強した私はそんなことはないはず、と首を振っている。もし可能性があるのなら……


「スピカちゃん。一応聞いておくんだけど、周りの人からはなんて呼ばれてた?」

「んー? みんなは大聖女だいせーじょって呼んでたけど?」

「うわ」


 炎竜団の救出に成功し、一段落したと思ったのも束の間。


 新しいトラブルがひそかに芽吹き始めていた。

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