第36話 一人ぼっちからの、お祭りさわぎ?
ガーネットが訪ねて来たという知らせを聞き、私はロビーにすっ飛んで行った。
すると私に気付いたガーネットが、ぱっと表情を
「お休みのところ、押しかけちゃってごめんなさい。迷惑じゃなかったですか?」
「迷惑なワケないじゃないですか! でも突然ですね、なにかありましたか?」
「なにかあったってこともないんですけど……もしお時間があれば、一緒にゴハンでもどうかなと思いまして」
「え、ええっ!? いいんですかっ!?」
「むしろ私こそ誘っていいのかなって、感じですけどね。だってリオさんはもうAランクパーティーのリーダーですし……」
「いいに決まってるじゃないですか!」
なななんと、ガーネットさんは私をゴハンに誘いに来てくれたらしい。
あまりにも嬉しすぎて頬が自然と緩んでしまう。だって私に会うために、推しが押しかけて来たんだよ?
そもそも推しと一緒にゴハンなんて行って大丈夫? ファンとしてライン越えでは? 石投げられたりしない?
「石なんて投げませんよぉ。どっちかっていうと私みたいな普通の受付嬢が、誘ったりして空気読めてないんじゃないかなーって……」
「そんなことないです、ガーネットさんは大事なお友達です! 天涯孤独だって言った私に、そう言ってくれたじゃないですか!」
「あっ、覚えててくれたんですね」
「忘れるわけないですよっ!」
私はこの世界の外から訪れた転生者で、盗賊を理由に村から見放された人間だ。でも「友達になる」の一言で、受け入れてくれる人もいると嬉しく思ったのを覚えている。
「お友達に上も下もありません。メガーネットさんがギルマスになっても態度を変えませんからね!」
「わ、私がギルマスになる日なんて来るのでしょうか……って、私はメガーネットじゃありません!」
「じゃあメガちゃん!」
「普通に呼んでくださいーっ!」
><の顔で抗議するガーネットに癒されつつ、私は近くの飲食店――もとい酒場に案内される。
クラジャンの世界では酒場が飲食店の役割を兼ねている。しかも案内された酒場は冒険者の集まる店だったらしく、私が姿を現すと店内には一瞬のあいだ沈黙が訪れた。
「……は、ははは。お邪魔しまーす」
情けない挨拶をすると、冒険者たちは一斉に視線を逸らす。
(うわぁ、なんかすっごい気まずいなぁ……)
私に冒険者同士の付き合いはほとんどない。なにかあったとすればD冒険者に飛び級した時、レイラという赤髪に絡まれたくらい。
冒険者になって、およそ一ヶ月。私はその間にレベル90を越え、フィオナとAパーティを結成した謎の盗賊だ。
昼間に炎竜団を連れ帰った騒ぎを知ってる人も多いだろう。
だが私は
それこそ交友関係が広い、聖火炎竜団とは違うのだ。
微妙な気まずさを覚えた私は、出る杭うたれまいと腰を低くする。……が、私の連れがそれを許さなかった。
「もうっ、みなさん。なんですかその態度はっ!」
店の全員に聞こえるように、ガーネットの
「みなさん言ってましたよね、リオさんのことをもっと知りたいって。だから私はこの店を選んだんですよ!」
「えっ……?」
「リオさんは私の大切なお友達です。その友達に失礼な態度を取るなら、いますぐ帰っちゃいますから!」
ガーネットがそう言い切ると、店内はしんと静まり返る。
すると奥の席に座っていた――赤髪のレイラが頭を下げてきた。
「リオ、前は嫌がらせのようなことをして悪かった。……焦ってたんだ、長いこと昇格できない自分のことが情けなくってさ」
急に謝られたことに驚いてしまい、私はまともな返事を返せない。
「よければ今度、アドバイスをくれねえか? 最近パーティから一人抜けが出て編成にも困ってるんだ、もちろん相談料くらいは出すからさ」
「お、お金なんていりませんよっ! 私なんかの話でよければ、ですけど……」
「いいのか? リオだってオレにはムカついてるだろ? なんなら一発くらいブン殴ってくれたって……」
「そんなこと出来ませんよ! ほら握手しましょう、これで仲直りですっ!」
おそろしく腰の低いレイラの手を取り、がっちりと握手を交わす。はい、これで仲直り!
レイラとの話が終わると、近くにいた冒険者たちも次々に声をかけてくる。
「……聖火炎竜団を連れ帰ってくれて、ありがとな」
「俺はアイツらとは飲み友達だったんだ。けどアイツらが顔を出さなくなってからは、店もどこかしんみりしちまってさ」
「嬢ちゃん、名前はリオと言ったか? 二十層ボスを討伐した時の話、聞かせてくれよ」
「そうだそうだ!
「ニコルの英雄、リオを特等席に御案内しろ!」
気付けば私とガーネットは、酒場の中心にあるテーブルに座らされていた。
そして目の前に頼んでもない料理がガンガンと運ばれてくる。
「わ、私こんなに食べられませんよっ!?」
「いいんですよ、リオさん。ここに出揃ってるのは全部、みなさんの奢りとのことですから!」
「え、ええっ!? でも申し訳ないっていうか……」
「本当はみんなはリオさんのことが知りたかったんです。だからリオさんが気分を良くして、おしゃべりになるのを待ってるんですよ!」
いつの間にか店内にいる冒険者たちの全員が、私たちに体を向けていた。
今日まで謎に包まれていた盗賊が、ついに自分から口を開く。そんな期待に寄せられた視線が、ズバズバと突き刺さるのを感じる。
とても逃げられる状況ではない。
私はあきらめ半分の気持ちで奈落の探索、そして二十層ボスと戦った時のことを話すのだった。
***
「初手全体魅了に、冒険者を吸収して力を取り込む……?」
「つまり嬢ちゃんは……聖火炎竜団の力を取り込んだSランクボスを倒したってことか!?」
「それになんだよ、逃げと避けた回数で強くなる攻撃スキルって! 盗賊にそんな技があったなんて初めて聞いたぜ!」
「盗む成功率を上げれば楽に稼ぎもできる、か……それならウチのパーティにいる盗賊のアイツも?」
熟練の冒険者たちが体を前のめりにし、私の奈落探索エピソードに耳を傾けてくれる。
正直なところ、めちゃくちゃ楽しい。
だってみんなすごく真剣だ。彼らは本気で冒険者をやっていて、私の話からなにかを得ようとしてくれている。
こんな風に考えたら失礼かもしれないけど、本気でクラジャンをプレーする仲間を得たみたいで嬉しかった。
すると話を聞いていた冒険者の一人が、こんなことを聞いてきた。
「しかし、こっちから聞いといてアレだけどよ。リオはあまり情報を隠そうとしたりしないんだな?」
「隠すって……別に隠す理由もありませんからね?」
「でも少しは隠したくもなるだろ? 自分が体を張って得た情報なのに、他の冒険者に教えちまったら楽されるんだぜ?」
「全然かまいませんよ。むしろ大事な情報は広まったほうが、冒険者の死亡率も下がりますからね」
攻略情報はどんどんシェアするべきだ。そうやって情報が行き交う社会になったほうが、この世界にいるみんなが幸せになれるはずだ。
「少しくらいライバルが減ったほうがいいとか、思わねえのか?」
「そんなこと思いませんよ、むしろ知って欲しいです。だって一度の全滅で死ぬなんて、クソゲーじゃないですか」
「……なんて?」
「冒険者には誰も死んで欲しくないと、そう言いました!!!」
メタ発言を誤魔化すために大声を出すと、周りの冒険者たちが「おお……」と声を上げる。
「誰にも死んでほしくない、か……思っててもなかなか口に出せることじゃねえよな」
「ああ、でもリオの言う通りだ。オレは炎竜団の連中はあまり好きじゃなかったが、あいつらのいない酒場は静か過ぎる」
「しかも有言実行だからな。たった二人のパーティで、炎竜団を連れ帰ってきちまった」
「改めて言葉にすると信じられねえ話だ。俺たちはもしかしたら、伝説の生き証人……?」
なにやら話が嬉しくない方向に大きくなっている。
冒険者たちに認めてもらえるのは嬉しいが、英雄扱いはそこまで嬉しくない。彼らとはクラジャンのプレーヤー仲間として、同じ
だが向けられる視線には、既に憧れのようなものが混じっている。冒険者一ヶ月で奈落二十層踏破は少しパワーワードが過ぎたのかもしれない。ゲームでも一週目で奈落二十層クリアなんて半年はかかるからね……
「ふふっ。みんなリオさんが素敵な人だと気付いてくれて嬉しいです」
「笑ってる場合じゃないですよ、ガーネットさん……このままじゃ私、ニコルの有名人にされちゃいますよ!」
「あら、いいじゃないですか。私も友達が有名人になってくれたら誇らしい限りです!」
「いやいやいや、勘弁してくださいって!」
現実クラジャンで有名になったらどうなるかわからない。国や貴族に目をつけられて、変な要求やクエストを出されるかもしれない。
うさんくさい商人が「偉大な冒険者にしか見えない服です」と言って、
「ニコルの新しい英雄、リオ。十五歳になったばかりの女盗賊か」
「炎竜団も戻ってきたことだし、いっちょ景気づけに乾杯しとくかぁ!」
「いいです、いいです、そういうのいらないです!」
「遠慮するなって、まったくニコルの
「変な二つ名つけんなし!!!」
「この調子ならすぐにパーティーランクもSに上がるだろ」
「ではニコルの新しい英雄、リオの誕生に――乾杯っ!」
ひときわ大きな合掌と共に、冒険者たちがグラスを打ち鳴らした。
顔だけは見たことのある冒険者たちが、次々と笑顔で私のグラスに乾杯を求めてくる。
これまで人の中心にいたことのない私は、恐縮やら恥ずかしいやらで首が縮こまってしまう。
そうして場が少しずつ落ち着いてきた頃、隣に座っていたガーネットがきょとんとした顔で聞いてきた。
「そういえばリオさん。まだパーティー名の申告はされてませんでしたよね、もうお決めになりましたか?」
「…………あっ」
言われてようやく気が付いた。
私はフィオナと組んだパーティーに名前をつけていなかった。
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