第34話 私はまだ本気を出してないだけ。

 その後もイブリースとの激しい戦闘が続いた。


 イブリースは四人を取り込んだ重さのせいか、回避しようという素振りは見せていない。おかげで攻撃を当てることに苦労はしないが、反撃に使う遠距離魔術がいちいち強烈だ。


 使用してくるのはルッツの炎魔術に、妹アイシャの聖属性魔術。そして魔道弓兵シャーリーによるマジックアロー。しかも賢者は回復魔法まで所持しているため、攻撃の手を休めると即座に傷を回復されてしまう。


(くっそぉ! このままじゃ前半の有利が覆されちゃう!)


 イブリースはいざないの瘴気しょうきによる魅了に、相当の自信を持っていたのだろう。


 その油断もあったおかげで前半戦は有利に事を運べたが……私たちを強敵と認識したイブリースも、攻め手を緩めなくなってしまった。


 だが『聖光瀑布ホーリー・フォール』はあれから使ってくる気配はない。


 よほどの魔力を使うからか、それとも隙が大きいせいか。イブリースはあえて使用を避けているようだ。


 こちらにとってもそれは有難い限りだ。あれを何発も打たれるようでは、こちらの全滅まで見えてくる。


(でも戦況は有利とはいえない。なんとか現状を打破しないとね……)


 短期決戦に失敗した以上、別の打開策を考えないと。苦戦している一番の理由は、イブリースが四人のスキルを使用できる点だ。


 その使用を阻止する方法として真っ先に思いつくのは、胎を裂いて四人をイブリースから切り離す方法だ。


 ビッグホーリースライムが『恵みのロザリオ』で強化されたように、原因さえ取り除けられれば取り込んだ力も失うだろう。


 ……だが胎に攻撃を仕掛ければ、中の四人も無事では済まない。


 私は炎竜団の四人を救出する目的で、このクエストを受けている。彼らはレファーナの大切な人たちだ、安易に傷つけたりしたくない。


 だが強化されたイブリースを倒すのは容易ではない。


(こうなったら出し惜しんではおけないよね……!)


 今日までスティールアンドアウェイでたくさんの物を盗み、逃げてきた。そんな私だからこそ、活かせる攻撃技スキルがひとつだけある。


 私は攻撃を避けつつ、フィオナに近寄って声をかける。


「フィオナさんっ! これから獲得したいスキルがあるので、一分だけイブリースの相手をしてもらえますかっ!?」

「――っ! 一分でいいのだな!?」

「はいっ! 私が挑発を入れ直したら、ドデカい吹雪ブリザード剣をブチかましてください!」

「わかった!」


 無茶ぶりとも思えるお願いに、フィオナは理由も聞かずに快諾。思わずキュンとしてしまいそうな胸を押さえ、戦線を一時離脱。


 もらった時間は一秒も無駄にできない。速攻でステータスメニューを開き、盗賊のスキル盤からレベル100条件の攻撃スキルを取得。


 消費ポイントは10、威力は可変式。スキル名は――脱兎だっと反転はんてん


 スキルを取得して私はすぐさま戦線へ復帰、挑発をかけ直してイブリースと正面から向かい合う。あとはフィオナが次の吹雪剣を入れてくれるのを待つのみ。




 チャンスは一度きり。


 脱兎反転は、いわゆるロマン砲だ。


 本当の本当に困った時以外は使いたくない、盗賊の持つ技の中でも……いや全才能でも屈指の攻撃力を叩き出すことができる。


 だがそんな技を持ったとしても、盗賊はやはり高ランクボス戦に向いてはいない。


 脱兎反転の攻撃力――それは逃げた回数と、攻撃を避けた回数に比例して上昇する。そして一度使用すれば、そのカウントはすべてリセットされてしまう。


 だからどんなに強力でも、安定して火力が出せる才能のほうが優れてはいる。その一発の威力を高めるためだけに、逃げると回避数を稼ぐなんて効率が悪すぎるからね。


 でも、それはあくまプレーヤー視点での話。


 いまの私はプレーヤーではなく、この世界に生きるキャラクターだ。


 盗賊として自分自身が前線に出る以上、使えるものはすべて使って道を切り開いてやるっ!




 ――ギャオォォォォッ!!!


 イブリースの背にフィオナの吹雪ブリザード剣が直撃。体半分を凍り付けにされ、叫び声を上げることしかできない。


(よし、いまだっ……!)


 私はアサシンダガーを強く握り、イブリースに向かって駆けだした。




 現実世界から逃げ出して、1回。


 虚無だった村から逃げ出して、1回。


 転生直後にオークから逃げて、12回。


 ベビドラ先生のスティールアンドアウェイで264回


 レファーナの火炎球から逃げて、1回。


 奈落についた初日のアダマンタイト狩りで、152回。


 レベルが上がってから逃げることは減ったが、数えきれないほどの攻撃を避けてきた。いつも逃げ回っていたウサギは、別に弱かったから逃げていたわけじゃない。


「私はずっと……本気を出してなかっただけなんだーーーっ!!!」


 めちゃくちゃ弱そうな決めゼリフを吐きながら、イブリースに向かって一閃。


 すさまじい光量を纏ったアサシンダガーの刀身から、莫大な魔力を帯びた衝撃波が射出される。


 胸から上に放たれた衝撃波を浴びたイブリースは、凄まじい光を浴び……その体を蒸発させていった。


 胴体を貫通した衝撃波がボス部屋の壁にぶつかり、割れんばかりの轟音が周囲に響きわたる。


 後に残されたのは上半身を失ったイブリースの下腹部のみ。


 頭を失った胴体は力を失い、だらりとその場に頽れて……風に吹かれた灰のように、その残滓を宙に散らせ始めた。


「リオ、やったな!」

「はいっ!」


 こちらに駆け寄ってきたフィオナに向かって、私は手のひらを掲げる。


 一瞬きょとんとした顔を見せたフィオナだが、意図に気付くと同じように手を掲げ――ハイタッチ!


 仲間と勝利を分かち合う、この瞬間!


 これこそがMMORPGの醍醐味だよねっ!




 さて、残る問題はイブリースの中身だ。


 私は膨れ上がった下腹部の中に、吸収された炎竜団がいる前提で戦ってきた。もし中に彼らがいなければ、捜索はいっそう難航するだろう。


 だがイブリースは闇属性にもかかわらず『聖光瀑布ホーリー・フォール』を使用してきた。この事実を踏まえて考えれば、イブリースは間違いなく冒険者の力を取り込んでいるハズ……!


 私たちは消滅するイブリースの胴体を見守り、そしてすべてが消滅しかかった頃――背中合わせに座る、目を閉じた冒険者たちが現れた。


 背の高い男性の鎧には、竜が火を噴く紋章エンブレムが描かれていた。間違いない。この人たちはSランクパ-ティの、聖火炎竜団の人たちだ……!


 口元に耳を近づけて呼吸の有無も確認。……うん、大丈夫。眠ってるだけみたい。


 ほっと一安心してため息をつくと、ボス部屋の脇に脱出ゲートが出現。出口や入り口も解放され、ドロップ報酬の宝箱も転がっていた。


(ふう、これにて一件落着ってところかな!)


 私は腰に手を当てながら、背中合わせに眠るの姿を見下ろす。


 ……ん、五人?


 確か聞いていた話では、炎竜団は四人って話だったと思うけど……?


 改めて冒険者たちの姿を見下ろすと、その中に一人だけ身長の低い子供の姿があった。白い法服のような装備を身にまとった、蒼の髪を持つ女の子。しかも彼女だけは炎竜団の紋章をつけていない。


「この子、誰?」

「さ、さあ……」


 大きな鼻ちょうちんを膨らます少女を見て、私とフィオナは首を傾げるのであった。

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