第33話 二十層フロアボス:ラスト・イブリース

 レベル上げを終えた翌朝。


 私たちはフロアボスに挑むため、二十層ボスの入り口前で最終調整に入っていた。


 一番大事なのは状態異常対策。


 二十層のフロアボス――ラスト・イブリースは、開幕で全体に魅了チャームの状態異常を放ってくる。


 魅了された対象は相手の意のままに操られる。しかもクラジャンの魅了は効果が重く、他ゲームのように攻撃を受けても解けることはない。解除するためにはアイテムや魔法での解呪、もしくは魅了した魔物を排除するしかない。


 そのため魅了対策を一人も施していないパーティは全滅が確定する。これが奈落二十層ボスが初見殺しと言われる所以ゆえんである。



「リオは一体、どこからそういう情報を仕入れてくるんだ?」

「え、えっとぉ。子供の時に古書館かどこかで、そんな書物を読んだようなぁ……?」

「……まあ良い。リオの情報網ほど信用できる物はない、それに全体魅了が事実であれば討伐歴がないことも頷ける」


 クラジャンの魅了は凶悪だが、かけてくる魔物は非常に少ない。そのため対策を疎かにされやすく、かけられても単体が基本なので解けばいい程度の認識しかない。


 ゲームであれば全滅しても対策後に再挑戦できるが、現実クラジャンでは全滅後に学べることはない。そのため負けた理由が引き継がれず、次の探索者も同じ理由で全滅してしまう。


 ……だからこそギミック持ちのボスは、一刻も早く討伐しておかないと。原作知識を有している私が討伐記録を残せば、後に続く冒険者たちが同じてつを踏むこともなくなるからね。


「だからリオもエンジェリック・リボンを装備していたのか」

「はい! 状態異常対策といえばリボンですからね!」


 エンジェリック・リボン。


 全状態異常を無効化できる有能アクセサリ。ステータス上昇効果は得られないが、これがあれば突然の状態異常も怖くない。ついでに縁取ふちどりのフリフリもかわいい、普段使いしたくなる逸品だ。


「フィオナさんも見えるところに装備してくださいよ。せっかく同じパーティになったんだし、お揃いで装備したいですっ!」

「し、しかしだな。私みたいな無骨者が、このようなフリフリのリボンなど……」

「なに言ってるんですか。フィオナさんみたいなキレイな人こそ、見えるところに飾らないとっ! どこに装備してるんですかーっ!?」

「や、やめろっ! 体をまさぐるなっ!」


 フィオナはリボンを小手の下に隠すように装備していた。私はそのリボンをぶんどるように預かって、ポニーテールの髪留めに添える形で結び直す。


「ほらっ、これで可愛くなりましたよ!」

「べ、別に私は可愛くなりたかったわけでは……」

「これはリーダー命令です、フィオナさんは実用性より可愛さを追求してください」

「くっ……」


 恥じらいつつも悔し気なフィオナは、中々に萌えポイントが高い。これがくっころというヤツだろうか? 違う気がする。


 ちなみに装備品は以下のような形で揃えている。



【リオの装備品】

 アサシンダガー(S) 即死効果50%

 ダンサーチュニック(B) 回避値上昇

 エンジェリックリボン(A) 全状態異常無効

 極光のリング(A) 聖属性・使用時「破壊光線」使用可能

 マジックポーチ(SS) すごい



【フィオナの装備品】

 ホーリーブレイド(A+) 聖属性

 クリスタルアーマー(A+) 全属性ダメージ20%カット

 エンジェリックリボン(A) 全状態異常無効

 恵みのロザリオ(A) 魔力自動回復(中)、消費魔力軽減(小)




「リオ。挑戦前に一つ聞きたいことがあるのだが、いいだろうか?」

「もちろんです、なんでもどうぞ!」

「先ほど全体魅了の脅威について教えてもらったのだが……あれが事実だとすれば、おかしくないか?」

「おかしい、と言いますと?」

「全体魅了が事実ならパーティは同士討ちを始めるだろう、それではパーティは確実に全滅する。だがこれまでのリオの口ぶりでは、まるで炎竜団の無事を確信しているような物言いだったぞ?」

「あっ、大事なことを言い忘れてました!」


 確かにフィオナの言う通りだ。状態異常の魅了と聞けば、誰もが真っ先に同士討ちの全滅考える。だがイブリースの前で魅了にかかった場合、他の魔物とは違った挙動を見せる。その挙動、とは――


「……そのようなことをしてくる魔物が存在するのか?」

「はい。だからその状態を維持しようとするのなら、おそらく炎竜団は生かしたままにすると思うんです」

「なるほど、言いたいことはわかった。それを踏まえて気を付けるべき点はあるか?」

「長期戦は不利になるかもしれません。だからできるだけ速攻でカタをつけたいです」



 ――そうして私たちはボス部屋へと、足を踏み入れた。


 ボス部屋の扉が閉まると同時、奥の玉座ぎょくざに腰かけた人型の魔物と目が合う。


 背丈は巨木ほどもあり、女性のような風貌を持ち合わせていた。だが人間と呼ぶにはその姿はあまりにいびつすぎる。


 なぜなら背中には悪魔の羽を持ち、頭にヤギのようなツノを生やしている。なにより異様なのは――彼女の膨れ上がったはらである。




 名前:ラスト・イブリース

 ボスランク:S

 盗めるアイテム:闇進化の結晶

 盗めるレアアイテム:磔十字




 イブリースが玉座からのっそりと立ち上がると――ボス部屋全体に桃紫の霧に包まれた。


(来たっ! いざないの瘴気しょうき!)


 敵全体に魅了の状態異常を付与する、初見殺しの異名いみょうを持つイブリースの得意技。


 しかしエンジェリックリボンを装備した私たちに魅了は通じない。私はイブリースに向かって跳躍し、先制の『強奪』をお見舞いする。


「!?」


 こちらが魅了にかかっておらず、先制攻撃をされたことにイブリースの表情は驚きに染まる。油断もあったせいか攻撃はクリティカルヒット。イブリースの胸が斜めに割かれ、紫の血が大量に噴き出した。


「ギャオォォォォッ!!!」


 怒りと痛みでイブリースが大音量の叫び声をあげる。


 そして右手に持っていた巨大な十字架を薙ぎ払い、ドス黒く染まった衝撃波を飛ばしてきた。


 先ほどまで立っていた場所が衝撃波で切り裂かれる。私はそのまま『挑発』でイブリースの注意を引き付け、フィオナが背後を取りやすい位置に誘導。


 先制の一撃に腹を立てたイブリースは、立て続けに大振りの衝撃波を連射。加えて魅了が効かなかったことが信じられなかったのか、またいざないの瘴気しょうきを使用。


 だが状態異常無効の私たちには意味がない。大きな隙が出来たのを見計らい、私は続けざまにアサシンダガーで一撃を加える。


 これも、直撃。


 しかもイブリースが持っていたレア装備、はりつけ十字じゅうじの強奪にも成功。


 イブリースの顔が苦悶くもんに染まると同時、フィオナが吹雪ブリザードで追撃。減速スロウの追加効果が入ったイブリースは、次の行動に移れない。


(よし! この調子なら討伐は目の前だ!)


 二度の直撃を受けたイブリースはかなり消耗している。


 おまけに装備していた磔十字も盗まれて、攻撃力も大幅ダウン。このまま畳みかければ、簡単に討伐できるかもしれない!


 フィオナがふたたび吹雪ブリザード剣の準備に入ったことを確認し、私は再び『挑発』でイブリースの注意を引き付ける。


 ――が。


 突然、イブリースは天井に向かって両手を広げ始めた。すると雲間から漏れたような淡い光がいくつも降り注ぎ始める。


(えっ、この演出エフェクトはもしかしてっ!?)


 まさかと思う間もなく、その攻撃魔法は行使される。淡い光に照らされた場所に向かって――いくつもの破壊光線が雷のように降り注ぐ。



 聖属性Sランクの全体攻撃魔法、聖光瀑布ホーリー・フォール


 破壊光線以上に魔力消費を無視した、Sランク級の最上位攻撃魔法だ。使用者を中心とした全範囲攻撃のため挑発も意味をなさない。


 私は降り注ぐ前兆となる光の位置を頼りに、上空からの破壊光線をなんとかすべて回避――は、しきれなかった。


 直撃こそ避けれたものの、数発は体をかすめてしまった。二割のほどの体力が削られ、左肩全体に火傷やけどしたような痛みが残っている。……不覚にも転生してから初めてのダメージだ。


(いっててて……でも、これくらいなら戦闘に支障はない。って、フィオナさんはっ!?)


 魔法剣士フィオナは盗賊の私ほど回避に優れていない。そのため何発か直撃を受けたようだが……クリスタルアーマーの属性軽減で、なんとか五割ほどのダメージで済んだようだ。


「フィオナさん! 無理はせず『強壮の血液』で回復してください!」


 イブリースの背後で膝をつくフィオナは、私の言葉に黙って頷いた。



 現実リアルなクラジャン世界において、体力の維持は最優先だ。


 なぜなら現実の戦闘では、瀕死ひんしの人間が全力攻撃できるはずがない。HP1でも常に最高のパフォーマンスが出せるゲームとはワケが違うのだ。


 すべて元気な状態あってこそ出せる力である。つまり体力の損耗そんもうはすべてのステータスに降下マイナス補正がある。


 私は戦闘が始まる前に回復薬『強壮の血液』三つのうち、二つをフィオナに手渡していた。火力役であるフィオナが消耗すれば、戦闘の長期化は避けられない。


 回避を極限まで高めた私はダメージを受けづらい、そのため無傷でいれば回避のパフォーマンスは落ちずに戦えるのだ。


(って、ダメージを食らってたらカッコつかないんだけどねっ……!)


 まだ体力は八割ほど残っている。負傷も利き手ではないので攻撃にも大きくは影響しない。一番の問題は闇属性のイブリースが、Sランクの聖属性の攻撃魔法を使ってきたことの方だ。


 理由はやはり、あの膨らんだ胎に原因だろう。




 ――イブリースの前で魅了をかけられた冒険者は、同士討ちを始めることはない。


 なぜならイブリースは操った冒険者から戦闘の意志を奪い、体内へと吸収するからだ。そして冒険者の持っていたスキルを自分のものとし、魅了のかかってない冒険者に襲い掛かる。


 ゲームではイブリースに負けた場合。当たり前のようにパーティー全員が帰ってきて、リスポーン地点からやり直しになる。


 だがリスポーンのない現実ではそうならない。おそらくイブリースの胎には四ヶ月前からずっと、炎竜団の四人が収まっている。


 先ほどの『聖光瀑布ホーリー・フォール』は、賢者アイシャの持つ攻撃魔法だろう。……つまり私たちが相手にしているのは、炎竜団四人のスキルが使えるイブリースということだ。

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