第31話 レファーナと、聖火炎竜団
夜。私とフィオナはレファーナに呼ばれ、アトリエで夕飯をご馳走になっていた。
「うわぁ、レファーナさんって料理もできたんですね!」
「当たり前じゃ、でなければ
目の前にはレファーナの作ってくれた料理が並んでいる。
ボアのステーキにピラニアのお刺身、それに色とりどりの野菜で作られたサラダ。この世界で初めて目にするご馳走ばかりだ。
一方のフィオナは背筋を伸ばして緊張気味だ。
「その、いいのでしょうか? 私までご馳走になってしまって……」
「構わん。お主もアチシの依頼を受けてくれた冒険者パーティじゃ、英気を養ってもらわんとな」
「そ、そうか。では有難く頂戴させていただきます……」
「もうフィオナさん、硬いですよぉ! レファーナさんは優しい人なんだし、もっと甘えていかないとっ!」
「あ、甘えると言われてもな。人に弱みを見せるような生き方は、してこなかったもので……」
「じゃあ、これからは甘えるのにも慣れていきましょう!」
「ふん、なんとも厚かましい客人たちじゃの」
憎まれ口にフキゲンそうな顔。だがレファーナは本気でイヤミを言っているわけではない。
この人はなんだかんだ言いつつも、面倒見のいいお姉さんだ。だって私はこれまで一度も邪険にされたことがない、レファーナが優しい人であることは私が保証する。
「しかし、グレイグもリオには相当入れ込んでおるの。まさか出来たばかりのパーティを、いきなりAランクパーティとして認めるとは」
「さすがに嬉しさ半分、申し訳なさ半分って感じですけどね……」
私たちの仮組していたパーティは、正式結成と同時にAランクパーティに認定された。
本当はヒュドラを討伐できるほどの戦力があるなら、Sに認めてしまってもいいらしい。ただSランクの決定には冒険者協会の許可が必要で、すぐには決められないとのことだ。
ランクは後々のことを考えれば上げておくに越したことはない。特に領地を持った後はできることに幅が出てくるからね。
「で、リオ。これは約束の品じゃ」
私が考えごとに耽っていると、レファーナがある物を肩にかけてくれる。
それはピンク色の生地で出来た――本物のマジックポーチだった。
「わ! すっごいかわいい!!」
「じゃろう? アチシは国内でも指折りの技術を持つ縫製師じゃ。若者の流行や、好みに対するリサーチも……」
「レファーナさんっ、これすっごくかわいいです! 一生、大事にしますねっ!」
「……ああ」
ついにクラジャン世界を練り歩くための必需品、マジックポーチを手に入れた。
旅に出たばかりの時、私は実用性の面でこれを手に入れると誓った。
だが、いまは違う。
これは私の大切な人が作ってくれた、世界に一つしかない宝物だ。たとえ冒険者をやめることになったり、壊れてしまうことがあっても絶対に手放したりしないだろう。
「せっかく手間ヒマかけて作ってやったのじゃ。だから……死なずに帰ってくるのじゃぞ?」
「はいっ!」
「フィオナも、リオのことを頼む。どうにも目の離せん、落ち着きのないヤツじゃからな」
「はい、任されました」
「ちょっと!? 私を子供扱いすることで結託しないでもらえます!?」
私が裏返った声でツッコむと、二人は同時に笑いだす。
あたたかく、とても楽しい時間だった。まさに私が夢見てきた、楽しい異世界生活がここにあった。
レファーナも今日はやたらと上機嫌……だと思ったら、どうやらお酒を呑んでいたらしい。顔を赤くして目尻を緩ませた表情を見ていると、こんな姿も見せてくれるくらい、仲良くなれたのかなと嬉しく思ってしまった。
普段は憎まれ口の多いレファーナも、今日ばかりはおしゃべりが止まらない。その中には少し聞きづらいと思っていた……聖火炎竜団の話も。
「……あやつらとは五年ほど前からの付き合いじゃ。当時アチシはニコルの服飾店で、やっっっっすい給料でコキ使われていての」
「え、意外ですね。レファーナさんは天才縫製師なのに」
「最初からなんでも出来たわけではない、しかもアチシは南国の生まれじゃからの。肌の色と背丈が低いこともあって、いい仕事には就かせてもらえんかった」
「差別か。どこにでもそういう連中はいるのだな」
フィオナが不愉快そうに眉をしかめると、もう慣れたとレファーナが優しい目をしながら言う。
「しかしイヤなら辞めろと言われても、他に移る職場も見つからなくての。自分の生まれに悲観もしたが、それでなにかが変わるわけでもない」
このままではいつまでも生活はよくならない。そう考えたレファーナは、高ランクの冒険者パーティに自分を売り込むことにした。
――自分をダンジョンに連れて行き、才能レベルを上げさせてほしい。成長できた
力のない生活種は魔物を倒して経験値を稼ぐことができず、仕事をこなして経験を積み重ねることしか出来ない。だがダンジョンで高ランクパーティに
しかも冒険者からすれば報酬は後払い。ひどい言葉をかけられることがほとんどで、話を聞いてもらえることすら稀だった。
……これが自分の限界か。そうあきらめようとした時に現れたのが、結成当時の聖火炎竜団だった。
その時の炎竜団はまだDパーティではあったものの、結成一ヶ月という異例の速さで昇格した有望株だった。それにクランを組めるランクでもなかったため、彼らにとっても生活種の協力者が得られるのは好都合だったようだ。
炎魔術と魔法剣士の二才能を持つ、リーダーのルッツ。
ルッツの妹で賢者をさずかった、アイシャ。
盾役担当の聖騎士ジェラルド。
そして魔道弓兵の、シャーリー。
レファーナは彼らの協力を得て、縫製師のレベルをどんどん上げていった。そして彼らに見合う高ランク装備を毎日のように作り続けた。四人の装備を一人で作るのは大変だったが、とても充実した日々だった。
なにより彼らと一緒にいる時間が楽しかった。ルッツたちも同じ気持ちであったらしく、レファーナを入れたクランにしようという話にもなったらしい。
でも、レファーナの方から断った。なぜなら彼らと自分ではとても釣り合わないと考えたから。
その頃の聖火炎竜団はAランクまで昇格しており、Sランクに上がるのも時間の問題と言われていた。若くしてスピード出世した彼らは、気づけば勇者パーティのような人気を獲得していたのだ。
しかもリーダーのルッツには貴族からの縁談すら舞い込むようになり、いずれは預かった領地で町を興すというウワサまで立っている。そこに褐色肌のヒネくれた自分が加わっては、彼らの人気に水を差す。
だから一度、距離を置くことにした。
既に国内有数の縫製師となっていたレファーナには、国からの依頼もぽつぽつと入っていた。だからいっそのことニコルを離れ、王都に移り住むことにした。
別れの日。ルッツたちはレファーナの前でこう言ってくれた。
『――俺たちはあきらめない。本当に家族だと思えるのは炎竜団のメンバーと、レファーナだけだから』
それから二年ほど、王都に移り住んだ。彼らがSパーティへと昇格したのは、王都に移り住んですぐのことだった。
いずれレファーナが炎竜団に関わっていたことを知る人もいなくなるだろう。もしニコルに戻った時、軽く挨拶できるくらいの関係であればいい。
そんなことを考えていたある日、一通の報せが届いた。――奈落の探索に出た聖火炎竜団が、行方不明になっていると。
「……冒険者に危険はつきものじゃ。それなのにアチシは心のどこかで、ヤツらが命を落とすことはないと決めつけておった。失ってみて初めて気づく、とはこのことじゃの」
レファーナは寂しげな表情で自嘲する。私はなんだか切なくなってしまい、力なく話すレファーナの体をぎゅうと抱き締める。
「つらかった、ですよね?」
「……リオが現れてからは、いくらか気がまぎれたがの」
「へへ。私が来たからにはもう安心ですよ、つらかった日々は終わりにして見せますから!」
私がおどけたように言うと、レファーナは黙って頭を撫でてくれるのであった。
―――――
しばらくお話中心の回が続きましたが、次回からようやく奈落の再探索です!
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