第30話 フィオナ・正式加入

 貴女に忠誠を誓いたい。


 その言葉と共にひざまずいたフィオナに、ギルド全体が騒然とし始める。


「フィ、フィオナさん? 頭を上げてください!」

「私がリオに頼みごとをしているのだ、返事がもらえるまでは上げられない」


 あまりにも突然のことに理解が追いつかない。


「フィオナさん、言ってたじゃないですか! 自分には夢があるって、仕えるべき主を探しているって!」

「私はリオをその相手として認めたのだ」

「ええっ!? 私は認められるようなことなんてしてませんよっ!?」

「そんなことはない、帰らぬ者のため死地へ向かおうとする心意気。私はそこに父の慕う、西の領主の影を見た」

「え……?」


 十九層に潜る前に聞かせてもらった、フィオナ父の話を思い出す。確かに状況だけ見れば、聞かせてもらったエピソードと少しばかり似ているのかもしれない。


「私のはそんな立派なものじゃないですって!」

「だがたましいは同じだ、私は人のために立ち上がれるリオを深く尊敬する。そのような人と出会うため、私は冒険者になったのだ」

「で、でも」


 フィオナを仲間にしたいとは思ったが、彼女の夢を叶える存在になれるかは自信がない。すると私の動揺を察してくれたのだろうか。フィオナはゆっくりと顔を上げ、軽い調子でこう尋ねてきた。


「と、硬いことは言ったが……実のところ、私がリオと一緒に旅を続けたいだけだ。リオと過ごしたこの数日は、とても楽しい毎日だったからな」

「フィオナさん……」

「だから私の夢を重いと感じるのであれば、このように頼むとしよう。――私はリオと旅をするのが楽しかった、だから続きをさせて欲しいのだ」

「そういうことなら……よろこんで!」

「感謝する」


 するとフィオナは一転して真面目な表情を作り、膝をついたままレファーナに向かって頭を下げ始めた。


「レファーナ殿、私はレベル73の魔法剣士だ。私がリオに同行するので、どうか二十層に挑むことを許可して欲しい」

「……お主はなぜ、リオのためにそこまで肩入れをするのじゃ?」

「私がリオの力になりたいと思ったから、それだけです。リオと付き合いのある貴女にも、この気持ちはわかってもらえると思うのですが」


 フィオナがレファーナの瞳を覗き込む。すると真っ直ぐな視線に耐え切れなかったのか、レファーナはため息をついて目を逸らす。


「……リオ。いま一度聞くが、そこの騎士様がいれば勝算はあるのじゃな?」

「は、はいっ! フィオナさんが来てくれるなら、必ず勝てます!」


 私がそう答えると、今度はジト目になりながら聞き返してくる。


「それは騎士様がいなければ、必ずではなかったということか?」

「え、えっと、それはぁ」

「……まあ良い、そこまで言うなら行ってこい。四ヶ月も待ったのであれば、少しくらい延長しても変わらんじゃろ」

「ありがとうございますっ!」


 レファーナから許しがもらえたことが嬉しく、思わず大きな声で返事をする。


「ではフィオナさん、手を貸してもらえますか?」

「もちろんだ。私はリオの騎士として、お前を守らせてもらうことにする」

「いえ、それは違いますよ」

「違う?」

「はいっ、守るのは回避かいひタンクである私の仕事です。フィオナさんは火力担当として、カッコよく魔物をブッ飛ばし続けてください!」

「ははっ、そうだな。ではこれまで通り、よろしく頼む」


 私が手を差し出すと、ひざまずいていたフィオナが手を取ってゆっくり立ち上がる。


 この世界で、初めての仲間が出来た瞬間だった。



***



 その後、フィオナとは一度別行動を取ることになった。


 フィオナは薬師の元に『ヒュドラの心臓』を届け、完成した薬を馬車で送る手続きまで済ませてくるらしい。


「あれっ? 完成した薬はフィオナさんが直接届けるんじゃないんですか?」

「その予定だったが送ることにした。家には父上もいるし、私が直接届けなくても構わないだろう」

「でもご家族ですよ? きっとフィオナさんがお届けしたほうがご両親も……」

「リオ、私はお前の騎士になると誓ったのだぞ? 出来たばかりの主を放りだしたら、それこそ父上に怒られる。それに……」

「それに?」

「私の戻りが遅ければ、リオは一人で二十層ボスに挑んでいそうだからな」

「わ、私ってそんなに信用ありません!?」



 ……との会話を経て、奈落の再探索は明日から再開することになった。


 そのため私は改めて食料の買い出し中だ。ちなみにギルドでの依頼報告も終わったため、その分の昇格ポイントと報酬も受け取っている。


 私は今回の昇格ポイントでBランク冒険者に昇格、ようやくクランが結成できる目標ランクへと昇格した。


 そして達成報酬である1000万クリルも受け取った。夫人の命がかかっていたこともあり、フィオナのお父様はかなりの依頼金を積んでくれたようだ。


 これで現在の手持ちは1353万クリル。ここから食料や宿泊に必要な物に3万クリルを使い、いくつかの装備品を購入した。


 ひとつめはBランク武器、短剣グラディウス。特に追加効果や付与属性もない、ランク相応の武器である。


 これはヒュドラの反省を活かし、サブウェポンとして持っておくことにした。アサシンダガーだけだと、いざという時に困ることを学んだからね……


 ふたつめはBランク防具、ダンサーチュニック。


 こちらは回避値に追加補正のかかる、踊り子用のエスニックデザインな軽装備である。


 属性耐性のあるドラゴニックパーカー(C)のままでもよかったのだが、いまの私に攻撃はほとんど当たらない。であれば回避値の底上げをしたほうがいいと考えたからだ、あとデザインが好き!


 最後はフィオナも装備しているAランクアクセサリ、エンジェリックリボン。


 全状態異常に耐性を持つ、青を基調としたかわいいリボンだ。これがないと二十層ボスには勝てない。


 計32万クリルの支払いで、残りは1318万クリル。


「とりあえず買い物はこんなところかな?」


 本当は盗んだアイテムも売りに行こうと思っていたのだが、空はもうだいぶ赤に染まり始めている。


 買取屋もこの時間から大量のアイテムを持ち込まれても迷惑だろう。


 それに今日はレファーナのアトリエで、夕飯をご馳走してもらうことになっている。もちろん、正式な仲間になってくれたフィオナも一緒だ。


 アトリエに向かう私の足取りは軽い。でも――


「レファーナさん、どんな気持ちだったんだろうな……」


 ギルドで会ったレファーナは、炎竜団の捜索を打ち切ろうとしていた。


 もし少しでもタイミングが違っていれば、私はレファーナと彼らの接点に気づくことはなかっただろう。きっと私に明かすつもりはなかったのだろう。だって私が奈落に潜っていたことを明かしても、レファーナは私に彼らの探索を託そうとしなかったのだから。


 理由を想像することはできる。でも、頼って欲しかった。


「……ふう、落ち着け! 今日は楽しいかいにするつもりなんだからっ!」


 誘ってくれたのはレファーナの方だ。


 きっと暗い話をするために私たちを呼んだわけじゃないと思う。だったら私はいつも通り、レファーナ大好きのリオとしてお邪魔しないと。


 私は自分の両頬をぱちんと叩き、アトリエに向かって歩き出したのだった。

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