第28話 Sランククエストの依頼者①
十九層の湖でポーチを発見した後、念のため周囲をくまなく探索した。だが他に所有者の痕跡を示すような物は見つけられなかった。
ポーチの中身も確認しようとしたが、登録者にしか開けられない魔術が
「収納袋は冒険者の命綱だろう。そんな重要な物がどうしてこんなところに……」
「……おそらくですけど、コレクターピクシーの仕業だと思います」
奈落の十五層から二十五層には、コレクターピクシーという変化技メインのウザい魔物が生息している。
くすぐって行動を封じてきたり、
盗まれると戦闘中にアイテムが使えなくなるが、戦闘終了後には全滅しようと必ず返ってくることになっている。もし返って来なければさすがにクソゲーすぎる、これまでの積み重ねが全部なくなってしまうのだから。
だが現実世界となったクラジャンでは十分にあり得るはずだ。全滅したら本当に死んでしまうという、クソ仕様が採用されているんだし。
「これは勘でしかありませんが。このポーチはピクシーに盗まれ、取り返すことが出来なかったんではないでしょうか?」
「……絶望的な状況ではないか」
「しかもポーチにはコケが生えてます。きっと湖に落ちてから結構な時間が経っているはずです」
ピクシー種はイタズラ好きな魔物の一種だ。そのため特に目的もなく収納袋を盗んだが、開けられなかったので湖に投げ捨てた。ふとそんなストーリーが思い浮かぶ。
少なくともポーチが湖の底にあったということは、それを回収できなかった冒険者がいたということだ。奈落という場所での収納袋紛失、それがどれほど絶望的なのかは火を見るより明らかだ。
「……とりあえず、いまは奈落を脱出しましょう」
「いいのか?」
「今は仕方ありませんよ。だって私たちはヒュドラの心臓を回収するために来たんですから」
ギルドにポーチを見せれば、所有者もハッキリするかもしれない。まずはフィオナの依頼を終えるのが最優先。どこか後ろ髪引かれる思いを抱えながら――私たちは十層に戻り、脱出ゲートを使って帰還したのだった。
奈落を出た私たちは、依頼達成報告のため冒険者ギルドへ。
私たちがギルドの扉を開けると、一斉に冒険者たちの視線が集まるのを感じた。
「……おい、氷剣の舞姫たちが帰ったぜ」
「猛毒草の盗賊とパーティーを組んだってのは、マジだったのかよ!?」
「じゃあ『特例探索者』に認定されて、奈落へ行ったってウワサも本当なのか?」
「シッ! 黙って見てようぜ」
(うあ、なんかやたら注目されてるなぁ。しかもなんか今日に限って混んでるし……)
昼間だというのにギルドの中は人でごった返している。
受付嬢たちもバタバタと慌ただしく、なぜか受付のひとつにグレイグまで立っていた。まさかギルマスも出ないといけないほど忙しいのだろうか?
まあいい、今回はギルマス直々の依頼だったんだ。せっかくならこのままグレイグにも挨拶をしてしまおう。
私たちは並びの列に加わり、ゆっくりと前に進んでいく。
(でもこれでフィオナさんとはお別れか。ちょっと寂しいなぁ)
依頼を達成してしまえば、仮組したフィオナとのパーティーも解散だ。
予定ではニコルの薬師に心臓を引き渡した後、完成した薬を持ってお母様の元へ帰ることになっている。
フィオナとはここ数日で一気に仲良くなれたし、パーティーとしてのチームワークも抜群だった。
正式な仲間としてお誘いしたいところだが、フィオナには夢があって冒険者になったことを聞いている。であれば身分ナシの盗賊が誘い過ぎても迷惑だろう。ここは気持ちよくお別れをしたほうがいい、よね?
「リオには、本当に世話になったな」
「いえ、私こそ楽しかったです!」
「私もだ。それにリオに学ばせてもらうことは多かった。感謝している」
「またレベル上げしたくなったら声をかけてください。十時間でも二十時間でもお付き合いしますよ!」
「……ハハ、機会があれば頼む」
私たちが談笑しながら最前列にたど着くと、グレイグと話しているのが意外な人物であることに気付く。
「あれっ、レファーナさん。どうしたんですか?」
受付でグレイグと話をしていたのはレファーナだった。
意外だ。
まさか人里離れた場所に住むレファーナが、人の多い冒険者ギルドに顔を出すなんて。
「なんじゃ、リオか。いま帰ったのか?」
「はいっ! レファーナさんこそ冒険者ギルドに来るなんて、めずらしいですね?」
「……ああ、ちょっと前に出していた依頼の取り下げをしようと思ってな」
レファーナは私と目を合わさず、どこかバツの悪そうな表情をしている。めずらしい反応に首を傾げていると、グレイグが野太い声でこう尋ねてくる。
「おお、お前たちか! ちょうどいいところに帰ってきたな、探索中になにか見つけたりしなかったか?」
「ちょうどその報告をしようと思ってたところです!」
私は十九層で見つけたポーチを、グレイグの前に差し出す。するとカウンターに置かれたポーチを見て……レファーナが真っ先に反応した。
「これは……ルッツにくれてやったポーチではないかっ! これをどこで見つけた!?」
「じゅ、十九層の湖に沈んでいたのを見つけました」
「湖!? これはパーティー共用の収納袋じゃぞ? こんなものを無くしたのであればヤツらはッ……!」
「落ち着けっ、レファーナ!」
声を荒げるレファーナの肩に、グレイグが手を乗せる。すると自分が取り乱していたことに気付き、レファーナが顔をうつむける。
「す、すまない。つい気が動転してしもうて……」
「このポーチの持ち主は、レファーナさんにとって大切な方なんですか?」
私の問いに、レファーナはためらいがちに頷いた。
「以前、リオには話したじゃろ。アチシをクランに誘っているヤツらがいる、と」
「はい、お聞きましたけど……」
「そいつらがこのポーチの持ち主じゃ。過去に何度かダンジョン探索にも付き合ってもらった連中――
「えっ!? レファーナさんが誘われてたのって、聖火炎竜団だったんですかっ!? じゃあもしかして、掲示板に出ていたSクエストの依頼主って……!」
「彼らの捜索願を出していたのはアチシじゃよ。ヤツらとは……五年ほど前からの付き合いじゃからの」
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