第26話 三日目 ついにヒュドラと遭遇!

 ライオニック・ケンタウルスを倒した後、私たちは休憩もそこそこに探索を開始。


 その日は十一層の『古城こじょう』エリアを抜け、十六層の『岩山いわやま』エリアに到達したところで休むことにした。


 屋外の内観を持つ岩山エリアには昼夜の概念がある。そのため到着したころには、空に月が昇っていた。


 期間限定のパーティとはいえ、フィオナと月の下でキャンプできるなんて最高だ。


 どうせなら少しばかり豪勢な食事をしたい。そう思った私は干し肉と塩漬けの魚を取り出し、火であぶってフィオナと分け合った。


 また食への探求も兼ねて、112個持っていた毒消草を使って香草こうそうきにしてみた。


 薬草種ということもあって香りも良く、ちょっとした苦みもいいスパイスとして働いた。フィオナにも食べてもらったが、思いのほか好評だった。


「これは……美味いな」

「それなら良かったです! 貴族様からもお墨付きがもらえるなら、そんなに悪い物じゃないですよねっ!」


 ゴキゲンで私が答えると、なぜかフィオナが少しムッとした顔をする。


「私を貴族扱いしなくていい。前にも言ったが私は貴族令嬢ではなく、ただの騎士爵の娘だ」

「それでも私にとってみれば、フィオナ様はお姫様みたいなものです! あっ、もちろんそういう扱いがイヤでしたらやめますけどっ!」

「イヤというわけではないが……リオに様呼びされるのは少し堅苦しいな」

「じゃあ今日からはフィオナさん、ってお呼びしますね!」

「ああ、是非そうしてくれ。呼び捨てにしてくれても構わないぞ?」

「ええっ!? それはちょっと……」


 冒険者を三年やってると言っていたので、少なくとも三歳は年上のハズ。そんな相手を呼び捨てにするには、ちょっと抵抗がある。


 それにフィオナのような美しいお姉様には、目上の存在であって欲しい。なんとなく。




 そして夜が明けて、三日目。


 いよいよ十九層は目と鼻の先、ヒュドラとの戦闘はもう間もなくだ。ヒュドラの心臓を回収した後は、十層まで戻って脱出ゲートで帰る予定だ。


 二十層ボスを目の前に十層まで戻るのは面倒だが、二十層ボス討伐に向けた準備やレベル上げはしていない。


 護衛対象を連れてムチャは出来ない、そのため今回は大人しく安全ルートで帰るつもりだ。


(結局、探索を進めながら『宝探し』も起動させてきたけど……なにも見つからなかったなぁ)


 グレイグからも頼まれていた、聖火炎竜団の痕跡探し。


 奈落は各層が広いこともあって、フロアすべてをくまなく探していると時間がかかり過ぎてしまう。


 彼らのことも気にかけてあげたいけど、私がここまで来たのはフィオナのお母様を助けるため。


 ドライかもしれないけど生死不明の彼らよりも、確実に救える命を優先したい。


 それに炎竜団の目標は二十層ボス討伐だったはず。もし彼らがそこまでたどり着けているなら……意外と大丈夫かもしれない。


「リオ、次の下り階段を見つけたぞ。この先に目的のヒュドラがいるのだな?」

「そのはずです、この辺りにはもうSランク以上の魔物しか現れませんので、いつもより気を引き締めていきましょう」

「ああ。最後までよろしく頼む」


 軽く言葉を交わして十九層の階段を降りると――目標のヒュドラはすぐに見つかった。



 名前:ヒュドラ

 ランク:S

 盗めるアイテム:竜のキバ

 盗めるレアアイテム:強壮の血液




 ここのつの頭を持った、巨大な蛇を模した魔物。ヒュドラ。


 攻撃属性は毒と炎。最大で三連続攻撃をしてくることもあり、体力の自動回復も持つ厄介な魔物だ。


 パーティーの攻撃力が低いと自動回復に押し切られてしまい、いつまで経っても倒せないという事態に陥ってしまう。


「……リオ」

「とりあえず私に任せてください。運が良ければアサシンダガーの即死で倒せますから」

「即死? ちょっと待ってくれ、それでは――」


 ヒュドラは強力な魔物だがボスのような耐性は持ってない。うまく行けばノーリスクで倒すことができるはず。


 フィオナの止める声も待たずに、私はヒュドラに踏み込んで『強奪』の一撃を加える。


「ギャオォォォォッ!」


 後ろに跳躍すると同時、即死の演出エフェクトが発動したことを確認する。


(フフン、決まったぜ!)


 私がどこか誇らしげな気持ちで地に降り立ち、倒れた巨体に目を向けると――ヒュドラは塵のように、さらさらと宙へかき消えていった。


「…………あれ?」


 盗んだ竜のキバを左手に握りしめたまま、私は首を傾げる。


「ヒュドラの心臓、どこ?」

「……リオ。一応聞いておくのだが、魔物の部位ぶい切除せつじょを経験したことはあるか?」

「部位切除? なんそれ?」

「おいおい、それではどうやって『ヒュドラの心臓』を手に入れるつもりだったのだ?」

「え? だって――」


 と、そこまで言いかけたところで気付く。


(ヒュドラの心臓って、なに?)


 私はクラジャン廃人を自称しているが、よくよく考えれば『ヒュドラの心臓』というアイテムは聞いたことがない。


 ただ奈落に行きたいという依頼を受け、ヒュドラが十九層以下に生息することを知ってただけだ。


 私が真顔で首を傾げていることに気付くと、フィオナはため息をつきながら私に部位切除の説明をしてくれた。



 いわく、部位切除とは生きた魔物から体の一部を切り取ること。


 言葉尻を拾うと単純だが、これには思わぬ落とし穴がある。なぜなら現実クラジャンでは、魔物は死ぬとその場で消滅してしまうからだ。


 そのため魔物の部位が必要な際は、生きたまま切り取ってあげる必要があるらしい。


「ヒュドラの心臓はアイテムではない。そのため心臓という部位を、生存中に捌いて抜き取る必要がある」

「ええええっ!? めちゃくちゃ残酷なことするじゃないですか!!!!」

「……さんざん魔物を即死させ続けてきたクセに、よくそんなことが言えたものだ」

「だって即死なら痛みは最低限ですよ? これってとても人道的じんどうてきじゃないですか!?」

「魔物に人道を説くな、それに魔物だって人間をたくさん殺している。そんな配慮してやる必要なんてない」


 う、うーん。言われてみればその通り、かも?


 ちなみに食用になっている魔物肉も、この部位切除を利用して手に入れているらしい。


 そこまで冷静になったところで気付いたのだが、勉強家の元リオは知っていたらしい。どうやら私が考えなしに特攻したせいで指摘するヒマもなかったようだ。


「で、リオはアサシンダガー以外の武器は持ってるのか?」

「持ってないです。…………あ」

「では私がやるしかないようだな。50%の即死効果を持つアサシンダガーでは、部位の切除には絶望的に向いてない」

「アサシンダガーの特性が裏目にっ!?」


 そんなこと考えても来なかった。まさか最強短剣のデメリットが、ここに来て発見されるなんてっ……!


「リオにはケンタウルス戦のように、ヒュドラの注意を引き付けてもらえるか?」

「は、はい……」

「なんだ、リオにしてはめずらしく元気がないな」

「えと。フィオナさんが来てくれなかったら、とんでもないことになってたと思って……」


 今回のクエストが護衛任務でよかった。


 もし私が単身で乗り込んでいたら、部位切除中にヒュドラが即死しないことをお祈りするクソゲーが始まっていた。ほぼ確実にクエストは失敗するだろう。


「貴族夫人の命がかかったクエストの失敗! 果ては私の命を差し出して、その怒りを鎮めてもらうしか……!」

「なにを言っている。お前の命をもらったところで、母上の薬ができるわけでもないだろう」


 失敗の妄想で顔を青くする私に、フィオナが冷静なツッコミを入れてくる。


「リオには感謝しているよ。お前が私をここまで導いてくれなければ、薬を作る目算も立たなかったからな」

「ううっ、フィオナさぁんっ……!」

「そんなことより早く次のヒュドラを見つけよう。手を、貸してくれるな?」

「もちろんですっ!」


 単純な私はフィオナの励ましですっかり気を持ち直した。


 自分の失敗は仲間がカバーしてくれる。そんなフィオナとの繋がりが嬉しく、私はますます自分のクランを持ちたいという思いを強くするのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る