第25話 二日目、十層フロアボス:ライオニック・ケンタウルス
奈落探索、二日目。
いよいよ奈落十層のフロアボス、ライオニック・ケンタウルスとの戦闘だ。
私たちはなんとか昨日のうちに十層までたどり着き、そこにキャンプを張ることにした。本当は少しでも早くボスに挑めるようにと、ボス部屋前にテントを張ろうとしたのだがフィオナに反対された。
「頼むから入口前はやめよう。なんだか気が休まらない……」
とのことだった。繊細なところがあって可愛いですね、と茶化すと「リオが図太すぎるだけ」と言われてしまった。理不尽だ。
「ついにSランクボスとの戦闘か。緊張するな……」
「大丈夫ですよ、ライオニック・ケンタウルスはギミックもない
「……リオは相変わらず余裕そうだな」
「そりゃそうですよ。ケンタウルスは先人たちの討伐記録も残ってましたし!」
攻略備忘録とは冒険者たちによって書かれた、いわゆる手書きの攻略記事だ。ダンジョンに生息する魔物や、フロアボスの詳細が書き残されている。
これはダンジョンを初踏破した冒険者の記述を元に、次の挑戦者たちが何度も修正をすることで完成する。ギルドの書庫に保管してあり、誰でも無料で自由に読むことが出来る。理由はもちろん冒険者の死亡率を下げるためだ。
私にとっては転生前の攻略サイトの方が信じられるが、手書きの攻略本というのも乙なものだ。それに好きなゲームの記事はどんなものでも読んでるだけでも楽しい。
幸い、書かれていた記事に現実で変更されていた点はなさそうだった。であればレベル72の
部屋の奥には馬の下半身を持ち、ライオンの頭を持った魔物がこちらを睨んでいた。あれがライオニック・ケンタウルス。
ケンタウルスがこちらを認識すると同時――合図もなく戦闘が始まった。
名前:ライオニック・ケンタウルス
ランク:S
盗めるアイテム:聖なる矢じり
盗めるレアアイテム:恵みのロザリオ
事前の作戦通り、私とフィオナは左右に別れる。ワームの時と同様、敵を挟み撃ちにするためだ。
『挑発』で注意を向けさせると同時、ケンタウルスが私に向けて弓を構える。
そして魔力の矢を弓にあてがった瞬間、凄まじい速度の閃光が射出。事前に行動が読めていたため閃光は難なく回避、先ほどまで立っていた場所には大穴が開いていた。
(レベル的には何発か食らっても死なないはずだけど……現実で見るとおっそろしい光景だなぁ)
あんな一撃をもらったら、塵ひとつ残らず消し飛んでしまいそうだ。
先ほどまで余裕だと考えていた私も、油断はできないと肩に力が入ってしまう。対するケンタウルスは矢を放った後のクールタイムを終え、次の矢をつがえる動作に入る。
が、そこでフィオナの詠唱が終わる。
「――
突然の攻撃にケンタウルスは防御もできず、
(よし、しっかりと効いてるみたいだ!)
事前の打ち合わせで、フィオナには魔術『
読み通り、ケンタウルスは持ち前のスピードを失った。後は攻撃あるのみだ。
私は『挑発』を切らさないよう注意しながら、間合いを見計らってアサシンダガーで『強奪』を仕掛ける。
即死は入らなくともSランク性能を持つ武器だ、着実にダメージは積み重ねることが出来る。
同様にフィオナも大火力の『
ケンタウルスも魔力の矢で応戦しようと試みるが、
もうケンタウルスの体力も残りわずか。そう察知した私はアサシンダガーを鞘に納め、通常の『盗む』に切り替える。――なぜなら目当ての物を盗む前に、ケンタウルスに倒れられたら困るからだ!
フィオナにも合図して、攻撃を止めてもらう。
すると離れた位置に立つフィオナは「あの指示は本気だったのか……」と顔を引きつらせていた。
(だって『恵みのロザリオ』は絶対に欲しいでしょ! 近くの魔物からも盗めないものだからねっ!)
以前、滝裏の依頼を受けた時も目にした『恵みのロザリオ』。
今のところ自分で使う予定はないにしても、魔法職が仲間になった時には絶対欲しくなる。後々の事を考えれば先に手に入れておいて損はない。
そうして三十回ほど盗むを入れたところで『恵みのロザリオ』をゲット。トドメはフィオナに入れてもらい、無事にケンタウルスを討伐することが出来た。
「ほ、本当にやったのだな。リオと私、たった二人で奈落のフロアボスを……!」
「そうですよ、やりましたねっ!」
私がフィオナに手の平を向けると、意図を察知してハイタッチに応じてくれた。
ボスが倒れると同時、入口と出口の扉が復活。そしてボス部屋の端に脱出ゲートも出現した。
倒されたケンタウルスが残した宝箱はひとつ、どうやら今回は確定報酬だけしかドロップしなかったようだ。
せっかくなのでここは気前よく、フィオナに中身をプレゼントすることにした。
「いいのか? 私はリオに護衛を頼んだ立場で、報酬を受け取る権利はないと思うのだが」
「構いませんよ。それに護衛といっても手を貸してもらっちゃいましたから」
「し、しかしだな……」
「いいからいいから! どうせフロアボスは一ヶ月後にまた復活するんですから!」
私はフィオナの背を押して、半ば強引に確定報酬の宝箱を開けさせる。そして箱の中から純白の刀身を持った大剣を取り出した。
「……これは、なんと美しい剣なのだ」
両手剣、ホーリーブレイド。
聖属性の力を持つランクA+の剣で、魔法剣による
旅中でよほどの
「そして先ほど盗んだコレも、お貸ししておきます!」
「い、いくらなんでも『恵みのロザリオ』なんて借りられないっ!」
「いいんですよ~、先ほど使った分の魔力も回復しておかないといけませんし!」
盗賊の私はそれほど魔力を消費しない。使うと言ってもせいぜい『エンカウントなし』や『常時ダッシュ』の維持と、身体強化に使う程度。魔力を直接攻撃に使うフィオナとでは、消費量は比べるまでもない。
「なにからなにまで申し訳ないな。ただでさえレベル上げにも無償で協力してもらったというのに」
「気にしないでください。私がフィオナ様を通して、最強の魔法剣士を見たかっただけなんですから!」
「……リオはいつも楽しそうだな」
「えっ、もちろん楽しいですよ? フィオナ様は楽しくないんですか?」
「楽しいかどうか、か。あまり深く考えたことはなかったな。私は騎士として人のため、そして仕えるべき主君と出会うため冒険者になったからな」
(そっか。考えてみれば当たり前なんだけど、冒険者はなりたいものではなく手段でしかないんだよね)
明日食べる食費を稼ぐには冒険者をやるしかない。たくさんのお金を稼いで幸せに暮らしたい。
さずかった才能を活かして出世したい、貴族のスポンサーを獲得したい。クランという家族を作りたい、夢を叶えたい……
私が冒険者であることを楽しいと思っているのは、この世界をゲームの延長として見ているからだろう。
元からここに住む人にしてみれば、命がけの冒険を楽しもうとするのは変なのかもしれない。でも――
「どうせやるなら楽しいほうがいいと思いませんか? それにフィオナ様だって、先ほどはとても嬉しそうでしたよ?」
「私が、嬉しそう……?」
「はい! ケンタウルスを倒した時も、ホーリーブレイドを手に取った時も、フィオナ様の表情はとても輝いてました!」
言われたフィオナは、ハッとした表情をする。
(冒険とは非日常の世界で、新しい体験をすること。だったら旅先で出会った新しい物への感動こそ、冒険者の
それはゲームでも現実世界でもおんなじだ、新しい発見や出会いにはイヤでも心が動かされる。もしその出会いが退屈なら、もうそれは冒険ではない。
「フィオナ様の夢は他の方法でも叶えられるハズです。でも冒険者を選んだってことは、フィオナ様が冒険をしたかったからじゃないですか?」
「……そうだな。まったくリオの言葉は軽いようで、いちいち核心をついてくる」
「ふふん、そうでしょう! もっと褒めてくれていいんですよ!」
「リオはただの快楽主義者ではなかったのだな」
「ちょ、ちょっと!?」
思わぬディスりに裏返った声が出てしまう。するとフィオナは心底おかしそうに、声を上げて笑うのだった。
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