第23話 出発のあいさつと、フィオナの夢

 それでは準備も整ったことだし、十九層に向けていざ出発! ――の、前に。


 私はフィオナと一緒に、レファーナのアトリエを訪れていた。今回は泊りがけの探索なので出発報告くらいはしておこう、そう思って来たのだが……


「なんじゃ? リオはまた怒られに来たのか?」

「違いますよっ!? 私はレファーナさんに行ってきますの挨拶をしたかっただけで……」

「そのつもりであれば順番が違うわ。まずは危険な依頼を受けるかどうかの相談を先にせんか!」

「でも心配しいのレファーナさんは、とりあえず反対するじゃないですかー」

「反対されるのがわかってたなら……って、誰が心配しいじゃ。アチシはお前の心配なんてしとらん!」

「もぉ、私はわかってますよ! 素直じゃないんですからー」

「ええいっ、うっとおしいの。いちいち抱き着こうとするでない!」


 手を広げて駆け寄ろうとする私を、レファーナが腕を伸ばして押し返す。


「で、そちらが護衛対象の貴族様かえ?」

「はいっ! Aランク冒険者のフィオナ様ですっ!」

「お初にお目にかかります、紹介に預かったフィオナ・リビングストンです」

「縫製師のレファーナじゃ。ニコルの郊外でこのように細々と、縫製業を営んでおる」


 互いに挨拶を終えると、フィオナが不思議そうな顔でレファーナに訊ねる。


「失礼ですが、レファーナ殿はリオと血縁関係の方でしょうか? 口ぶりから察するに、私はてっきり親族を紹介されると思っていたので……」

「あっ、違います。私が勝手にレファーナさんをお母さんみたいに思ってるだけです」

「そ、そうだったのか……」


 面食らった様子のフィオナを見て、レファーナがため息をつきながら補足する。


「色々と誤解があったようじゃが、ご安心くだされ。そいつはガキじゃが実力は折り紙付きじゃ」

「あ、ああ。その点は心配していない。レッドドラゴンを一撃でほふる様は、イヤと言うほどこの目で確認してきたので……」

「なんじゃ、リオ。もう奈落に貴族様をお連れしたのか?」

「はい、とりあえずレベル上げのため九時間ほど」

「く、九時間……」


 レファーナが同情的な視線を送ると、フィオナは引きつった表情で笑っていた。


「アチシには戦闘のことはわからん、しかしフィオナ様の身を第一に考えて行動するのじゃぞ?」

「わかってますよぉ、レベル上げだってそのためにしたんですから!」

「宿泊道具や食料は持ったのか?」

「ちゃんと持ちましたって! お借りしたポーチの中にしっかりと入っています!」

「それと十九層まで潜ったからと言って、二十層ボスに挑戦しようなどと考えるではないぞ?」

「い、いやだなぁ~今回のクエストは護衛ですよ!? 必要以上のところまで潜るわけないじゃないですかぁ!」


 妙に声が裏返ってしまい、冷や汗が額から滑り落ちる。二人がいぶかし気な視線を向けてくるのも、きっと気のせいだろう。


「……まあよい、ちゃんと無事に帰ってくるのじゃぞ? お主が戻ってくる頃には、マジックポーチも出来上がってるじゃろうからな」

「はいっ、楽しみに待ってますね!」 

「それと……気をつけて、な」

「はいっ!」


 私は見送りの言葉に元気な返事をし、レファーナのアトリエを後にしたのだった。



***



 アトリエから少し離れたところで、フィオナがこんなことを聞いてきた。


「リオはずいぶんとレファーナ殿を慕っているのだな?」

「はいっ、レファーナさんはとても素敵な人ですよ! 私がBランク冒険者になったあかつきには、いの一番にクランにお誘いする予定です!」

「……リオは自分のクランを作るつもりだったのか?」

「絶対に作ります! そして素敵な仲間を集めて、家族のような温かい場所を作るのが夢なんです!」


 現状、私はソロでもこの世界を十分に楽しんでいる。だが仲間あってこそのMMORPGだ。クラジャンをフルに楽しむのであれば、クランを作ってたくさんの仲間と関わりたい。


 NPCだったキャラクターも、この世界では人格を持った人間だ。きっとゲームとは比べ物にならないほど、楽しい時間を過ごせるだろう。


「……その、私は誘わないのか?」

「えっ?」

「レファーナ殿には声をかけるのに、私に誘いの声はないのかと思ってな……」

「誘ったら入ってくれるんですかっ!?」


 思いもよらぬことを聞かれ、私はつい大声を出してしまう。


「い、いや、私にも考えたいことがあるので、簡単に約束はできないのだが……リオの作るクランは、さぞ楽しいのだろうと思ったのでな」

「もちろん楽しくしますよ! フィオナ様にお声がけしなかったのは、身分ナシ盗賊の下につくことはできないだろうな~と思ったので」

「な、なにもそこまで自分を卑下せずともいいだろう」


 フィオナは固定のパーティーに所属していないが、引く手は数多あまたのはずだ。なにか入れない事情があると思っていたことを告げると、そうではないと首を横に振った。


「私が固定のパーティーを組まなかったのは、それだけの出会いがなかったからだ」

「出会い、ですか?」

「ああ。リオの言葉に続くわけでもないのだが……私にも夢あるのでな」

「えっ! フィオナ様にも夢があるんですか!? イヤじゃなければ教えて欲しいです!」

「……そ、そんなに知りたいのか?」

「知りたいに決まってますよ!」

「そうか、仕方ないな……」


 仕方ないなと、少し照れたフィオナが尊い。


 どうやらお堅く見えるフィオナにも、人に語って聞かせたい話があるらしい。聞いてくれて嬉しいと顔に書いてある。フィオナたん、激萌え。


「まあ夢と言うほど大層なものでもないのだがな。私は一人の騎士として、自分の仕えるべきあるじを探しているのだ」

あるじ……騎士と主君の、主従関係みたいなやつですか?」

「ああ。私にも父が慕うような、立派な主を見つけたい。それが私の夢だ」


 そうしてフィオナは、私にお父様の話をしてくれた。




 フィオナの父、ハリス・リビングストンは騎士きししゃくをさずかった武官である。いまは王国西の国境警備隊長を務めているらしい。


 しかし本当はもっといい仕事に就くことも出来た。『聖騎士』の才能を持つハリスには、王の親衛隊に推薦する声もあったくらいなのだから。


 その地位を蹴ってまで国境警備に残ったのは、ハリスが西の領主に忠誠を誓っていたからである。



 二十年ほど前。ハリスが国境警備の一般兵だった頃。西の国境沿いで武力衝突が起きたことがあった。


 争いは数日で収束したのだが……幾人かの兵が戦死する事態になってしまった。


 両国の緊張が極度に高まり、国境は完全に封鎖。


 交易なども一切の禁止となったが、越境えっきょうした兵の遺体交換だけは行われた。


 交換はとどこおりなく行われたが、王国側の遺体が一人分見つからなかった。


 そのため西の国に捜索隊を派遣したいと願い出たが、申し出を拒否。国内でも強い要求は控えるべきという、慎重論が半数を占めたため捜索は絶望的となる。


 が、王国西の領主は引かなかった。


 領主みずから国境門に出向き、爵位の返還を申し出る書状を国境兵――ハリスに手渡した。


 そして厳戒態勢の国境門前で、大音声だいおんじょうを響かせた。



「私は今日まで国境の護りを預けられた領主であった。しかし私のめいにより英霊となった兵をとむらえず、どうして彼らの長を名乗り続けることが出来ようか。これより私は領主の地位を捨て、西国の敷地を私情で捜索する。隣国諸君にとっても、私は同胞の仇であろう。我慢ならぬ者は構わずに私の首を撥ねるが良い!」



 領主はそう叫び、丸腰で国境を越えた。


 西国の兵は最大級の警戒で領主を迎えたが、ついぞ手を出すことはなかった。


 ……一人の兵のために、ここまでしてくれる主が居るだろうか。


 感銘を受けたハリスは領主に続き、武装を解除して捜索に加わった。国境兵の幾人かもハリスに続き、丸腰での捜索を開始した。


 気付けば、西国の国境兵さえ捜索に加わっていた。


 三日ほどの捜索で、最後の遺体は見つかった。それ以降、王国と西国で争いが起きたことはない。


 少なくとも領主の行いを目にした、両国の兵が争いを起こすことはないだろう。あの事件を境に、彼らは他者への尊敬を思い出したのだから――




「……その話を聞き、私も忠誠を誓うべき主君を見つけたいと思ったのだ。父のように騎士の責務に邁進する生を送ってみたい、とな」

「ううっ、なんてイイ話なんですかっ! どうしてこのストーリーは本編に入ってなかったのっ、もしかして没シナリオ!?」

「な、なに? ボツシナリオ?」

「なんでもありませんっ!!!」


 感極まったあまり、ついメタいことを口走ってしまった。


「でも、ご両親に反対されたりはしなかったんですか?」

「いや反対はされなかったが……なぜ、そう思う?」

「だってフィオナ様って貴族令嬢じゃないですか。大事な娘が騎士をやりたいなんて言い出したら、普通は反対されるんじゃないかと……」

「ああ、その点は問題ない。私の家は父一代限りの騎士爵だ。それに親衛隊の誘いを蹴ったこともあるので、陞爵しょうしゃくされることもないだろう」

「な、なるほど。そういう感じですか……」


 どうやらフィオナは貴族の枠にしばられないお嬢さんのようだ。


「だから私が普通の女として暮らそうと、生涯冒険者でいようと反対されることはない」

「夢を応援してくれるご両親だなんて、いいご両親ですね!」

「ああ。人に誇ることのできる、最高の両親だ」


 そう答えたフィオナの表情は、今までで一番晴れやかなものだった。




―――――


 閑話を挟みましたが、明日から十九層に向けた探索のスタートです!

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