第20話 フィオナの常識は、音もなく崩れさった

 ニコルを出た私とフィオナは、奈落に向かって北上していた。


 すると正面からストーンゴーレムの歩く姿が見えてきた。同時に後衛フィオナから鋭い殺気が飛んでいる。


「フィオナ様」

「わかっている。早速だがリオのお手並み拝見させて……」

「いえ、絶対にこちらからは攻撃しないでください」

「……なにを言っている、この距離で戦闘は避けられない。相手に気づかれてない今が、先制のチャンスだろう?」

「黙って私の言う通りにしてください」


 魔物も近いので真剣な声で言うと、フィオナは面食らった表情で頷いた。


(これは……実験だ)


 ここまでずっと『エンカウントなし』を発動させながら歩いてきた。


 そして目の前にはようやく気付いてくれそうな魔物の影。それなのに先制攻撃なんてしたら、せっかくの検証が台無しになる。


 ここで言う検証とは、エンカウントなしがパーティー全員に対して発動するかどうか、だ。


 ゲームの常識で考えれば当然エンカウントすることはないのだが、リアルでは違う挙動を取るかもしれない。


 レファーナに命を大事にしろと教わり、いまは貴族令嬢の護衛を任されている。些細なことでもしっかり検証しなければ。


 私たちは黙ってゴーレムに向かって直進し――その横を素知らぬ顔で通り過ぎていく。


 フィオナはゴーレムに剣を向け続けてはいたものの、なんとか私の言う通り手を出さずにいてくれた。そうして魔物に気付かれず距離を置いた後、フィオナが声を荒げて訊ねてきた。



「お、おいっ、今のはなんだ!? なぜゴーレムは私たちに気付かなかった!?」

「エンカウントなし、というスキルです。これをかけておけば魔物たちに見つかることはありません」

「魔物に見つからない、だと?」

「はい。こちらから攻撃しない限りは、ですけど」

「なんだその反則みたいなスキルは、幻術のようなものではないか?」

「そうかもしれませんね。なので基本的にはこちらから攻撃しないでください」

「あ、ああ……」



 見慣れないスキルに驚いたのか、フィオナは口を半開きにしたまま頷いた。


 常時ダッシュも試してみたところ、フィオナも同様に加速の効果を得ることが出来た。どうやら盗賊スキルはちゃんとパーティー全員に及ぶらしい。


 よかった。これでフィオナの護衛も少しは楽になるだろう。


 それから歩くこと数十分、私たちは奈落の入口に到着した。


 入口には今日も衛兵が立っている、いつぞやの聖水をくれた親切な二人組だった。



「こんにちはー!」

「ん? 君は確か先週に会った……方向オンチのDランク冒険者じゃないか」

「お久しぶりです、前回はお世話になりました!」

「で、今日はどうしたんだ? また道にでも迷ったのか?」

「いえ、今日は奈落に用があってきたんです」

「……なにを言っているんだ? D冒険者の君が奈落に入れるわけがないだろう」

「見てください」


 私は冒険者ライセンスを衛兵の前に突き出した。


「……ああ。Cランクに昇格したのか、おめでとう。でも奈落はSダンジョンだぞ?」

「あ、見て欲しいのはこっちです」


 そう言ってライセンスに押された印を指差した、そこには特例探索者の文字を押印がされてある。


「と、特例探索者!? Cランクの君がっ!?」

「はい。色々あって認められちゃいました!」

「いやいや、認められちゃいましたって……」


 二人の衛兵は不思議に思いはしたものの、グレイグの印が本物であることを確認すると通してくれた。


 もうコソコソと後ろめたい思いをしながら入る必要はない。そのことが嬉しくて私はどこか誇らしげな気持ちで、フィオナと狭い道を歩いていく。


「……リオに出会ってから、私の中の常識がことごとく崩れているのだが」

「大丈夫ですよ。フィオナさんの常識も、すぐに私と同じ物になるはずですから!」

「それはそれで恐ろしいな……」

「さあフィオナさん、着きましたよっ!」

「ここが、奈落……なのか」


 目の前に広がる無数のクリスタルに圧倒され、フィオナが思わずといった様子で息を呑む。


(その気持ち、わかるなぁ……)


 私も初めて来た時は、あまりの美しさに見惚れてしまった。キラキラに目を奪われてしまうのは、女の本能なのだろうか?


「すっごい綺麗ですよね、私も初めて来た時は息を呑んじゃいました」


 声をかけるとフィオナは肩をびくっと震わせて、誤魔化すようにそっぽを向く。


「べ、別に目を奪われていたわけではないっ」

「ふふっ、そういうことにしておきましょうか」

「だ、だから私はだなっ!」

「――静かに」


 私たちの少し先にいたスマートガーゴイルが、耳と鼻をピクピク動かしている。


「……あ、あれは?」

「スマートガーゴイルというAランクの魔物です。飛べる魔物は厄介なのであまり相手にしたくありません」

「だがレベル上げをするのではなかったのか? あのくらいの魔物であれば、二人でかかれば……」

「だとしても面倒です。相手からの接近を待たないと打撃も入りませんし、盗める品も美味しくない、つまりコスパ0点。それよりあっちのレッドドラゴンにしましょう」

「レ、レッドドラゴン!?」


 私の指を差した先には、ブリザードフェンリルの死体を食らうレッドドラゴンがいた。


「レッドドラゴンといえば西のAランクダンジョン、火吹ひぶきのダンジョンボスではないかっ!」

「あっ、良くご存知ですね」

「当たり前だ! 王国西では三大難関と呼ばれるダンジョンのひとつだぞ!? ……まさかここには一層からあんな魔物がゴロゴロしているのか!?」

「ええ、いますよ。レッドドラゴンは経験値効率がいいから好きなんですよねっ!」

「好き……?」


 フィオナが意味がわからないという表情で、私の顔をジロジロと見ている。


「じゃあフィオナ様。早速ですがレッドドラゴンに一撃ちょっかいを入れてきてください」

「ちょ、ちょっと待て。今からレッドドラゴンと戦闘に入るつもりなのか?」

「そうですよ。フィオナ様は氷魔法剣の使い手ですよね? 弱点属性だと思いますので、ズババーンと殴ってきてください」

「しかし相手は強敵だぞ!? もう少し入念な準備をだな……」

「あーもう。じゃあちょっと見ててください」


 私はそれだけを口にすると、レッドドラゴンに突っ走ってダガーをひとぎ。


 すると即死は入らなかったものの。赤の巨体は断末魔の叫びをあげ、二つの肉塊となって崩れ落ちた。


「は……?」


 レッドドラゴンの討伐を終えて戻ると、フィオナは呆然とした表情でその場に立ち尽くしていた。


「見てください、運よく炎のリングを一発で盗めましたよ!」

「炎のリングって……火炎球ファイヤーボールを何度も発現できる、あの炎のリングか?」

「よくご存知ですね! あっ、そうだ。フィオナさんも炎魔術は使えないみたいですし、記念に差し上げますよ!」

「こ、こんなレアアイテム、もらえるわけないだろう」

「でも私は十個以上持ってますし、どうせこれからも落ちるのであげますよ」

「十個以上、持っている……?」

「はい! 指に十本はめて同時に打つと、Bランク相当の火力も出るので気持ちいいですよ!」


 フィオナはまばたきもせず、引きつった笑みを浮かべ続けるのであった。

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