第19話 貴族令嬢、フィオナ
翌日。
冒険者ギルドの受付に立つ二人を見て、周囲の冒険者たちは一斉にざわめき始めた。
「……おい、見ろよ。あの盗賊娘が連れてるのって『
「氷剣の舞姫って、王国西で活躍するAランク冒険者の!?」
「三才能を同時にさずかったエリート中のエリートじゃねえか! そんな冒険者がどうして盗賊なんかと一緒に……?」
そして受付を担当するガーネットの一言で、耳をそばだてていた冒険者たちの囁きはピークに達した。
「はいっ、これで二人は正式に冒険者パーティーとなりました。今後のご活躍を心より応援していますっ!」
ガーネットから激励の言葉を受けた二人は、周囲の冒険者たちの注目を集めながらギルドの外へ向かう。
リオはいつものように意気揚々と。
付き従う金髪の女騎士は、困惑した表情をうかべながら――
……二人の出会いは三十分ほど前にさかのぼる。
リオがギルドマスターの部屋をおとずれた時のことだった。
「私は騎士リビングストンが長女、フィオナ・リビングストンだ。此度の依頼を受けていただいたこと、誠に感謝する」
「あ、ありがたきお言葉っ!? フィオナ様のお力になれること、恐悦至極に存じますうぅっ!」
緊張でガチガチになった私に、少し低めの優しい声がかけられる。
「……そう堅くならないでくれ。私の家は父一代の
私がおそるおそる顔を上げると、フィオナと名乗った女性は目元を細めて微笑んでくれた。
(うわぁ、すっごい美人さんだ……)
金髪ポニーテールに鼻筋の通った端正な輪郭、宝石のような
だが身に纏うのは頑強なまでの厚い鎧。腰に下げた長剣も使い古された後があり、貴族儀礼に用いるような物でないと一目でわかる。
「話には聞いていると思うが、目的はヒュドラの心臓を回収することだ。そのためリオには道中の護衛をお願いしたい」
護衛。
つまり貴族令嬢のフィオナを、奈落の探索に同行させるということを意味していた。
本来であれば貴族を危険なダンジョンへ連れていくなどあり得ない。だが依頼主であるお父様、そして本人の希望でもあるとグレイグから聞かされていた。
『リビングストンの当主は力で爵位を与えられた武官だ。優秀な才能を授かったフィオナにも、同じような道を歩んで欲しいと思ってるらしい……』
そのためヒュドラの心臓回収が目的であると同時、フィオナに奈落の探索を経験させたいという目的も含まれている。……お母様の命を助けるため、娘の命をかけるとは
フィオナは王国西では『氷剣の舞姫』の
覚醒の儀で『魔法剣士・氷魔術師・風魔術師』の才能を同時に授かり、三年でAランクまで駆けあがったエリート中のエリート。
魔法剣士は才能の中でもアタリ枠だ、Aランク冒険者ならレベルもそこそこ高いだろう。
だが奈落はSランクダンジョンだ。いくらフィオナが強くても、二人で潜るとなれば普段以上の注意が必要だ。
私がソロで戦う分には極限まで上げた回避率でなんとかなるが、護衛となってくれば難易度は格段に跳ね上がる。
しかもお相手は貴族令嬢で、貴族からギルドマスターへ直々に依頼のかかった大事なクエストだ。万が一にも失敗は許されない。
フィオナは背筋をピンと正し、いかにもデキる女騎士といったオーラを
だが変なプライドを持たれたまま探索を開始したら、指示や連携が上手く通らないかもしれない。
相手が貴族令嬢とはいえ、変に遠慮すれば命にかかわる。そのためお互いの関係性はハッキリさせておいたほうがいいだろう。
「……フィオナ様のレベルは現在、おいくつですか?」
「レベルは47だ。これでも三年ほど冒険者をしている。護衛をしてもらう身とはいえ、足手まといにはならないはずだ」
「そうですか、全然足りないですね」
「えっ」
突然の否定に、フィオナの端正な顔が凍り付く。
「ヒュドラの生息階層は奈落の十九層から二十五層です。最低でもヒュドラの戦闘と、十層のフロアボス戦にも参加してもらう必要があります。するとレベル70は欲しいですね」
「レベル70、だと? 私は47まで上げるのに三年もかかったのだぞ、70なんてすぐに行けるはずが……」
「行けますよー。レベル92の私が言うんですから間違いないです!」
「!?!?!?」
フィオナの端正な顔が、落書きでもしたようなブサイクに歪む。……が、すぐに気を取り直してツッコミを入れてくる。
「い、いくらなんでも見え透いたウソをつくな! レベル92の冒険者なんて王国史上でもいるかどうか……」
「本当ですよぉ。もちろん盗賊だからレベルが上がりやすい、というのもありますけどね」
「なっ、リオは盗賊なのか!?」
「はい! 便利なスキルばかりなので、だいぶ楽をさせてもらってます!」
「バ、バカな。盗賊といえば戦闘種でも非力な部類ではないか。……グレイグ殿っ、リオの言うことは本当に信用できるのですか!?」
話を振られたグレイグは、苦笑しながら首を縦に振る。
「間違いねぇよ、投影の水晶でレベルも直接確認した。冒険者になってからの立ち回りも聞いたが、ウソや矛盾は見つからなかった」
「ほ、本気で仰っているのですか? しかしグレイグ殿の言葉とはいえ、すぐには信じがたい……」
「ではっ! 今から一緒にお試しで奈落に潜りませんか?」
「い、今から?」
「はいっ。ご自身の目で見てもらった方が早いですし、フィオナさんのレベル上げもしておかないと」
「し、しかしSランクダンジョンだぞ? もう少し入念準備や、作戦会議をした上で……」
「善は急げですっ!」
そう言って、押し切った。
私は戸惑うフィオナの背を押して受付に行き、冒険者パーティーを仮組みしてギルドを後にしたのだった。
「ほ、本当に大丈夫なのだろうな?」
「大丈夫ですよぉ、私にお任せください! とはいえ、先にいくらか検証させてもらいますけど」
「検証?」
「はい、パーティー行動は今日が初めてなので!」
「……ちょっと待て。まさかリオはずっとソロだったのか?」
「そうですよ! といっても冒険者になったのも二週間前なんですけど」
「…………なにやら幻聴が聞こえた気がするな」
フィオナはどこか疲れた表情で、こめかみの辺りを押さえていた。
―――――
次回のタイトルは「フィオナの常識は、音もなく崩れさった」です!
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