第18話 ギルドマスターからの呼び出し

「オレがニコルのギルドマスター、グレイグだ」

「先ほどCランク冒険者に任命されたリオです。招集に応じ、参上いたしました」

「ああ、かしこまらなくていいぜ。オレも元は冒険者だ、楽に話してくれ」


 腰を掛けたままのグレイグにかしずいていた私は、ゆっくりと頭を上げる。


(うわっ、冒険者ギルドのトップって感じだなぁ……)


 体が、デカい。転生直後に会ったオークを思い出すくらい。


 座っていても私より背が高い、きっと立ち上がれば二メートルはあるだろう。ワイシャツのようなものを着ているが、サイズがないのか筋肉でピチピチになっている。


「まずはCランクの昇格、おめでとう。まだ若いのにCランクなんてやるじゃねえか。お前のような冒険者が力を貸してくれて助かってる」

「お褒めにあずかり光栄です!」

「しかも聞いた話によると、まだギルドに来て日が浅いらしいな? ……どれくらいだ?」

「十五日です」


 かたわらに控えていたガーネットがするりと答える。


「十五日でCランクたぁ、信じられねえ早さだ。普通の冒険者じゃ早くて二年、俺もFからEに上がるには一ヶ月かかった」


 グレイグの威圧するような目がギョロリと向けられ――私はごくりとツバを飲みこんでしまう。


「しかも投影の水晶じゃ、レベル92って結果が出たそうだな。見たことも聞いたこともねえ、驚異的な数値だ」


 唇を引きむすび、額から冷や汗が流れるのを感じる。


 淡々と並べられる事実。


 褒められているはずなのに、なぜか問い詰められているよう感じてしまう。


(……具体的に聞かれたら、どう答えよう)


 レベル上げをしたことは隠せないし、アサシンダガーのことくらいは話してしまおうか?


 だがアサシンダガーを手に入れるためにはアダマンタイト、もしくはそれを買うだけのお金が必要だ。入手経路を聞かれたらまた返答に困ってしまう。


 グレイグの声に耳を傾けながら、私は必死に言い訳を考える。


 が、次の問いを聞いた瞬間。頭の中が真っ白になってしまった。


「ズバリ聞くが、リオ。奈落に潜ってるだろ?」

「………………」


 いきなりの核心に、否定することができなかった。


 まるですべてを見透かすような視線に耐えられず、私は愚かにも……視線を落としてうつむいてしまう。


 FランクだろうがCランクだろうが、挑戦できるはずもない最難関のダンジョン。探索に入ったSランクパーティーですら、全滅のウワサが立っている。


 普通に考えれば、この質問に対する答えはノーだ。


 ……それなのに私は、否定できなかった。あり得ない質問に対し「そんなわけないじゃないですか!」と否定できなかった。


 グレイグは沈黙した私を、黙って見下ろしている。


 違いますと口にしたいのに、肝を冷やしてしまい声を絞り出せない。この沈黙こそが肯定の材料になるとわかっているのに。




 冒険者ランク以上のダンジョンに潜ることは、原則的に禁止とされている。つまり私はギルド規則にそむく行為をしていたと、自白してしまったようなものなのだ。


(…………どうしよう)


 ライセンスを剥奪されてしまうかもしれない、そうなれば私は永遠に目標を叶えられない。


 ライセンスがなくても生きていくことはできる。だがギルドに関われない冒険者は、孤独に生きていくしかない。誰とも関われない、社会の外で。


「なにやら勘違いしているようだから言っておくが……」


 絶望で心がぐちゃぐちゃになった私に、グレイグが咳ばらいをしながら言う。


「オレが期待してるのは『奈落に潜っています』という答えだ」

「…………え?」


 予想外の言葉に、私は間抜けな声を出してしまう。


 するとグレイグは頬をポリポリと搔きながら、ガーネットに向かってお伺いを立てる。


「……話す順番が良くなかった、か?」

「そうですよ、マスター。リオさんがこんなに怖がってるじゃないですか!」


 黙って話を聞いていたガーネットがこちらに駆け寄り、ぎゅうっと私の体を抱きしめてくれる。


 途端に緊張の糸が切れた私は、へなへなとガーネットの抱擁に身を任せてしまう。


「そ、それはすまなかった。実はだな――」


 グレイグの話は要約すると、奈落に潜れる冒険者を探しているとの事だった。




 先日、冒険者ギルドにとある貴族からの依頼があった。


 王国西にある騎士きししゃく・リビングストン夫人が難病にかかり、その治療薬に必要な『ヒュドラの心臓』を入手して欲しいとのこと。


 だがヒュドラはSランクの魔物で、常人に討伐することは不可能。しかも国内では奈落にしか発見報告がなく、生息も十層以下。


 そのため奈落に挑戦できる冒険者を、急ぎ探しているとのことだった。


「ウチのギルドに所属する唯一のSパーティー、聖火炎竜団は音信不通。二組ふたくみのAランクパーティからも断られちまった、そこでレベル92の冒険者の話を聞き、お前に声をかけたんだ」

「あ、あはは。そういう、ことだったんですね……」

「もうっ、マスターはお話が下手すぎますっ! 今度からリオさんに伝言がある時は、私を通してくださいねっ?」

「わ、わかった。ビビらせちまって悪かったな……」


 ぷんすこ怒るガーネットに、グレイグはタジタジとしている。どうやら強面こわもてのギルドマスターはひどく説明下手らしい。


「で、どうだろうか。奈落でのヒュドラ討伐依頼、受けてくれるだろうか?」

「……はい。私なんかでよろしければ」

「おお、受けてくれるか! 助かるぜ!」

「でも……いいんですか? 私はギルドの規則を破っていたんですよ? なにか、罰があったりは……?」


 おそるおそる訊ねると、グレイグは豪快な笑い声をあげながら言った。


「罰なんてもんはねえよ。規則があるのは血気盛んな冒険者を、無駄死にさせないためのもんだ」

「そうですよ、リオさん。規則は冒険者を縛る物ではなく、守るものなんです」

「腕自慢の冒険者はどいつもこいつも無謀な挑戦をしたがるからな。だが規則のせいで優秀な冒険者が不自由すんなら、例外くらいはいくらでも認めてやらぁ」

「……え、じゃあ許してくれるんですか!?」

「許すもなにも、頼んでんのはこっちだぜ? ほら、お前のライセンスを貸してくれ」


 グレイグにライセンスを手渡すと、大きな印章いんしょうで判をする。そこには赤のインクで『特例とくれい探索者たんさくしゃ』の文字が刻まれていた。


「リオを当ギルドの『特例探索者』に任命しよう。ギルドマスターの名に置いて、オレが全ダンジョンの探索許可を出す」

「あ、ありがとうございますっ!」


 嬉しい、まさかギルドマスターから正式な許可がもらえるなんて!


「実は依頼主のご令嬢が、現在ニコルの街に宿泊している。顔合わせをしてもらいたいので、明日また来てもらえるか?」

「はいっ!」


 こうして私はギルドの特例探索者に任命され、ギルドマスター直々の非公開依頼を受けることになった。



―――――



 特別採集クエスト:『ヒュドラの心臓』の回収、および回収者の

 達成報酬:1000万クリル

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る