第16話 Dランクダンジョン、滝裏

「さすがにやり過ぎちゃったかなぁ……」


 私はDランクダンジョンを歩きながら、冒険者ギルドでのことを反省していた。しつこかったレイラを黙らせるためとはいえ、乱暴な真似をし過ぎたかも。


 あれからガーネットとカウンター越しに話したが、表情はぎこちなく引いた様子が見て取れた。ガーネットは戦いとは無縁の受付嬢だ。目の前でケンカみたいなマネをしたら怖いに決まっている。


 ガーネットは私の癒しだ、推しに嫌われるのはツラい。


 仕方なかったこととはいえ、もうちょっとやり方があったかも。そんな後悔が胸を渦巻き、私はダンジョンに潜ってからも溜息を吐き続けていた。





 Dランクダンジョン、滝裏たきうら


 ガーネットに勧めてもらったクエストで、ニコル北西にある滝の裏側に隠されたダンジョンだ。


 ここには水性の魔物と、アンデッドが多数生息している。アンデッドは炎の魔法が弱点だが、水属性の魔物には通りづらい。


 そのため滝裏はパーティー構成が難しく、多くの冒険者に敬遠されているらしい。そのため昇格ポイントと報酬も高めに設定されており、私がクリアすればCランクの昇格もほぼ確定とのこと。


 ちなみに受けたクエストは落とし物の回収、捜索クエストだ。


 だいぶ前に滝裏を踏破した冒険者クランのメンバーが、大事な魔道具マジックアイテムを落としてしまったらしい。


 自分で探しに行きたいが貴族スポンサーの依頼が立て込んでおり、別の誰かに頼みたいとのこと。


 なるほど。クランを作りスポンサーがつくと、そういうデメリットもあるんだ。そんな知見を得つつ、私はその依頼を受けることにした。


「魔道具はロザリオの形をしている、ね」


 きっとAランクアクセサリ、恵みのロザリオのことだろう。


 恵みのロザリオは所持するだけで魔力が自動回復できる優れモノだ。副次効果として魔力の消費量を軽減できるのも素晴らしい。依頼料を払ってでも取り戻したいのも頷ける。


 私は新たに取得した『宝探し』のスキルを使いながら奥に向かって行く。


 これを働かせておけば意識的に探さなくても、アイテムの接近をスキルが知らせてくれる。『エンカウントなし』も同時使用している私は、特に気を張ることもなくダンジョンの奥に足を運ぶだけで事足りる。


(とても楽ちんだけど、少しヒマだなぁ……)


 私が潜ったダンジョンは、滝裏で二つ目だ。


 既に奈落でレベルを上げた私に取ってみれば、Dダンジョンで魔物と戦うメリットもない。道中出くわした魔物に何度か強奪をしてみたが、難なく一撃で仕留めることが出来た。


(これはボス階層まで一直線に降りていったほうがいいかもね)


 そう考えた私は常時ダッシュを発動させ、一気に最下層まで駆け抜けたのだった。





 そして最下層の十層に到着、ボス部屋前に到着した。


「いよいよ初のボス戦だ」


 ボス部屋であることを示す松明たいまつが、入口の両脇で炎を揺らしている。


 奈落は一層に潜るだけでも十分だったため、十層ごとに待つフロアボスと戦うこともなかった。そのためリアルでのボス戦は初である。


 ボス戦では確定逃走も無効で、即死耐性も持っている。そのため戦いが始まればチート戦術は無効となり、ガチのバトルが要求される。


 真っ向からの戦闘はこれが初めてだ。今日までは絶対先制をスカしたこともなかったので、ダメージを受けるような機会は一度もなかった。


 だがボス戦はそうもいかない。HPも高めに設定されているし、おそらく一撃で倒すことも難しいだろう。


(……落ち着こう、ここはDランクダンジョンだ。推奨レベルも確か25程度、レベル92の私に負ける要素はないっ!)


 自分にそう言い聞かせ、ダンジョンボスの間へと入っていく。


 そうしてボスの間へ入ると『宝探し』のセンサーがすぐさま発動する。


 そのセンサーが指し示すのは、ボスのいる方向――ビッグ・グリーンスライムそのものを差していた。


 ビッグ・グリーンスライム。


 滝裏の毒属性ボスモンスターだ。


 ――だが、様子がおかしい。


 私の知っているビッグ・グリーンスライムはその名の通り、緑色のはずだが目の前のスライムは白色透明に透き通っている。


 そして透き通った体内の中心には、落とし物のロザリオが収まっていた。念のため私は観察眼で、ボスの性能を確認する。




 名前:ビッグ・スライム

 ボスランク:B

 盗めるアイテム:恵みのロザリオ

 盗めるレアアイテム:聖進化の結晶




(ビッグホーリースライム!? そんな魔物、聞いたことない!)


 目の前の巨大なスライムは落とし物のロザリオを取り込んでいる。それが原因だろうか、目の前のボスは原作ゲームにも存在しない魔物へと変貌していた。


 なによりDランクダンジョンなのに、ボスランクBに強化されている点も見過ごせない。


 私は緊張感を高め、スライムに向かって駆けだした。


 盗賊の俊足を生かし、ふところに踏み込んでの連撃。だが粘液の体を持つスライムへの致命打とはならない。


 アサシンダガーで切り刻んだ箇所が本体が削り取られる。だが相手は家ほどの大きさを持つ巨体だ、これを続けたところでラチが明かない。


 そこで私はポーチに仕舞っていた炎のリングを取り出し、自分の指に嵌めて唱えた。


火炎球ファイヤーボール!」


 リングに込められていた魔力が解き放たれ、火炎球がスライムへ襲い掛かる。するとスライムは粘液状の体をグニグニと動かしイヤがっている。やはり魔法攻撃は有効なようだ。


 スライムは打撃が通りづらい分だけ、魔法攻撃が有効だ。


 私はすかさず次の攻撃に向けて、炎のリングをスライムに向け直す。だがスライムはこちらに向かって白い光を集め始めた。


 その演出エフェクトを目にした私は「まさか」と思いつつ、必死の回避行動をとる。


 すると私が立っていた場所に、目を焼くような白い光線が打ち放たれる。――破壊はかい光線こうせんだ。


 聖属性でもトップクラスの攻撃力を誇る、膨大な魔力を雑に打ち放つ攻撃魔法。


 魔力効率コスパは悪い。だが戦闘を早々に終わらせる目的では、そこそこ出番のある対決戦魔法だ。


(っ! あんな魔法を使える魔物がBランクなわけないじゃん!)


 先ほど以上に気を引き締め、スライムに向かってまた炎のリングを構える。


 だがスライムはあれだけの魔術を使用したにもかかわらず、また白の光を集め始めた。


「ウソでしょっ!?」


 叫ぶと同時、跳躍。


 私の立っていた場所が大きく抉られ、二度目の破壊光線が放たれていた。




 ……ありえない。


 コスパの悪い破壊光線を連射するなんて、Sランクの魔物ですら不可能だ。連射できるとしたらカラクリが潜んでいるはず。


 そこで私はボスがなにを取りこんでいたかを思い出す。


(そうか、恵みのロザリオだっ!)


 消費魔力を軽減させ、おまけに魔力回復の効果も持つ魔道具マジックアイテム。どうやらあの魔道具はスライムの変貌を促しただけではなく、その魔道具の効果も利用しているらしい。


「……そんなん、もうSランクボスと大差ないやん」


 楽勝のDダンジョン攻略になるかと思いきや、思わぬ苦戦を強いられることになってしまった。

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