第15話 先輩冒険者の洗礼?

 自分のクランを作りたい。


 そのため今日からは冒険者ランクを、ガンガン上げて行こう。


 その意気でギルドに乗り込んだところ――先輩冒険者に絡まれた。


「お前がリオだな? FからDに飛び級したって、うさんくさい女はよォ!?」


 尊大な物言いで声をかけてきたのは、赤髪の女冒険者。


 待合席に足を組んで座り、近くには人相の悪い男女が控えている。盗賊の私よりよっぽど盗賊っぽい。


(ううっ……イヤだなぁ。あまりお近づきになりたくないタイプの人だ)


 無視を決め込みたいとは思うが、こういう手合いは無視してもしつこく絡んでくるだろう。今日に限って受付も混んでいる。私はゲンナリする気持ちを押さえて、赤髪女に向き直る。


「……はい、私がリオですけど」

「ふん、修羅場抜けしてねぇ童顔ベビーフェイスだな。不正したと顔に書いてあるようだぜ」

「不正?」

「そうだ。お前みたいなFラン冒険者に、猛毒草の採集なんて出来るはずがねぇ。別の冒険者に金を払って集めさせたんだろ? 白状しろ!」


 とんだ言いがかりに溜息をついてしまいそうになる。だが溜息なんかつけば火に油をそそぐだけだ。ガマン、ガマン。


「そんな意味のないこと、しませんよ? 不正でランクを上げても、実力がなければ恥をかくだけじゃないですか」

「だがランクが上がれば冒険者としてのハクはつく、そのちっせぇ見栄のために不正するヤツはいるんだよ。お前みたいなガキは、特にな?」

「さっきから言ってますけど、そんなつもりありませんって……」

「信じられねえなぁ! だってお前、ちょっと前にライセンスを作ったレベル1の盗賊だろ?」


 赤髪の煽る言葉に、周囲の取り巻きたちがゲラゲラと笑い始める。


「レベル1の盗賊がいっちょ前にウソつくんじゃねーよ。ウソつきは泥棒の始まりって言うだろ? あ、もう泥棒だったか!」


 くだらない冗談にイラッ、と来てしまう。そして反射的に言い返してしまった。


「……もうレベル1ではありませんけどねっ」

「ほーーう、じゃあレベル2か3か? 悔しかったら言ってみろよ!」

「そ、それはっ……」


 言えない。


 一日で92まで上げましたとは言えない。


 そんな超速レベルアップが知られたら「どうやって?」という話になるし、突き詰めれば奈落に潜ったことを白状する必要がある。


 ギルド条項にも書かれている。冒険者ランク以上のダンジョン探索は禁止、と。


 もし奈落に潜っているのがバレたら、なんらかの処罰が下されてしまうかもしれない。私はその葛藤で言葉をにごしたのだが、どうやら赤髪たちはボロを出したと勘違いしたらしい。


「よーーーし、そうかそうか! 疑って悪かったなー!? でも一応チェックしてみよっかぁ、冒険者ギルドには”投影の水晶”があるからなーーっ!?」


 投影の水晶。


 冒険者の正確なステータスを映し出す魔道具マジックアイテムだ。私も二週間ほど前に使ったばかりである。


 初回のライセンス登録時は無料だが、二回目以降は有料だ。どこかのパーティーに加わりたい場合、水晶に表示された詳細ステータスをギルドに登録し、声を掛けてもらいやすくする目的で使われる。


「使用料はオレが支払ってやんよ! だからお嬢ちゃんのステータス、みんなに見せてくだちゃいねぇーー!」

「そ、そんなっ、いいですよ」

「まーまー、そう言わずにッ!」


 赤髪が私の肩をガシッと掴んで、受付前に並ばせる。


(……はぁ、ここまで来たらしょうがないかぁ)


 どうせこれから冒険者ランクは本気で上げようと思っていたところだ。


 トントン拍子に討伐クエストをクリアすれば、また疑いの目を向けられる。後でまた揉めるくらいだったら、早めに現実を見て納得してもらおう。


 私はそんなあきらめの気持ちで受付前にやってくると……推しのガーネットが立っていた。だが今日のガーネットは眉をひそめ、私の後ろに立つ赤髪をにらみつけるように言った。


「……赤髪レイラさん。リオさんはまだ冒険者になったばかりです、あまり絡まないであげてください」

「違うよ、ガーネットぉ。オレはリオを自分のパーティーに勧誘したいと思ってるんだ」


 あまりにも白々しい猿芝居で、レイラと呼ばれた赤髪は続ける。


「でも数日でDランクに昇格なんて、さすがにウソくせぇからさ? おねーさんの奢りで実力をチェックさせてもらおうと思っただけだ」


 レイラの言葉はハナから信用していないのだろう。ガーネットは心配そうな瞳で、私に優しく聞いてくれた。


「……リオさん。嫌でしたらハッキリと嫌と言ってもいいんですよ?」

「気遣ってくれてありがとうございます、でも大丈夫ですから」


 私は笑みを作って答える、するとレイラが鬼の首を取ったように騒ぎ始める。


「おい、お前ら聞いたか! 有望株の冒険者、盗賊リオの公開測定を始めるぞーーっ!」


 レイラの叫びに一部の冒険者は騒ぎ、指笛を鳴らす。だがそれと同数程度の冒険者は、騒ぐ彼らに冷ややかな視線を送っていた。


 だが本人リオが了承した以上、もう止めようとする者はいない。カウンターに投影の水晶が置かれ、数日振りの測定を開始する。


「リオ、感じるだろ? 周囲の視線がお前に集まっているのをよォ?」


 レイラは勝ちを確信したかのような口調で囁く。


「お前に好意的な連中だって、本当は疑ってたんだ。だってレベル1の盗賊に、Dクエストなんてクリアできるわけねぇからな!」


 事実だけ追えば、その通りだと思う。ステータスの低い盗賊がソロなんて、自殺行為みたいなものだ。それは私も同意見だし、冒険者の誰もが知っている常識だ。


 だからこそ、冒険者ギルドにいた全員が私に注目していた。


 だからこそ、見せたほうがいいと思った。


(もう疑いの目を向けられずに済むなら、一回で終わらせておいた方が楽だからね)


 そして投影の水晶に、ステータスが映し出された。


「ほーーーらほらほら、来たぞっ! お姉さんと一緒に結果を見、ぃぃぃぃぃ…………ィーーーーッ!?」


 レイラのひん曲がった声がギルド内にこだまする。


 水晶に映し出された数字に、誰もが自分の目を疑った。




 名前:リオ

 第一才能:盗賊(レベル:92)


習得スキル:

 ・エンカウント率減少【LV:20】

 ・先制成功率上昇【LV:20】

 ・逃走成功率上昇【LV:20】

 ・盗む成功率上昇【LV:20】


 ・常時ダッシュ【LV:5】

 ・観察眼

 ・強奪


 ・回避率上昇【LV:20】




「おいおいレベル92って……こんな高レベルの冒険者見たことねぇよ!」

「俺は同じDランクのレベル17だけどよ、92って実際どれぐらいすごいんだ?」

聖火せいか炎竜団えんりゅうだんのリーダーでも68とかじゃなかったか?」

「あの盗賊はSランク以上の冒険者ってことかよ!?」


 ギルドの中は瞬く間に騒ぎになり、受付嬢たちも驚きの仕事の手を止めてしまう。受付に立つガーネットも、信じられないといった表情で水晶を覗き込んでいる。


「リ、リオさん? これは一体……?」

「ええっと……ほらっ、私って成長期なので!」

「成長期でこんなに成長する人いませんよーーーっ!」


(あっ、いつものガーネットさんだ)


 ><の顔でツッコむガーネットに安心し、日常が戻ってきたような気持ちになる。


 ギルド内は疑いの目から一転、強者の登場に騒然とし始めた。


 だが、それでは納得できない者がいた。


「……ウ、ウソだっ! レベル1の冒険者が、二週間でレベル92になれるわけねぇだろっ!」


 ねちっこく疑い続けたレイラが声高に叫ぶ。


「お、お前らもそう思うだろ!? こんなの水晶の故障に決まってる!」


 レイラは受付に立つガーネットに詰め寄って言った。


「水晶の予備くらいあるんだろ!? それで測定のし直しをしてくれ!」

「えっ、でも……」

「いいから早くっ!」


 ガーネットの視線が一瞬、私を捉える。だが私は構わないとの意志を込めてうなずいた。もちろん、結果は同じ。二つ目の水晶にもまったく同じ結果が投影される。


「そ、そんなのありえねぇっ……次だ! 次の水晶を持ってこい!」


 だが三つ目の水晶も、同じ結果を叩きだす。


「あ、ありえねぇっ! これも故障だ、次を持ってこい。金なら出す、いくらでも課金する!!!」


 四つ目も(以下略)


「このギルドにある全部の水晶を持ってこい! 課金だ、課金するぞ!! カキンカキンカキンカキン!!!」


 レイラは 50000クリルを うしなった!


 気付けばレイラの顔は真っ青になり、カウンターの上には無数の水晶が乗せられていた。


「そ、そうだ……お前は盗賊だったなァ! きっと盗むスキルで、他の冒険者から猛毒草を盗んだに……違いないっ!」


 言い出した手前、引き下がることが出来ないのだろう。レイラは私に指を突き付け、言いがかりを口にするのを止められない。


「……えっと、盗まれた方はどちらにいらっしゃいます?」

「っ、黙れ! コソ泥の卑怯者! レベルだってなにかインチキをしてるに決まって――」

「――じゃあ決闘でもしますか?」


 私はレイラので囁いた。育ち切った素早さを活かし、即座に背後を取った。


「てめぇっ、いつの間にっ!」


 短剣を抜いたレイラが、振り向きざまに切りかかる。


 が、既に私の姿はそこに無い。攻撃を避ける形で私はまたレイラの背後を取っていた。


「危ないじゃないですか、こんなもので切りかかるなんて」


 振り向いたレイラの顔が驚愕に彩られる。なぜなら私の左手にはレイラの短剣が握られていたからだ。


「お返ししますね」


 私は冷めた目で短剣を投げ返す。


 突然のことにレイラは反応できず、その場に立ち尽くしてしまう。そして投げられたナイフは狙い通りに――レイラの懐に差す鞘へ収まった。


 レイラは突然のことに腰を抜かし、その場にへたり込む。


「決闘は……しませんよね? 時間の無駄だと思いますし」


 笑顔で問いかけても返事はない。顔面を蒼白にしたレイラには、もう口を開く気力は残ってないようだった。


 それを確認した私は改めてカウンターの前に立ち……出来るだけ明るくガーネットに問いかける。


「ねえ、メガーネットさんっ。手っ取り早くCランクに上がれそうなクエスト、ありませんかっ?」


 私の能天気な声がギルドに響くと、観客ギャラリーたちもようやく肩の力を抜き始める。


 腰を抜かした赤髪のレイラは、パーティーメンバーに引きずられてギルドを後にするのだった。




―――――



 カキンカキンカキンカキン!

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