第11話 のじゃロリ縫製師の優しさ

「リオの盗賊スキルがすごいことは、じゅ~~ぶんに分かった。しかし一人で奈落に潜るなど……不用心にもほどがあるじゃろうが!」

「えっと。ですから私には確定逃走というスキルもあって……」

「それは聞いた!」


 レファーナの強い口調に、私は思わず口ごもる。


「先ほど自分でも言っておったな。警戒中の魔物相手では、なにが起こるかわからないと」

「は、はい」

「リオの言う通り、不注意がゆえの事故はある。それがわかっているのに、なぜそんな不用意な軽装で奈落に潜る?」

「それは……」

「冒険者ランクだってDなのじゃろう? 才能レベルは?」

「1ですけど」

「そうか。であれば……」


 突然レファーナは私の胸倉を掴み、首根っこに冷たく硬い物を押し当ててきた。


「――アチシがその気になれば、リオを殺してアダマンタイトを奪うこともできるのじゃぞ?」


 言われて、自分のうかつさに気付く。


 ここはゲームの世界だけど、ゲームじゃない。


 私は魔物以外に襲われないと思い込んでいる。100%の数字に頼りすぎて、現実世界の恐ろしさを軽視している。


「……怖がらせてすまなかったの」


 レファーナは私を解放すると、首根っこに当てていた――冷たくて硬い、アダマンタイトを机に置く。そして窓の外に目を向けながら抑揚よくようのない声で言う。


「お前の命はひとつしかない。もう少し自分の身を大事に考えろ」

「……」

「リオがレベルに見合わぬスキルを持っていることは理解した、冒険者がイケイケ気質なのも理解しておる。それだけの力があれば無茶をしたくなる気持ちもな」

「……」

「しかしマジックポーチ代のために死なれては寝覚めも悪い。本気で代金を稼ぐつもりならアチシも助言くらいはしてやる。じゃから……」


 ぶすっとした表情のレファーナが振り向くと、急に「あっ」と驚いたような表情に早変わりした。


「す、すまんっ! その、そこまで怖がらせるとは思わのうて……」


 気付けば、私はボロボロと涙を流していた。


「ううっ、レファーナさぁん!」

「わ、わわっ、急にどうした!?」


 私はレファーナにぎゅうと抱き着いて、そのまま涙を流し続ける。突然のことにレファーナは慌てつつも、私にされるがままでいてくれた。


 ……私は別に怖くて泣きだしたわけではない、嬉しかったんだ。


 だってには、いままで本気で怒ってくれるような人なんていなかったから。


 孤児院の院長マザーは私たち孤児の親代わり……ではなく、その仕事を押し付けられただけの人だった。


 家出をする子がいても探しに行かないし、泣いてる子供を見ても励まそうともしない。私が黒髪を理由にイジめられていても、見て見ぬフリをするような有り様だった。


 だからレファーナが私の身を案じて、心配して本気で怒ってくれたのが嬉しかった。別世界の私にも両親の記憶はあるけれど……孤児の私には、人が自分に関心を持ってくれるという経験さえなかった。


 お説教をしてくれるくらい、親身になってくれたのが嬉しかった。


「……少しは落ち着いたか?」

「急に泣いたりしてすみませんでしたっ」

「よい。悪いのはアチシの方じゃ」


 声はぶっきらぼうだし、愛想笑いもしてくれない。だがレファーナはそれでも丁寧に接してくれている。それがとても嬉しかった。


「じゃが先ほどの発言は撤回せんぞ? 装備やレベルくらいは見直しておけ。これからも奈落に潜るというのであれば、相応の力くらいは身に着けておけ!」

「は、はいっ。でもいまの私には魔物を倒すような力は無くて……」

「少し、待っておれ」


 レファーナは近くの棚を漁り始め、なにやら手紙を書き始めた。


 体の小さなレファーナが手紙を書いていると、まるで子供が頑張ってお絵描きしてるように見えてしまう。それがなんだか微笑ましいもののように思えてしまい、私はレファーナに肩を寄せて手紙の内容を盗み見る。


「なんじゃ、うっとうしいの。ベタベタするでない」

「……いいじゃないですかっ」

「先ほども注意したであろう。人を不用意に信用するな、もう少し警戒心を持てと」

「でもレファーナさんは私を傷つけたりしなかったじゃないですか。だから信用してるんですよっ」

「だからと言ってくっ付くな! 上手く文字が書けないではないか!」

「ふふっ、レファーナさぁん」


 私は怒られるのも構わず、すりすりとレファーナにくっついていた。


「ほれ、出来たぞ」

「なんですか、これ?」

「……隣でなにを見ていたのじゃ、これは鍛冶屋への紹介状じゃよ」

「紹介状?」

「そうじゃ。町の広場から東に行った先に、モルガナという鍛冶師がおる。そいつに手紙とアダマンタイトを3つ渡してこい、そうすればアサシンダガーを打ってくれるじゃろう」

「……! アサシンダガー!」

「ふふ、知っておるようじゃの。短剣使いでその名を知らぬ者はいない武器じゃからのう?」


 アサシンダガーは最強クラスの短剣武器だ。


 恐ろしい切れ味からなる攻撃力も去ることながら、即死率50%という驚異的な追加効果を持っている。


 作るためにはアダマンタイト3個が必要だが、短剣持ちには是非とも持たせたい武器だ。


「お主は絶対先制をした上で、確実に逃げることができるのであろう?」

「はいっ!」

「つまり、お主がアサシンダガーを持てば……」

「即死が入るまで、アンドアウェイ戦法が取れます!」


 これも育ち切った盗賊の為せる最強戦術のひとつである。絶対先制からの即殴り、50%の即死が入らなければ逃げる。


 即死の発動率も相手のレベルに依存しないので、非力な者が持つほど恩恵おんけいが大きい。スキルだけ揃っている私にとって……この戦術は絶大な効果を発揮する。


「っていうかレファーナさん。スキルの説明をしただけなのに、よくこの戦術を思いつきましたね!?」

「アチシは天才縫製師レファーナ様じゃぞ? 小娘に思いつくことくらい、造作もないわ」

「なるほど! ところでレファーナさんって何歳なんですか?」

「……小娘、その質問は二度とするでないぞ」


 一瞬、背筋がヒュッとなった。私は二度とその質問をしないと心に誓う。


「色々としていただき、ありがとうございます!」

「ふん、気にするな。お主のような金づるになりそうな娘に、早死にされたら困ると思っただけじゃ」

「ふふっ、そういうことにしておきます!」

「……なにやら釈然としない物言いじゃな」


 レファーナはどこかバツが悪そうな顔で、ガシガシと頭をかいている。そんな表情も私にはとっては微笑ましいものに見えてしまう。


 心配してもらえたことが嬉しく、レファーナに対する好感度は既にMAXだ。


「ねぇっ、レファーナさん! 今度は用事がなくても遊びに来てもいいですか?」

「……好きにするが良い」

「やったぁ! レファーナさん大好きです!」

「ば、馬鹿者っ。軽々しく好きだなどと言うでない……」


 レファーナはわずかに頬を染めると、ふて腐れた表情で視線を逸らすのだった。



―――――



 お説教もされてしまったので、いよいよレベル上げも視野に入ってきました!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る