第10話 アダマンタイトが……売れない!?

 奈落でアダマンタイトを盗み続けること――十二時間。


 8個目を手に入れたところで、今日の周回作業を終えることにした。


「……さ、さすがに疲れたなぁ」


 最初のアダマンタイト入手には四時間かかったが、その後は引きが良く一時間1個ペースで盗むことができた。


 収納袋の中にはアダマンタイトの他、毒消草がたんまりと詰まっている。


 実はこれでも減らしたほうだ。無数に手に入るハズレの毒消草は、途中から重さが気になり捨てざるを得なかった。


 そもそもいまの私は毒ったらすぐ死ぬくらいザコいし、売っても3クリルくらいにしかならない。


 最初はもったいなくて捨てられなかったが、五時間を過ぎたあたりですべて捨てることにしてしまった。


 それでも袋には二キロくらいの毒消し草×70が残っている。色々と中途半端な人間でスイマセン……



 アダマンタイトの回収を終えた後。私は一層をぐるりと回って、なにか落とし物がないかを確認してみた。


 現在、奈落に挑戦したSパーティが行方不明になっている。そのことを思い出したのだ。


 だが一層には手がかりとなりそうな物はなかった。冒険者たちの話を盗み聞きした限りでは、二十層に挑戦するというようなことを耳にした。


 そんな彼らが一層で全滅するとは思えない。だが捜索依頼を出す人がいるなら、彼らを待つ家族もいるはずだ。出来る限り協力はしてあげたい。


(まだレベル1の私じゃ十層ボスすら倒せないけどね……) 


 私が挑戦レベルに育つ頃まで、そのクエストが残っていれば絶対受けてあげよう!




 ダンジョンの外に出ると辺りは真っ暗だった。十二時間も潜っていたのだから当然だろう。


 出口に立っていた見張りは別の人に代わっていた。私は心の中で「お疲れ様」と挨拶をし、その場を後にした。


 しかし、アダマンタイト8個か。


 ゲーム世界と変わらず200万クリルで売れれば、これで1600万クリルの稼ぎになる。


 現在の手持ちは353万クリルなので、1953万クリル。4000万クリルの折り返しまで稼いでしまった。


 値段を聞かされた時は途方もない金額だったが、あと数回探索すれば問題なく到達できるだろう。


 やっぱり盗賊は便利だ、これが最底辺の才能だなんてありえない。盗賊に転生できて心からよかったと思える。


(とはいえ主人公の勇者に転生してれば、マジックポーチはタダで王様にもらえたんだけどね……)


 その事実に気付くと、疲労の波が一気にやって来た。筋骨隆々亭に辿り着いた私はベッドに体を投げ出し、朝まで泥のように眠るのだった。





 翌朝。アダマンタイトを換金するため、先日もお世話になった買取屋に持っていった。


「おじさんっ、買取をお願いします」

「おう、先日の嬢ちゃんか。今日は一体どんな品を持って来てくれたんだい?」

「こちらです!」


 私は8個のアダマンタイトをカウンターの上に転がした。


「なんだか綺麗な色をした鉱石だな。これは確か…………アダマン、タイト?」

「そうです! 全部で8個あります!」

「あ、アダマンタイトが8個……!?」


 店主は開いた口をふさぐことが出来ず、呆然とした表情でそのまま立ち尽くす。


 そして我に返った後、申し訳なさそうな顔でこんなことを言った。


「……お嬢ちゃん、悪いけど買取は2個までにさせてくれ」

「えっ、どうしてですか!?」

「買い取るだけの金がないんだよ。朝一でこんな高価な物を買い取ったら、店が回らなくなっちまう」


(くうっ!? またしても現実クラジャンにこんな罠がっ!?)


 ゲームのようにすべてが都合良く回るわけではない。私がどんなにチート技術を駆使しようとも、現実にそれがついて来てくれないっ……!


 それから私は六つの買取屋を回ったが、追加で売れたアダマンタイトは2個だけだった。買い取れないと言われた時は気絶するかと思った。


 どうやら資産を持った店でなければ、買い取ったアダマンタイトをさばくのも一苦労らしい。


(まさか転生先で経済の勉強をすることになるとは思わなかったっ……!)


 手元にはまだ4個のアダマンタイトが残っている。


 数日たてばまた買取ってくれるだろうが、お金に変えることがこんなに大変だと思わなかった。


(……レファーナさん、結構お金持ちって感じだよね。だったらアダマンタイトを直接買い取ったりしてくれないかな?)


 そう考えた私はトボトボと、レファーナのアトリエに足を運ぶのであった。




***




「ア、アダマンタイトを4個じゃとっ!?」


 取れたてホヤホヤの鉱石を机に乗せると、レファーナは目を見開いて絶句する。


「お主、これをどこでっ!? まさか犯罪に手を染めてるのではあるまいなっ!?」

「これは魔物から回収してきたものですよ、人や宝物庫から盗ってきたわけじゃありません!」

「アダマンタイトを持つ魔物じゃと? お主、そんな魔物に挑戦できるほどの冒険者じゃったのかえ?」

「いえ、冒険者ランクはDですけど……」

「であれば、ますます怪しかろう。アダマンタイトを持つ魔物はAランク、もしくはSランク相当の魔物しか持っておらんハズじゃ」


 うぅっ、さすがに詳しい。


 ここで物の出所を教えなければ、換金できたお金だって受け取ってもらえないかもしれない。しかしどのように持って来たかを伝えなければ、疑いが晴れることはないだろう。


 レファーナの信用は絶対に勝ち取らなければならない。そのためには……戦術くらいは明かしておかないとダメだよね。


 うかつに転生やら引継ぎやら、ゲーム世界なんて話はできない。余計なことまで説明すれば頭のオカシイ人と思われ、余計に信用を失ってしまう。


 上手く誤魔化しつつ……ほどほどに。



「実は私。初期スキルポイントを多くもらった、ちょっと特別な盗賊なんです」

「特別?」

「はい。盗賊には『エンカウント率減少』ってスキルがあるんですけど、これを【LV:20】まで上げて使うと……えいっ」

「なっ!? 消えた!?」

「消えてませんよ」


 声を出した瞬間、レファーナと再び視線が合う。


「いまのは『エンカウントなし』というスキルです。エンカウント率減少にポイントを極振りしたら、人にも魔物にも見つからなくなりました。レファーナさんのステルスフードみたいでしょ?」

「た、確かに」

「私はこの技を使って奈落に行き、魔物からアダマンタイトを盗んできたんです」

「……奈落? まさかSランクダンジョンの奈落のことを言っておるのか?」

「はい! これさえあれば好きな魔物とだけ遭遇できますから」

「お主の話が真実だとして、どうやって奈落の魔物相手に盗みを働くつもりじゃ? 奈落に住み着いているのはSランクパーティが苦戦するほどの、超強力な……」

「百聞は一見にしかず! ついて来てくださいっ!」

「お、おいっ!?」


 私はレファーナの手を掴み、外でスティールアンドアウェイを実践するところも見てもらった。


 最初に見た時は「こんな反則みたいなことが出来るとは……」と驚いていたものの、気付けば「アレを盗んでこい」「今度はコレを盗んでこい」と使い走りのようにされていた。挙句の果てには……


「なあ、リオ。次はあそこにいるオークの腰巻きを盗んでこい」

「イ、イヤですよっ! 中身が見えちゃうじゃないですか!」

「……中身を見てみたいとは思わんか?」

「思いませんっ!」


 と悪ノリにも付き合わされたりしたが、なんとかスキルの実用性は信じてもらうことが出来た。


 実演が終わった後、アトリエに戻ったレファーナにまたハーブティーを入れてもらった。


「で、リオはマジックポーチの代金代わりに、直接アダマンタイトを持ってきたというわけか?」

「はい。買取屋をいくつか当たったのですが、断ってくるお店も多くって……」

「じゃろうな。ひとつ200万クリルもする錬金素材など、豪商ごうしょうでもなければさばくにも一苦労じゃ」

「みたいですね……回収するのに必死で、その先まで考えてませんでした」

「ふふん、やれることは一流でもまだまだ小娘じゃのう」

「むうっ、子ども扱いしないでくれません?」


 私がむくれて見せるとレファーナはキシシと笑ってみせた。


「まあよい。リオの望み通り、ひとつ200万クリル換算で受け取ってやろう」

「本当ですか!?」

「ああ。国と取引のあるアチシには多数のコネがある、数十個のアダマンタイトくらい捌いてやるわい」

「ひゅ~! さっすがぁ、レファーナさん最高!」

「ふふん、もっと褒めたたえるが良い」


 レファーナが両手を腰に当て、胸を逸らしている。褒められてドヤるなんて、意外と可愛いところがある。


 だが機嫌よく笑っていたレファーナの視線が、急にキッと厳しいものに変わる。


「……では、いまからお説教タイムじゃ」

「えっ」



―――――



 えっ

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