第9話 Sランクダンジョン、奈落

 ――ニコル北部のSランクダンジョン・奈落ならくにて、聖火せいか炎竜団えんりゅうだんが消息を絶った。彼らの捜索に協力、痕跡こんせきを発見した者に相応の報酬を出す。  ギルドマスター:グレイグ



 掲示板の一番上には、そんな依頼書が張り出されていた。


(あれ、これってもしかして……)


 なにか思い出せそうな感覚におちいったと同時、近くにいた冒険者たちの話し声が耳に入ってきた。


「なあ、見たか? Sランククエストの依頼書」

「あれだろ? Sランクパーティ、聖火せいか炎竜団えんりゅうだんの捜索願い」

「もう三ヶ月も帰って来てないらしいぜ。マジで全滅したんじゃないかってウワサだ」

「アイツら酒場でよく言ってたもんな。未踏破の二十層ボスは絶対に俺たちが倒すって」

「でも三ヶ月も帰ってこないって事は……そういうことだろ?」

「だろうな。でもニコル周辺にはSパーティもいないし、こんなクエスト誰も受けねえよ……」



 そこまで聞いて、ようやく思い出した。ニコルの北には王国でもめずらしい、Sランクダンジョンが存在する。


 ダンジョン名は奈落ならく。第一層からAランク以上の魔物が現れる、超高難易度ダンジョンだ。


 一層の推奨すいしょうレベルは60、十層ボスに挑戦するならレベル70は欲しい。


 しかも最深部さいしんぶは五十層。


 もし最下層まで踏破するつもりなら才能を複数獲得し、レベルも100前後まで育てる必要がある。制作陣からゲーマー向けた、挑戦状ともいうべきダンジョンだ。


 登場する魔物は強力だが経験値も多く、ドロップアイテムも豪華。リリース当初から存在する標準デフォルトダンジョンということもあり、奈落の踏破はプレーヤーにとって一つの到達点だ。


(なんで、なんでいままで思い出さなかったんだろう……!)


 転生してからは目先のことばかりに追われてきたからだろうか。クラジャン廃人として奈落を忘れていたなんて……恥ずかしいっ!


 ――だが、これでやることは決まった。


 奈落を思い出した以上、いますべき稼ぎはひとつしかない。


 私はギルドを飛び出して携帯食料を買い込み、そのまま北にあるSダンジョン――奈落に向けて走り出したのだった。




***




(うわ、なつかしい! ゲームの時と同じ外観だ!)


 奈落の入り口は、窪地くぼちの横穴に開いている。まるで遺跡を発掘している途中で、ダンジョンを見つけてしまったかのように。


 入り口には二人の見張りが立っていた。弱い冒険者がうっかり入ってしまわないよう、入り口でライセンス確認を行っているのだ。


 もちろんDランクの私に、奈落の探索許可なんて出るはずもない。でもそんなことは気にせず、正面から入り口に向かって歩いていく。


 ……が、見張りは私の方を見ようともしなかった。いや見つけることが出来ないのだ。


(やっぱりエンカウントなしは、人間の目も誤魔化せるみたいだね)


 ニコルに到着した時に検証した通り。こちらから声をかけない限り、私は透明人間だ。


 心の中で「……お勤めご苦労さま」と二人に挨拶をし、何事もなくダンジョンに入って行った。


(よりにもよって初めて入るダンジョンが、Sランクだなんてねぇ……)


 魔物の強さに関わらず、スキルが有効であることは何度も検証済みだ。


 もし気を付けるなら十層単位で出現するフロアボス戦だけ。さすがにボス戦では確定逃走でも逃げることはできない。もちろんフロアボスに挑むつもりはない。金策だけなら一層を回るだけでも十分だし!


 そうして入り口の狭い道を進んでいくと――剥き出しのクリスタルが光る、大空洞に到着した。


(……すごい。これが本物の、クリスタル!)


 見る角度によって異なる輝きを映し出すクリスタル。ゲームグラフィックとは比べものにならない美しさに、私は思わず息を呑む。



 この世界のダンジョンは、場所ごとに特徴的な内観に彩られている。


 灼熱のマグマが流れていることもあれば、青空の見える草原だったりもする。そして奈落は見ての通り、クリスタルの生えた洞窟というワケだ。


(……っと、見惚れてばかりいられないよね)


 ここは高ランク冒険者でもあっさり死にかねないほど危険な場所だ。いくらエンカウントなしがあるとはいえ、うっかり魔物に肩でもぶつければ戦闘が始まってしまう。気を引き締めていかないと!


 十分に警戒しつつ、お目当ての魔物を探しまわる。私が求めているのは一層に生息する中でも、小型に分類される魔物だ。


 体長四メートル近くあるレッドドラゴンでもないし、鋭利な牙を持つブリザードフェンリルでもない。


 時間をかけて念入りに捜索していると……壁沿いに動くなにかを発見した。


 虫っぽい形状をした、長い尾を持つ青紫の魔物。それはサソリの形をしていて、複数体で行動を共にしていた。


(き、きたっ! アダマンタイト・スコーピオンだ!)


 お目当てを発見した私は、観察眼で魔物の詳細を確認する。




 名前:アダマンタイト・スコーピオン

 魔物ランク:A

 盗めるアイテム:毒消草

 盗めるレアアイテム:アダマンタイト




 クラジャンにおける最高金策のひとつ。通称サソリ狩り。


 このサソリ君から手に入るアダマンタイトは、高ランクの武器や防具を錬金するためにとても必要数が多い。


 おまけに錬金素材に使用できるだけではなく、売却するだけでなんと200万クリルの値段がつく。


 それだけ聞くと大変おいしい魔物だが、奈落に登場するだけあって強敵だ。


 基本五匹以上の群れで登場し、毒やマヒなどの状態異常をバンバンかけてくる。推奨レベルに達したばかりでも、対策してなければ苦戦は免れない。


 しかもアダマンタイトは倒して手に入るドロップ枠にはなく、盗むレア枠のみ。


 そのため真の意味でサソリ君を美味しいと思えるのは、盗賊をパーティーに組む余裕もできた熟練パーティーのみ。


 つまりスティールアンドアウェイを使える私にとって、最高の獲物である。


 私は小さく深呼吸をした後、アダマンタイト・スコーピオンに向かって――盗むっ!


 同時、接敵を悟ったサソリ君たちが一斉に顔を上げる。だが気づかれた時には、私は後方への飛び退いた後。左手には盗んだ毒消草が握られており、サソリたちは敵の姿を見失っている。


 ……戦闘、終了。


(よしっ、Aランクの魔物にもちゃんと通用するみたいだ)


 こうなったらもう、後はやりたい放題である。


 私は群れになっているサソリ君に向かって、何度も何度もスティールアンドアウェイを繰り返した。


 同じ個体から何度も盗めるのはベビドラ先生で検証済み。近くに別の群れがいれば盗むローテーションを組めたのだが、奈落の一層は広すぎるせいか近くに別の群れは見当たらなかった。


 まあ、それはそれで仕方ない。


 目の前にいる群れからでもひたすら盗み続ければ、いつかはアダマンタイトが手に入るはずだ。


 だがサソリ君は警戒心が強いのか、ベビドラ先生より警戒時間が長かった。接敵してから警戒を緩めるまで約五分。


 つまり一時間に約十二回のアダマンタイトチャレンジができる。


 試行回数は多くないが、成功した際に入る額はいままでの比にならない。


 根気強く、そして慎重に。


 そして約四時間が経過した頃――ついに毒消し草とは違う、重みのある物を左手が掴んでいた。


(やったーーーー! ついに初アダマンタイト、ゲットだぜっ!!)


 青紫に光る丸型の鉱物、アダマンタイト。実物を手に取ってみると、売るのが惜しいほど美しい。


 だがこころざしは高く、貪欲どんよくに。


 まだこれで200万クリルだ、マジックポーチの4000万クリルには程遠い。


 気を緩めないようにひとつ深呼吸、小休憩に買い置きしておいた干し肉をかじっておく。


 ほのかな塩分が疲れた体に染み渡る、思えばこの四時間ずっと気を張りっぱなしだった。


 でもせっかく奈落まで足を運んだのだ。今日は満足いくまでアダマンタイトを回収してから帰りたい。


 一個の単価も高いし、重さも気にしなくていいだろう。どうせならあと十二時間は潜っておきたいかな。


 スティールアンドアウェイの間隔が長いと、どうしてもヒマな時間が気になってしまう。これがゲームの脳死周回なら同時にアニメを見たり、別のソシャゲなんかを動かしたりしていたが、娯楽の少ない世界ではなかなかいいヒマつぶしが思いつかない。


 するとこの世界で生まれた私が「じゃあニコルの図書館で本でも借りてこようよ」とリクエストを入れてくる。


 なるほど、それもいいかもね。ゲーム知識では補えない部分を空いた時間で勉強しておかないと。


 前世は勉強嫌いだった私だが、現実クラジャンは楽しいので苦にならない。どうして教科書は攻略本と違ってあんなに面白くないのだろう?


 そうこう考えている内に、サソリ君の警戒クール時間タイムも終わったようだ。


 口の中でふやけた干し肉を飲みこみ、私はふたたびサソリ君にスティールアンドアウェイを繰り返すのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る