第4話 クラジャン廃人の本領発揮!

 もう夕方ということもあり、掲示板でクエストを探す冒険者はほとんどいなかった。クエスト終わりで帰ってくる冒険者のほうが圧倒的に多い。


 だが私はいまからでも達成できるようなクエストを探す必要がある。なぜなら宿に泊まるお金も、夕飯を食べるお金も持ってないのだから。


(う~ん。手っ取り早く稼ぐなら、採集クエストのほうがいいんだけど……)


 どんなに優秀な盗賊スキルがあっても、レベル1の私に討伐クエストはクリアできない。だが採集クエストで稼ぐには、それなりの収納袋が必要だ。手ぶらで採集に行っても持ち帰れる量はたかが知れている。


 いまの私には収納袋を買うお金もない。そのお金を用意するのであれば、もう日雇いのお仕事でも探すしか……


 そんなことを考えて掲示板の前でうなっていると、ひとつの依頼書が目に留まった。


「あれっ、これってもしかして……」


 それは探し物の依頼書だった。捜索して欲しいものは金のネックレス、落としたと思われる場所はニコル南の街道。


 まさかと思いポケットに仕舞っておいたネックレスを取り出すと、模写されたネックレスの特徴に瓜二つだった。


(えっ、めっちゃラッキーじゃん!)


 私は依頼書をはがして一目散に、また受付に舞い戻る。そしてガーネットさんに依頼達成の報告をした。


「えーーーっ、すごいじゃないですか。冒険者になって数分で依頼達成だなんて!」

「運が良かっただけですよ」

「いいえっ、こうしてしっかりお届け頂いただけで立派です! 高価な物は拾っても売り払っちゃう人も多いですから」

「そんなことしませんよー!」

「ふふっ、リオさんはいい盗賊さんなんですね」


 こうして私は無事に初の依頼を達成した。


 金のネックレスはEランクの捜索クエストだったらしく、2万クリルの報酬を獲得。これで今日の宿とご飯代はなんとかなるだろう。


 ちなみにクリルというのはこの世界における通貨の単位だ。1クリルの価値はおおよそ1円くらい、あまりのわかりやすさに転生者もニッコリ。


「ガーネットさん、近くに女の子がひとりでも安心して泊まれる宿はありますか?」

「それならギルドを出て左に行った『筋骨きんこつ隆々りゅうりゅうてい』がいいと思いますよ?」

「な、なんかすごい名前ですね……」

「でしょ? とても女子が寝泊りする宿の名前には聞こえませんよね? それがいいんです」

「なるほどっ!」


 とてもいい情報を教えてもらった。私はガーネットに礼を言って、宿の方角に向かって行く。


 だが宿に向かう途中で人だかりが見えてきた。そこで店主らしきオッチャンが威勢のいい声を上げている。


「寄ってらっしゃい、見てらっしゃい! 収納バッグの叩き売りだよ、大きなバッグもお洒落なバッグも、今なら半額の大サービスだ!」


 ――その言葉を聞いた瞬間、私の記憶はなくなった。


 気付けば手元にあった2万クリルはなくなっており、不思議なダンジョンにでも潜れそうなクソデカリュックを抱えていた。


「どうしてこうなった……?」


 寝食するためのお金は瞬く間に溶けてしまった、バカなの?


 しかし買ってしまった以上は、これを使って稼ぎ直すしかない。


「ええっと、ニコル周辺でお金になりそうなアイテムを持つ魔物は……」


 すぐに思い出せたのはニコル北西の森。そこに生息するベビードラゴンからは竜のウロコか、竜のツメを盗むことが出来る。


 確か買取屋に持ち込めばウロコが5千クリル、ツメが1万クリルで売れたはずだ。


 森に到着する頃には夜だろうが、宿に泊まるお金もないので行くしかない。


 私は昼に取得しておいた新スキル、『常時ダッシュ【LV:5】』を使用して北西の森に駆けていく。


 このスキルを使えば歩いていても、走ったのと同等の速度で動くことができる。


 LVが高ければ高いほど移動速度は上がり、LV5では五倍速の速さが出る。もっと速くすることもできるが、これ以上はポイント効率が悪いのでLV5で止めておく。


 いずれは別のスキルも確保する予定だし、節約するに越したことはない。



 それから十分ほど北上し、目的の森へとやって来た。


 今日は雲もない満月のおかげか、森の中でもいくらか視界がきいている。そして森の中には、目当てのベビードラゴンらしき魔物が多数うろついていた。


 念のため『観察眼』を使って、間違いないか再チェック。



 名前:ベビードラゴン

 魔物ランク:D

 盗めるアイテム:竜のウロコ

 盗めるレアアイテム:竜のツメ




 よし、盗める品も記憶にあるとおり。


「さて、それじゃあ早速盗ませてもらおうかな!」


 近くにいたベビードラゴンに、絶対先制からの確定盗む。そして後方に跳躍して確定逃走。


 ベビードラゴンが私の姿を捉えたのは、きっとほんの一瞬だろう。ベビードラゴンは辺りをきょろきょろと見回して、なにが起こったのかもわからない様子だった。


「よし、まずは一つ目」


 盗めたのは竜の――ウロコだった。私は手に入れたウロコをリュックの中へと放り込む。


 クソデカリュックを買ってしまったため、積める量にはまだまだ余裕がある。私は見つけたベビードラゴンに向かって、ひたすらスティールアンドアウェイを繰り返す作業に没頭した。


 宿に泊まってご飯を食べるくらいなら、正直1万クリルもあれば十分だ。だがどうせ森までやって来たのだ。それなら稼ぐだけ稼いでからニコルへ帰りたい。


 私は回収作業に没頭すると同時、逃げた後の魔物の挙動などもよく観察する。


 ゲームを元に作られた世界だが、ここは現実だ。どんな違いがあるかわからない。念には念を入れて魔物の挙動を確認した結果――以下のことが発覚した。



 気付いたこと、その一。


 アイテムを一度盗んだ魔物からでも、逃げた後に再接触すれば同じアイテムを何度も盗むことができる。


 つまり目当ての魔物が一匹しか見つからなくても、その魔物を倒さなければ無限にアイテムを盗み続けられる。これは盗む側にとって美味しすぎる発見だ。


 どうやら逃げた時点で魔物から、アイテムを盗まれたという判定がリセットされるらしい。だが逃げた魔物と再接触する際、気をつけなければならないこともある。



 気付いたこと、その二。


 一度エンカウントした魔物は、約二分ほど周囲を警戒する仕草を取り始める。


 同じ魔物から複数回盗む過程で気付いたのだが、逃走成功後も魔物は二分ほど索敵をやめなかった。


 エンカウントなし+絶対先制があるため大丈夫だとは思うが、警戒状態で戦闘が始まればどうなるかわからない。


 私はレベル1の装備なしだ、間違っても敵の攻撃を受けるわけにはいかない。警戒が抜けるまで接触はしないほうが良さそうだ。



 それだけに気をつければ、後は盗み放題。


 ベビードラゴンは目に映るだけでも十匹はいる。一度盗んだ魔物は二分ほど警戒に入るので、その間に別の魔物にスティールアンドアウェイをかければいい。


 私は近くのベビドラ先生たちに盗むローテーションを組み、ひたすらウロコとツメを回収し続ける。


 時間が経つごとにリュックの重身が増していき、顔がニヤけてしまいそうになる。いまのところ二分に一回ほどのペースで、アイテムを回収できている。


 盗めた品がすべてがウロコだったとしても二分で5千クリルの稼ぎ、つまり一時間に換算すれば15万クリル。1クリルが1円ってことは、前世換算したら……時給15万円!?


 2万クリルの衝動買いに後悔した自分がバカみたいだ、ここにいれば2万クリルなんて八分で稼げてしまう。



 ……そう考えてしまうと、宿に戻るのがバカバカしくなってきた。


 現実のクラジャンは、プレーヤー都合に合わせて二十四時間営業をしていない。


 いまからニコルに戻っても、買取屋は閉まっている。つまり盗んだウロコやツメは換金できない。……だったらこのまま寝ないで、朝まで盗み続けたほうが賢いのでは?


 若干の空腹と疲れは感じているが、それ以上に脳内物質ドーパミンがドパドパ出て興奮が収まらない。稼げるうちに稼がないでどうすると、内なる自分がお尻を叩き続けている。それに――


「クラジャンで徹夜なんて、当たり前だよね?」


 私は単純作業も苦に思わない性格だ、そのせいでレベル上げや稼ぎの止め時がわからない。朝になろうが本格的に寝落ちでもしない限り、私は平気で十時間二十時間とプレーし続けてしまう。


 転生前の世界では褒められるようなことではなかったが、いま稼いでいるのは実生活で使うことのできるお金だ。みんなが汗水たらして仕事で稼いでいるお金を、私はゲームの延長上で手にすることが出来る。止める理由が見つからない……!


 結論は出た。


 今日は帰らず、朝までスティールアンドアウェイを繰り返そう。


「それがいま、私のやるべきことなんだ……!」


 そうつぶやいたのを最後に、私は朝日が昇るまで稼ぎに没頭した。


 正確な時間は把握してないけど、多分二十時くらいから朝の五時頃まで。およそ九時間。


 リュックの中身がパンパンになった頃、私は盗んだアイテムの数を確認しながらニコルへと戻るのだった。

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