第2話 盗賊の秘儀、スティール・アンド・アウェイ!
孤児院に戻った私は、ゴキゲンで盗賊の才能をさずかったことを報告した。もちろん
「……はあ、盗賊ですか。では今後についてはすべて自分でお決めなさい。こちらから紹介できる仕事はありませんから」
予想通り。そっけない返事だけをして、院長は仕事に戻って行った。
別に院長だけが不愛想なワケではない、この村にいる大人全員がそんな感じなのだ。
この村には元気がない。
西に大きな山があるせいで陽が沈むのも早く、お金になるような特産品もない。村おこしをしようとする元気な人は、みんな他の町に行ってしまった。
大きな孤児院があるのも、周辺の孤児を世話すると補助金が出るからやっているだけ。
大きな古書館があるのも、捨てるには惜しい蔵書を保管すると補助金が出るから預かっているだけ。
覚醒の儀で才能を得た孤児は、院長に仕事先を紹介される。そして孤児院は少ない紹介料をもらう、そうやってギリギリいまを生き抜いているような村だった。
転生前の言い方だと、限界集落ってヤツだ。
(それでも食べさせてもらえるだけマシだったよね)
食費すら出し渋るような大人たちじゃなくて良かった。いい孤児院だったとはお世辞にも言えないけど、感謝しようという気持ちくらいはある。
自分が寝室としていたスペースを掃除し、借りていた食器や衣類を返却する。
成人を迎えた私はもう孤児院にいられない。仕事先もないので村に居場所はない。
着の身着のままで放り出されてしまった、
それでも私は最低限の礼儀として、建物に向かって頭を下げる。
「今日までお世話になりましたっ!」
こうして私は誰に見送られることもなく、十五年住んだ孤児院に別れを告げたのだった。
「……さて、まずは冒険者ギルドのある町に向かおうかな?」
クラジャンを最大限に楽しむのであれば、いずれは仲間を集めて自分のクランを作りたい。
そのためには冒険者ギルドでライセンスをもらい、冒険者ランクを育てておく必要がある。それにライセンスは身分証としても使えるので、家ナシ職ナシの私が真っ先に欲しい物のひとつだった。
「えっと、この村は王国の南東にあるから……北に行けば商人の町、ニコルがあるかな?」
転生した私の知識ではなく、この世界で生きたリオの知識にしたがって考える。
ゲーム中にはリオの住んでいた村は存在しなかった。どうやら現実のクラジャン世界は、ゲームと細部に違いがあるようだ。
「あとは村を出ると魔物にも出くわすだろうから……いまのうちにスキルポイントを割り振っておかないとね!」
盗賊のスキル盤を開き、ポイント振り分けの準備をし始める。
(ふふっ! 主人公転生をした直後の、ポイント振り分けほど楽しい物はないよね!)
山のように持ってるポイントをじゃんじゃんと好きなスキルに振れるのだ。生まれたてのキャラがメキメキ強くなっていくのを見ていると、それだけで楽しくなってしまう。
それに情報量の多いゲームは、周回を重ねる度にプレーヤー知識も磨かれていく。あのスキルは取らなければよかった、このスキルは思ったより使えたなど。
こういったブラッシュアップを積み重ねていけるのも、クラジャンの楽しさのひとつだ。これが十一回目の周回ということもあり、私の知識に隙はほとんどないだろう。
しかも今回はゲームのように勇者スタートではなく、盗賊の村娘として転生した。いつもと違った環境にワクワクが止まらない。
持っているポイントは3300、であれば理想の盗賊に育てるには十分だ。
理想の盗賊を作るために必要なスキルは四つ。
まずはその四つのスキルにポイントを極振りをし、成功率を最大まで上げてしまおう。
そしてポイントを割り振った結果、私は以下のスキルを獲得した。
名前:リオ(女)
第一才能:盗賊(レベル:1)
残りスキルポイント:3300→900
装備品:ボロの服
習得スキル:
・エンカウント率減少【LV:20】(遭遇率0%) ―― 通称:エンカウントなし
・先制成功率上昇【LV:20】(先制率100%) ―― 通称:絶対先制
・逃走成功率上昇【LV:20】(逃走率100%) ―― 通称:確定逃走
・盗む成功率上昇【LV:20】(奪取率100%) ―― 通称:確定盗む
「よし、振り分け完了っ!」
スキルを手に入れたからには早速、実践に移ってみよう!
私は『エンカウントなし』を発動し、村の外に向けて歩き始める。
すると少し歩いた先に緑の肌をした、大型の魔物が見えてくる。オークだ。
大きな棍棒を片手に持つ、二メートルを超える人型の魔物。初めて見るその顔は凶悪で、現実に魔物が存在していることに――いまさらながら身震いしてしまう。
だが検証は必要だ。
ゲームを軸とした世界であるが、手にしたスキルが本当に有効かどうか試さなければいけない。
漏らしてしまいそうなほどの緊張をこらえて、ゆっくりとオークに向かって歩み寄っていく。
オークはランクDの魔物だ、レベル1の盗賊に勝てる相手ではない。万が一にも見つかってしまえば、またたく間に殺されるだろう。
……だが、それはいらぬ心配だったようだ。
なぜなら私はオークの巨体を、すぐ隣で見上げているのだから。
――エンカウントとはRPGゲームにおいて、敵と遭遇して戦闘フェーズに移行することを指す。
どうやら『エンカウントなし』が発動している間は、魔物は私の姿を見つけることができないらしい。
(よかった……このスキルがあればフィールドを歩いてる途中で、理不尽に襲われたりすることはなさそう)
ひとつめの検証が無事に終わり、ようやく自信が出始める。これなら他のスキルも問題なく成功させられそうだ!
次は盗賊の代名詞でもある『盗む』スキルの検証。と、その前に――
(いまさらだけど、記憶との違いがないかちゃんと確認しておこう)
私は追加で『観察眼』というスキルを獲得し、オークのステータスを確認する。
名前:オーク
魔物ランク:D
盗めるアイテム:
盗めるレアアイテム:
どうやらゲームに登場するオークと違いはなさそうだ。
ちなみに『観察眼』は盗賊専用の鑑定スキルみたいなものだ。HPや使うスキルまでは見れないが、盗めるアイテムだけは確認できる。
ていうか盗めるレアは腰巻きだけど……レアを盗めたら下半身は丸見えになるのだろうか?
もしそうなら絶対にレアは盗みたくない。そんなことを考えながら、私は慎重にオークの棍棒に向かって手を伸ばす。
(それじゃ次の検証っ、握っている棍棒めがけて――盗むっ!)
絶対先制からの、確定盗む。
私がオークの棍棒に触れると、物理法則を無視するように棍棒が手に吸いついてくる。
すると自分の手から棍棒がなくなったオークが驚き、慌てふためく。
そこでようやく、近くにいた
オークの棍棒を両手に抱えたまま、
どうやら逃げに成功したようだ。
「……やった、ちゃんと成功したみたい」
緊張から解放された私は、尻もちをつくようにその場にへたり込む。
ここはゲームを元に作られた世界だが、現実だ。全滅したらリスポーン地点から再スタート、ということにはならない。
ある程度の自信があったけど、万が一にも失敗すれば確実に殺されていた。でも試す価値は十分にあった。
絶対先制 + 確定盗む + 確定逃走
これらが組み合わさることにより、相手に気付かれない間にアイテムを盗み、確実に逃げることができる。
しかも100%という数字が出ている以上、格上の相手でも問題ない。あ、もちろんボスには使えないけどね。
この技はプレイヤーの間で『スティール・アンド・アウェイ』なんて呼ばれている。攻撃をしてすぐ逃げる、ヒット・アンド・アウェイのもじりだ。
まさにゲーム中の公式チートみたいな技だが、実践には莫大なスキルポイントが必要だ。なぜならひとつのスキルを最大【LV:20】まで上げるには、スキルポイントが600も必要なのだから。
600×4で必要ポイントは2400。才能レベルを1上げて得られるスキルポイントは3なので、2400も用意するには……相当数の転生が必要になる。
初心者には無縁の技だが、クラジャンにハマると誰もが欲しくなる。大体のやりこみゲームって最終的に、レアアイテムの回収効率が大事になってくるからね……
「これで盗賊が最弱なんてありえないよね。しばらく才能レベルをあげる必要すら感じないよ!」
魔物を倒す攻撃力は皆無だが、スキルの組み合わせで全滅リスクはなくなった。
その後も目についた魔物に向かって、何度かスティールアンドアウェイを実行したが結果は同じ。ゲーム世界での100%という数字は、物理的な不可能を可能にしてしまう。
「……でも問題は盗んだ品を持っていけないことだよねぇ」
気付かれずに盗めるのは楽しいが、手ぶらで村を出たので収納バッグすら持ってない。そのためポケットに入らない品は、渋々ながら捨てなければいけなかった。
手持ちに残せたのはアイテムは以下の通り。
薬草×2
毒消草×1
金のネックレス×1
金のネックレスはなぜかオークが首につけていたので盗んでおいた。
ネックレス付きのオークなんて見たことがないので、おそらく拾ったものだと思う。誰かの落とし物かもしれないと思い、一応回収しておいた。
「とりあえず暗くなる前に、ニコルの町に着いておかないとね!」
魔物にエンカウントしないとはいえ、野宿なんてしたくない。
町に着いたら冒険者登録、あとは収納バッグも確保しないとね。そう考えた私は真っ直ぐニコルの町へと向かうのだった。
―――――
スキルだけはぶっ壊れになってしまいましたが、いまのリオはまだ何も持っていません。現実とゲームの違いに戸惑いながらも、少しずつ周りを充実させて行く予定です!
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