第18話 いつか
灰かぶりの魔法使いとの長く苛烈な戦いが終わった翌日。二人の事情など知る由もなく、次の日も学校は開かれている。
縁と蕾の二人は屋上でお互いの戦いを報告しあっていた。
「そうか。彼女は矯魔師をやめるんだね」
「嬉しいですか?」
「……どうだろう。彼女は魔法使いを多く殺し、他の矯魔師も、関係のない一般人も彼女のせいで死んでいる。戻るのは大変だよ」
「でも、ノアさんはやる気です。一先ずは……亡くなった仲間のお墓参りに行くそうです」
「そりゃあいいね」
矯魔師は成り立ち故、天涯孤独や家族連絡を絶っている人間が多い。彼等が魔法狩りの中で死んでしまえば、その供養は委員会が行うことになっている。
故に、墓の場所を知る人間は極わずか。一人でも多く行ってあげた方が故人も浮かばれるというものだ。
「自分の過去に決着をつけたことの証明か。それを自分から出来るなら、多分心配ないよ」
縁の言葉に、蕾は嬉しそうにはい、と強く返した。
「それにしても、今回はお手柄だったね。蕾が上手くやられなかったら灰かぶりの魔法使いは罰せなかった」
「もっと説明をして欲しかったですけどね。そりゃあ、多少は想像出来ましたけど、そんな大役を任されるなんて、全然知らなかったです」
「気負い過ぎるのも良くないから黙ってたんだよ。素で話したから、きっとノアは君の言葉を受け止められたんだ。あとは、失敗して責任を感じられても悪いしね」
「……はあ、まあいいです。信頼してくれていた、ってことですよね?」
「イエスイエス」
真面目なのか不真面目なのか。そんな気の抜けた返事をしながら、縁は背を向けて帰る素振りを見せた。お互いに事後報告は終わっている。引き留める理由は蕾には無い。
「先輩」
「ん?」
「……やっぱりいいです、また明日」
「そう?」
特に怪しむこともなく、縁は背中越しに片手を振って階段を下りっていた。蕾はその背中を黙って見つめていた。
※※※
縁が去り、一人になった屋上で蕾はこれでよかったのか、と自問自答した。
御井葉縁は魔法使いである。
ノアが零した思いもよらなかった真実は、聞かされた瞬間は毅然とした態度で受け答え出来ていた蕾も、時間が経つにしれその真実の意味をよく考えるようになっていた。
縁は魔法使いであることを隠している。それ自体は何も不思議なことは無い。矯魔師が魔法を使うなんてあってはならないことで、バレればどんな扱いを受けるかは目に見えている。
お金の為に矯魔師をやっている縁は、何より仕事が奪われることを気にする筈。そういう意味で、彼女が魔法を隠すことは順当である。
ではその真実を、一体どれだけの人間が知っているのだろう?
委員会では勿論そのような噂を蕾は耳にしたことがない。少なくとも二等官、一等官、補佐官といった一般の構成員には知らされていないだろう。では上層部、主の義体はどうだろうか?
魔法狩りの最前線に位置する彼らが何も知らず、魔法使いを受け入れているとは考えづらい。
木式も、他の主の義体達も縁の真実には気付いている筈だ。では何故、縁は容認されている?
矯魔師として有用だから?
縁は守銭奴というだけで、危険性は薄いから?
どれも蕾にはしっくりこなかった。魔法使いは根絶すべしという教えの代弁者であり、その信条に従って行動を示し続けている主の義体たちが、そのような甘い判断をするだろうか?
感情や驕りではなく、何か合理的な理由付けが無いと、今の両者の関係は成立しない。御井葉縁は、魔法使いに寝返らないという、裏切らないという絶大な信頼があるからこそ見逃されているのだ、と蕾は結論付けた。
そう考えると、何故そこまで信頼されているのだろうか、というまた新たな疑問が沸いてくる。縁と委員会の間に一体何があったのか。まだ蕾の知らない真実があるのだ。
その真実を、蕾は知らない。
聞けば教えてくれるのだろうか。聞いて良いものなのだろうか。何故嘘をつくのだろうか。もしかして縁は自分を騙しているのだろうか。自分はそこまで信頼出来ないのだろうか。自分を裏切るつもりなのだろうか。
そうして、疑心暗鬼に陥ってしまった。知りたいという欲求と無理に聞き出すことを縁は望んでいないという理性の狭間で揺れ動く。
信頼していると、縁は確かに言った。
実際、大役を任してくれた。
でも、説明はなかった。
――――――縁の言葉は、どこまでが真実なのか。
本当は信頼なんてしてなくて、ただ使い捨ての駒くらいにしか考えていないのではないか。
そんなことは無い。そう思いたい。けれど――――――
「私は、どうしたらいいんでしょうか…………」
蕾は屋上で一人、自問自答した。
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