第15話 人間

相手がどのような魔法を使ってくるか分からない中で、初見殺しでやられては堪らない。蕾は距離をとるため後ろに足を出した所で、ノアの槍が既に頭上から振り下ろされようとしていた。


「っ!」


無理矢理体勢を前屈みに、自身の槍でそれを受け止める。


けたましい金属音と共に、槍がかち合う。


(いつの間に……!?)


あのまま後ろに下がろうとすれば、重心が後ろにある状態でこの振り下ろしを受けることになり、拮抗する間も無く頭蓋を砕かれていただろう。


不完全ながらも何とか受け止めた重い一撃は、つばぜり合いの中でジリジリと蕾に迫って来る。


「くっ……はっ!」


蕾は槍の重さを逆に利用し、相手の力がより増したタイミングで攻撃を右横に流す。


ズドッ。砂埃を上げて槍が地面にめり込んだ。


(なんて力……これが魔法?)


思わぬ先手の取られかたに戸惑いながらも、蕾は次の行動に移る。


これだけ重い振り下ろしを行えば、必ず隙が出来る。その隙を逃さぬよう、ノアの懐に飛び込んだ。


流れるような動作で、石突きを相手の腹に打ち込もうとする、がその一撃は彼女に届かなかった。


「っ!?」


槍が右からなぎ払われているところを視界の端で捉える。


このままでは、相手の攻撃が届く方が早い。


迎え撃つために蕾は真横に槍を構えた。少し遅れて、けたましい金属音が再度響く。


縁は身体を横に飛ばされながらも、何とか致命傷を避けた。


(そんな……速すぎる―――)


体勢を建て直して前を向くと、槍の穂先が額目掛けて突き出されていた。


「うっ!」


攻撃が届く前に後ろに飛ぶ。少し遅れてノアの槍が空を穿ち、空気が振動する。


「―――はあ―――はあ―――」


この一瞬のやり取りの中で、少なくとも三度の命の危機が蕾を襲った。


今立っていられるのも偶然に依るところが大きい。少しでも選択を間違えていれば決着はついていただろう。


対して、蕾はまだ自分から一度も攻撃を当てていない。防戦一方であった。


ノアは至って普通の戦闘しかしていない。素速く移動し、力強い一撃を奮う。ただそれだけだ。


その単純な戦法に、蕾は後手にまわらされていた。


(魔法……?それにしても、格が違う)


二等官の中では優秀な部類でも、上には上がいる。そんなことは蕾も重々分かっているつもりだった。


しかし、これほど力の差があるものなのか。


(先輩と同じ一等官。階級が上なんだから私よりも強いのは当たり前。それでも、先輩ほどでは無いと思っていた)


対峙する際の威圧感は、縁と比べても遜色無い。


技量や経験値。魔法使いであるかは関係なく、純然たる実力差が、二人の間にはある。


「このままでは、死ぬだけ。諦めて、私につけ」


「……嫌です」


「何を、そこまで拘る?」


「先輩を裏切る訳にはいきません」


「……あいつは、魔法使いだ」


下段に構えられた槍が、蕾の足元を襲う。


ステップで横に回避し、反撃に横向きに槍を振り払う。しかしノアは既に間合いの外にいた。


「くそっ……」


「私達の討つべき敵だ」


ノアの槍が斜め方向に振り上げられた。振り払いをした直後で、槍で受けることは出来ない。


しかし此方が間合いを見誤ったことが幸いして、彼方の攻撃も遠い。


(後ろに回避……)


「庇う理由がない」


「―――えっ?」


蕾の想定に反して、ノアの槍が胸を捉えようとしていた。


すぐに身体を傾けたが、遅かった。ノアの振り上げは蕾の右肩を引き裂き、鮮血を撒き散らした。


想定外の攻撃に混乱したことも手伝って、身体のバランスが崩れた。そのまま蕾は膝をついてしまう。


「―――っ!」


切られたというより、抉られた感覚だった。


傷口が炙られているかのように熱くなる。


深々と筋肉が千切られ肩は、出血が止まらず、腕全体が痺れて上手く動かせない。


左手で必死に出血わ抑えながら、蕾は治癒魔術をかける。傷が深いので、あまり効果はない。


「……うぅ……ふぅ……」


「終わり、だ」


肩で息をする蕾を見下ろして、ノアはそう告げた。


「私の敵は、魔法使い。蕾のことは、殺したくない」


「……だ、だから……はっ、先輩を……裏切れって……言うんですか?」


「そうだ」


「出来ません」


「何故……」


「逆に聞きます。ノアさんはそこまでして、どうして魔法使いを根絶しようとしているんですか?」


問い返されるとは思っていなかったので、ノアは一瞬言葉に詰まるが、すぐに冷静さを取り戻す。


質問の内容はなんてことの無いものだ。ノアの立場を鑑みれば、答えは自明である。


「それが、私達……矯魔師の、使命、だからだ」


「じゃあ質問を変えます。どうしてノアさんは矯魔師になったんですか?」


「……答える、義理は無い」


「もう一つ質問します。仮に魔法使いが絶滅して、その後はどうするつもりですか?」


「……そんなこと、考えたこともない」


「だったら、考えて下さい。やりたいこと。叶えたいこと。何でもいいです。とにかく考えて下さい」


「必要ない」


「必要です。これだけの人を裏切って、傷つけて。そこまでしたなら、考えなくちゃ駄目です。全てが終わったその先に、目を向けなくちゃ駄目です。でないと、貴女はそこで終わってしまう」


復讐に囚われた蕾に、縁は敢えて未来を問うた。


同じことを今、蕾はノアに問うている。


死にかけている状態でするべきことではないが、蕾はどうしても聞きたかった。


ノアの姿が、縁が過去話した蕾の未来像と重なったから。


「答えられないなら、それは貴女の選択じゃない。ただ流されているだけです」


未来について答えられない。考えてもいない。


それは復讐が道程ではなく、目的となってしまっていることの証左である。


縁が危惧し、否定した未来予想図。


縁がいなければ、蕾もまた復讐を繰り返すだけの空虚な人生を送っていただろう。


今のノアは、蕾にはとても空虚に映った。


もしかしたら。


ノアという人間の、現在について。一つの答えが蕾の脳内に浮かび上がる。


「本当は―――ノアさんの魔法使いへの憎悪は、既に終わっているのではないんですか?」


復讐か、それに準ずる何かか。ともかく第一目標は既に達せられた。


今の彼女はただ手持ちぶさたに、燻る燃えがらを無理矢理煽り、魔法狩りをしているに過ぎない。


そう考えると、彼女が薄い動機で大それた裏切り行為を働いたのも説明がつく。


「っ、違う!魔法使いは、全員殺す!妹を、殺した……許せる訳が、無い!」


「……それが、矯魔師になった理由ですか?」


肉親の仇。復讐。


蕾と同じで、矯魔師にはよくある理由だ。


「―――っ……、そうだ。私の妹は、魔法使いに殺された。復讐の為、私は矯魔師に、なった。」


「今、その魔法使いは?」


「死んでいる。私が罰した」


「なら、もう終わりですね」


「終わり、なものか。魔法使いは、まだ、生きている」


「魔法を使うだけですよ。妹さんを殺した魔法使いは、この世にはもういません」


復讐はとうの昔に終わっている。


なら、今の彼女は?


「―――ただ、代わりを求めているだけです。復讐という目的を失って、どうしたらいいか分からないから、委員会が与えた動機に縋っているだけ。理由を答えられないのは、その為です」


彼女は復讐が何も生まなかったことを、認めたくない。何か意味があったと思いたい……空っぽな自分を否定したい。


だから矯魔師の使命といえ、復讐に準ずる選択を取っている。


「このままでは、例え魔法使いを根絶しても、また新たな憎悪の対象を求めるだけですよ。なにも変わりません」


「仮に、そうだとして!お前には、関係ないだろ!」


「……ありますよ。私は――――――貴女に、これ以上化物になって欲しく無い」


どれだけ理由を重ねても、結局は人殺しの道だ。


蕾は復讐自体を否定したいわけではない。自分もそうであったように、復讐が道を切り開くこともある。


しかし、ただの惰性で進んでいい道では、決していない。


(あの時の先輩も、同じ気持ちだったのだったのかな…………うん、まだ動ける)


傷口は塞がっていない。が、血は止まった。


蕾は魔術を使い、足元に細かい水蒸気を作り出す。その水蒸気を、今度は風を起こして巻き上げる。


「何を―――?」


蕾はありったけの魔力を注ぎ、霧を作り続ける。周囲に撒かれた霧は徐々に視界を奪っていく。


ノアが止める暇なく、手の届く範囲ですら目視が不可能なほどの濃い霧が二人を飲み込んだ。

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