第14話 役割

縁と少女の戦いが終わる、少し前。


割れた空を確認した後、裏門付近で配置されていた矯魔師らの殆どは、体育館まで移動を始めた。


しかし二人だけ。蕾とノアだけは残った敵が進行してくる可能性を考慮してその場に留まっていた。


「私達、も。行かなくて大丈夫?」


「不味いでしょうね。直ぐに行った方がいいと思います」


「……さっきと、言っていることが、違う」


「私には、任された役割があるんですよ。多分」


「多分?」


二人を同じ場所に配置したのは縁である。


縁の意図を蕾は既に理解していた。


とてつもなく重要な役である。はっきり言って、蕾には荷が重かった。


(出来るかどうかすら不明。全く、せめて一言でも言ってくれればいいのに……)


「おい、どうした?何かあるなら、早くする」


心の中で先輩に対して愚痴っていると、痺れを切らしたノアが意図を訪ねてきた。


「随分焦ってますね。そうでしょうね。木式さんの方に増援されたら困りますからね」


「?何を、言っている?」


「早く追い付いて、彼等を足止めしないといけませんからね」


「だから、何を―――」


「貴女が裏切り者ですよね、ノアさん」


「……」


「最初の奇襲の時。現場にいた矯魔師達の遺体の手には、十字架が握られていました」


「それが、どうした?」


「あそこにいたのは全員、優秀な矯魔師でした。よって、不足の事態が起きた際には、迷わず最適な行動を選んだ筈です」


蕾は槍を取り出す。ノアはその動きに警戒して、一歩距離を取った。


「思いもよらぬ所から、敵の攻撃を察知した時。私達はどうするべきでしょうか?」


槍の穂先をノアに向ける。


「私達の敵は魔法使いです。攻撃にも当然、魔法が使われると考える。だからこのように、槍を攻撃方向に構えて、未知の魔法をどうにか防ごうとするでしょう」


「……何が、言いたい?その説明通りなら、彼等が十字架を持っているのは、何の不思議も、無い」


遺体は爆心地点に向かい、十字架を握っていた。矯魔師達は反射的に敵の攻撃を槍で防ごうとしたのだ。


その対応は矯魔師としての練度が高ければ高いほどとってしまう、一種の習性のようなもの。


灰かぶりの魔法使いはその習性を逆に利用して、魔法でないただの爆弾で奇襲を成功させた。


「では貴女はどうして、あの時相手に背を向けて庇ったんですか?」


あの時点で、灰かぶりの魔法使いが実際の銃火器を用いて来ることは誰にも分からない。


肉壁で防ごうと考えるのは寧ろ自殺行為。庇う対象すら危険に晒す、矯魔師がとってはならない対応である。


その点、ノアの行動は不自然だった。


「貴女は攻撃が魔法でないと分かっていた。どうして灰かぶりの魔法使いが魔法を使わないと知っていたんですか?」


「……ここに、来る前。同じ方法で、襲われたからだ」


「なら、どうしてその情報を私達に共有しなかったんですか?」


「……」


「その答えは。貴女が委員会に潜り込み、灰かぶりの魔法使いの攻撃を補佐する、裏切り者だからです」


「……分かっていて、何故今まで、黙っていた?」


「認めるんですね……」


もしかしたら。自分が知らない事情があるのかもしれない。


そんな蕾の抱いていた一縷の望みは、無惨にも砕かれた。


委員会の情報を流していた裏切り者。


内部から矯魔師に近づき、灰かぶりの魔法使いの兵隊を増やす背信者。


それが、ノアの正体である。


「……そちらについたのは、シンガポールの出来事が原因ですか?」


「そうだ」


ノアの仲間達は、灰かぶりの魔法使いを追って全員が殺された。


ノアが裏切ったのは、その直後のことである。


「仲間を殺されたのに、どうして?」


「殺されたから、だ」


ノアよりも強い者。賢い者。優しい者。


全員殺された。


自分のそれまでの全てが崩れ去った。


このままでは何れ自分もそうなるだろう、とノアは自身の未来を予見した。


「魔法が、無いと……あいつらを、皆殺しにできない。蕾も、分かるだろ?」


空腹の魔法使いとの戦いで、蕾は自身の無力さをいやと言う程思い知らされた。


縁は魔法が使える立場であるが故に、彼女達の主張を一笑に付したが、蕾は魔法使いではない。


彼女達の言い分。彼女達が感じた絶望に、共感出来てしまう。


「……私は魔法が全て、無条件で悪いとは思っていません。魔法使いは多くの人を殺しましたが、矯魔師も多くの魔法使いを殺している」


始まりがどうなだったかは分からない。


しかし、それは数百年も昔のことである。今の蕾には関係ない。


蕾は姉の仇討ちの為に矯魔師になった。そこに、客観的な正統性があるわけではない。


個人的な、復讐の念があるだけである。


魔法そのものの善悪は関係ない。


委員会の教えとは反するが、魔法は絶対悪ではない、と蕾は考えている。


そう教えてくれたのは、縁だ。


「ノアさんが魔法を使うことを、私は否定したくありません」


「……じゃあ、こちらに、来るか?」


「それは出来ません。私に、もう復讐心はありません」


ノア達のように、魔法使いの根絶を望んでいる訳ではない。


蕾の個人的な復讐は、空腹の魔法使いが倒れた日に終わっている。


「なら、蕾はどうして、矯魔師でい続けて、いる?」


「……本当、何ででしょうね?」


初めて、自分の未来に期待してしまったから。


生きてみたいと思ってしまったから。


その選択は単なる先延ばし。人に誇れるものでは決してない。


ただ、初めて自分で選んだものだった。


それを縁が肯定してくれたから、今の蕾はある。


―――そうか。


蕾は、縁に対して少しだけ恐怖を感じていた。その理由が、蕾は何となくわかった気がした。


「多分……先輩がいるから、私はここにいようと思ったんです」


恩人であり、友人。


自分の人生に大きな正の影響を与えてくれた人物。


蕾にとって、御井葉縁はそれほどまでに大きな存在になっていた。


唯一の肉親であった、姉と同様に。


「―――――――――御井葉縁は、魔法使いだ」


そう言うノアの態度は淡々としているようでいて、侮蔑の感情を隠しきれていなかった。


「それでも、ついて行くのか」


「……」


縁が何かを隠していることには、薄々気付いていた。


空腹の魔法使いをどのようにして倒したのか。


多くの魔法使いに囲まれてどうやって逃げおおせたのか。


いくつかの疑問もあった。


だからそのような衝撃的な真実を突き付けられても、蕾は特に動揺はしなかった。


反論する気も起きず、ああ、やっぱりそうなんだ、と意外なほど冷静に、蕾はノアの言葉を飲み込むことが出来た。


「言いましたよね。私は、魔法がどうとか、もうあまり気にしてないんですよ?」


御井葉縁が魔法使いだとして、それがどうしたのか。


「私はそれでも、あの人と一緒にいたいんです」


「……理解、出来ない」


「……結構です。私だけが納得出来れば、それでいい」


誰かの指図も、先導も要らない。自分の気持ちに従うことの大切さは、よく知っている。


自分がここにいるのは裏切者のノアに対処するという、明確な役割が与えられたから。


全部自分で解決しようとする縁にしては珍しい、他人を―――自分を頼ってくれた形。


「貴女をこのまま行かせるわけにはいきません」


他の何よりも、蕾は縁の信頼に答えたかった。

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