第13話 動機

少女は槍を構えたまま、ある一点を凝視していた。


二人の位置取りでは、お互いに槍は届かない。


牽制以外は出来ないように見えるが、しかし少女は何かを狙っているようだった。


遠距離攻撃の類いと判断して、縁は後ろに跳躍した。次の瞬間、縁がいた場所から閃光と爆音、衝撃が同時に発生した。


縁は爆発の影響が及ばない距離まで飛び、そのまま浮遊する。


「爆撃。それが貴女の魔法?随分簡素な魔法だね」


「そうですか?」


少女は槍を右から左に、大きく振った。


合わせて、縁の周りで爆発が起こる。巻き込まれないよう空中を移動するが、爆発は追随してくる。


追い付かれないよう速度を上げる。少女の後方に回ったところで、爆撃は止んだ。


(空間に爆発を置いてる感じか。射程範囲は彼女の視界全て……)


少女の凝視した場所に、爆発が起こる魔法。避けるには彼女の目が追えない速度で移動するか、彼女の死角に入るしかない。


今はまだ空中移動に対応出来ていないが、軌道を読まれて爆発を置かれれば、さしもの縁でも一溜りも無い。


爆発を聖槍で打ち消そうにも、どこで爆発が起こるかは直前まで分からないので、失敗する危険性がある。


何より、彼女の爆発には球数などの制限がない。


少女が振り向くと同時に、縁は横に飛んだ。まるで弾幕ゲームと見紛うばかりの留めない爆発が、縁を襲う。


爆発によって間接的に起こる衝撃、爆音。それらは聖槍と相性が悪い、質量攻撃そのものだった。


少女は常に縁を視界に収めながら、爆発の雨を縁に向ける。


縁は高速で空中移動をしてそれらを躱しながら、思考を続けた。


(急降下して近づく?いや、それだと軌道が読まれやすい。近づく前に爆撃を置くことも簡単だ)


仮に近づけたとして。縁が彼女に魔法を使っても彼女には魔法を打ち消す聖槍がある。


彼女を殺すだけなら、槍を投擲すれば済む。


しかし彼女は魔法が使えるだけの矯魔師であり、決して魔法使いではなかった。


魔法を使う裏切り者のだから殺しても構わない。そんな理屈は通用しない。


魔法は、魔法狩りにも有効である。


縁はそれを免罪符として、委員会に見逃されている。


もし彼女を殺してしまえば、縁は自分の首を閉めることになってしまう。


食い扶持が無くなることも、委員会に追われることも縁は望んでいない。


よって縁は、少女を殺さずに無力化しなくてはならなかった。


この点も不利に働く。少女が縁の生死を考えていないことは、先程の容赦の無い爆発から容易に想像が可能だ。


「御井葉さん。貴女に勝ち目はありません」


少女は爆発を止めて、そう言った。


「言ってくれるね。まだ戦いは始まったばかりだよ?」


「このままやっても平行線ですよ。地に足をつけて目で追うだけの私と、空を高速で飛ぶ貴女。どちらが先に限界を迎えるかは明白でしょう。無駄なことはしたくありません」


格付けは済んだと言わんばかりの、余裕を持った態度で少女は縁に手を差し出した。


「貴女も私と一緒に来ませんか?」


「委員会を裏切れってこと?」


「結果的にはそうなってしまいます。ですが、本質は変わりません。あの人は言いました―――私たちは仲間である。仲間の悲願は、自分にとってもそうである、と」


少女の悲願。それは魔法使いの根絶。


少女一人が魔法を使えても、その影響は少ない。


しかし多くの魔法使いが共にいれば?その悲願の達成も容易いだろう。


「そんな口車に乗ったの?本当に協力してくれる保障なんてない」


「信じられませんか?危険を冒してまで仲間を助けに来た、私たちを」


縁は即座に否定出来なかった。


矯魔師を仲間に引き入れて、魔法狩りをする。魔法使い同士の仲間意識は元々低い。


灰かぶりの魔法使いなら本当にやりかねない。


突拍子も無いことを。


一見矛盾した行動を。


今迄の言説から逸脱した行いを。


平気でやるから、魔法使いと呼ばれる。


「……ねえ。貴女にその話をしたのは灰かぶりの魔法使いのこと?それとももう一人の同僚のこと?」


「……」


「悪いけど、貴女と一緒には行けないな」


魔法使いと共に生きる。


その先には破滅しかないことを、縁は知っている。


「なら、死んでください」


小休止が終わり、再び爆発の嵐が吹き荒れようとしている。


縁は爆発を躱す為、今度は少女に向かって飛んだ。


「っ!?」


少女の予想外の軌道を取ったことで、爆発が縁の後方で遅れて起こる。


縁は少女に思考する時間を与えないよう、更に速度を上げて少女に向かった。


「速い!」


少女はその速度を目で追うことは出来なかった。しかし、縁が少女に向かっていることだけは分かる。ならば、縁のそこからの軌道は読みやすい。


少女はぐるりとその場で回転して、自分の周りを見た。


そして爆発を直に受けないよう距離を空け、少女を中心に半球上の爆発を一斉に起こした。


ドドドッと爆音が連なり、爆風と衝撃が少女にも届く。彼女は腕で壁を作りながら前屈みになり、その場で耐えた。


起こした張本人ですら何が起こっているか分からない程の、強力な爆発。人が生身で生きられるものではない。


縁がその爆発の雨に飲み込まれていく瞬間を、少女は辛うじて目視する。


終わった。


そう判断して、少女は爆発を止めた。辺りはまだ煙と硝煙の匂いで立ち込めている。


だから、少女は背後から迫る影への対応が少しだけ遅れたのも、仕方の無いことだった。


「何っ!?」


空気の流れに違和感を感じて振り向くと、そこには爆発の中から煙を掻き分けて来る縁の姿があった。


縁と少女の距離は、既に数mというところまで縮まっている。この距離では、もし爆発を起こせば少女も無事では済まない。


槍で応戦するしかない。その考えを読んだ縁は、ずいっと両手を伸ばして少女の両腕を掴んだ。


「やっと捕まえた」


慌てて離れようとする少女を無理矢理引き寄せて、縁は自身の額を勢い良く彼女の額に打ち付けた。


「っ……!」


「……ったあ」


二人して悶の声を漏らし、体がよろける。


あの体勢から縁の攻撃が想像出来なかった分、少女の衝撃はより深く、思わず彼女は槍を手離してしまった。


その瞬間を見逃さずに縁は下向きの加速度を与え、少女は地面に落下する。


骨が折れてしまいかねない、むごい打撃音と共に、少女はめり込むように仰向きで倒れた。


「っ……」


「あっ。自爆なんてやめてよね。少しでも変なことをしたら真上に飛ばすよ?」


「……どうして、生きてるんですか?」


縁の服はそこら中が破れ焦げ、覗く肌にも痛々しい擦過傷、火傷の跡が、見て取れる。


だが、行ってしまえばその程度。大きな傷痕、欠損等は無い。


あの爆発からどうやって生き残ったのか。少女は理解できなかった。


「どうもこうも、耐えただけだよ」


「耐えるって……爆発ですよ?」


爆発は容易に人を殺す。少女は身をもって知っている。


「威力が低いからね」


「え……?」


「貴女の魔法は弱かった、ってことだよ」


縁の返答は非常にシンプルなものだった。


簡単で、逆に気付きにくい理屈だ。


死ぬ威力でない爆発を、生身で耐えた。


ただそれだけである。


「そんな…………」


「見た目だけは立派の、空虚な攻撃だ。貴女は多分、あの日見た爆発から、この魔法を作り出したんでしょ?」


魔法の特性、強さは使用者の世界観に依存する。


少女の世界観は、あの爆発によって変えられた。


自身に無力感を抱かせた、記憶に新しい事象が、少女を歪ませた。


「そんな魔法を使う時点で、貴女はその程度なんだよ」


少女にとって爆発は、世界観を歪ませた事象である。


謂わばあの爆発は、少女の復讐の象徴であり、トラウマなのだ。


結局、それは誰かから与えられた紛い物に過ぎない。


強い魔法使いは必ず、本人しか持たない―――理解できない世界観を有している。


使用者から端を発する歪み。それが現実を浸食し、強い魔法を作り出す。


「あいつらは、復讐では動かない。だから狂ってて、強くて、理解出来なくて……排斥されたんだ」


その点、少女の魔法は逆である。


他人から与えられた動機を、ただ反芻するだけ。それでは強い魔法が使えなくて当然である。


他者の世界―――現実を強く改変することは出来ない。


射程無制限。予備動作無し。


それでいて必殺の威力を持たせる。そんな強力な魔法を使うには、少女の世界観は普通すぎた。


それらしいものが出来たとしても中身が伴わない。何かが必ず欠けてしまう。


「これで分かった?魔法使いはそういう存在なんだよ。利用なんて出来ない。貴女じゃどれだけ頑張っても、魔法に使われるだけだ」


「……じゃあ貴女は、どうしてそんなに強いんですか?」


「私がどうして矯魔師をやってるか分かる?」


少女は素直に首を振る。縁は笑って、言葉を続けた。


「お金のため、だよ」


「な…………」


ああ、何だか既視感があるなあ、と思いながら縁は驚く少女を見つめた。


「ま、つまりそういうことだよ」


それくらいの動機でないと、魔法使いとは張り合えないのだ。


縁の魔法はとある魔法使いを模倣したものである。


金の為に、生きる為に。その魔法が必要だった。


縁の魔法はそうして生まれた。


「……何ですか、それ。……そんなの……どうしようもないじゃないですか……」


貴女には無理。その通りである。


文字通り、次元が違う。


理性が理解を拒む、歪んだ世界観。


生きている世界の違いを思い知らされながら、少女は意識を手離した。

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