第12話 裏切者

木式は上空から一つの影が降りてくるのを、遠目に捉えていた。


眼鏡をかけたスーツ姿の男。縁が駅前で接触した魔法使いの一人と特徴がよく似ていた。


影の正体に気付いた時には、すでに彼の周りの空間が氷解するようにひび割れ始めていた。


「3C6……だったかな?なるほど、彼の魔法は空を飛ぶ魔法だったか」


捕らえた魔法使いの中に、縁から報告を受けていた、空間を繋げる魔法を使う者はいなかった。


灰かぶりの魔法使いが取れる策の中で、最も驚異となるものは、空間を繋げて大量の魔法使いを送られることだ。


数の優位を取られれば、相手を殺さない制約も手伝って、如何に木式と言えど全てを御することは難しい。


「空、か。こりゃあ、縁はあっちに置いておいた方が良かったか……いや、それだともっと面倒なことになる」


空間を繋げるという複雑な魔法を、無条件に使えるとは考えられない。


二人が予想していた条件は、誰か特定のマーキングをした人間の周りのみ空間を繋げることが出来る、というものだ。


つまり、体育館まで敵が来る前に相手の戦力が削れれば、敵の総数は減り、奇襲の影響力も少なくなる。


だから縁は体育館近くになるべく近づけないよう、体育館からなるべく離れた位置に陣取ることになった。


空から直接体育館に来られてしまえば、これらの対策も無意味なものとなってしまう。木式は当然、それについても考えてはいたが、敢えて空からの襲撃に関しては見逃した。


縁が離れた場所に配置されたのには、もう一つの意味があるからだ。


「ここは、私の頑張りどころだな」


木式は左手に両刃の長剣を握り、剣先を割れた空に向けた。





※※※






「理解できないね。私たちを裏切って、貴女に何の得があるの?」


「利益があるのは、私だけではありませんよ」


「……」


「御井葉一等官は本当にこのままで良いと思っているのですか?」


「……どういう意味?」


「私たちは弱いです。爆弾一つで死んでしまうほど、弱い存在です」


その声は震えていた。少女の脳裏には、最初の襲撃による惨劇が、今でもこびりついて離れないのだ。


努力も、仲間も。あの爆発が全てを黒こげにしてしまった。少女が生き残れたのは、ただただ運が良かっただけだ。


あの日の出来事が、少女の考えに変化を与えてしまった。


「そんな弱い私たちが、魔法使いとの戦いで勝てると、本当にお思いですか?」


委員会は数百年、魔法狩りを優勢に進めてきた対魔法使い特化組織である。


魔法使いに対して聖槍は絶対の切り札である。


「私はもう、信じられません」


そんな今迄信じてきた先人達の伝聞が、少女の中で全て覆ってしまった。


「……実際、魔法使いの数は年々減ってきている。近いうちに魔法使いは淘汰されるよ」


生物が生き残るためには、結局のところ絶対数と適応が重要である。


魔法使いは確かに強い。


だが、ただ強いだけで生き残れるというのなら、この世界は猛獣で溢れかえってしまう。


力の弱い人間が世界の覇権を握ったりはしないだろう。


適応能力と、繁殖能力。


魔法使いはそのどちらも欠けている。


魔法使いは現時点で手遅れなほどに数を減らし、さらにその異常性から適応能力は低い。


自分の世界を他者に認めさせることは出来ても、他者に馴染むことは出来ない。


魔法使いという種は現在進行形で絶滅の一途をたどっていると、縁は確信している。


「生き残れなくても、心中を図られるかもしれません。化け物達がなりふり構わずに動いて、私たちが無事でいるという保障がどこにありますか?」


「何十億人と一緒に死ぬって?そこまでの力は魔法使いには無いよ」


「どうでしょうか。少なくとも、灰かぶりの魔法使いにはあると思います。あの人の兵隊は無制限に増えていきますよ。魔法使いは減っていると言いますけど、彼の魔法使いはその流れに逆行して、数を増やすことが出来ます」


「それでも増やせて数百人だ。制限もある。力も本来の魔法使いより弱い。ただの延命治療だ。いつかは絶滅する」


魔法使いの強さは、その強く歪んだ世界観にある。常人がどれだけ魔法使いのように振舞っても、その特性だけは真似できない。


「取るに足らない雑兵だよ。実際私一人を始末出来なかった。数日で十数人を無力化出来ている」


「そう甘く見てきた結果が、これまでの大量虐殺ですよ。私たちには、根本的に力が足りないんです」


少女は聖槍を前に突き出した。


「これだけでは足らないんです」


「だから、魔法が必要だって?」


「その通りです」


得をするのは少女だけではない。


魔法という武器を矯魔師が手に入れれば、委員会はより強い力を手に入れ、より多くの魔法使いを殺すことが出来る。


「魔法を利用して、魔法使いを根絶する。それが私たちが選ぶべき道なんです」


少女は自身の言葉に何ら疑問を持っていなかった。そこに大義があると信じているからだ。


彼女の裏切り行為は、魔法使いを罰することを目的とする委員会の理念に、ある意味で忠実に従った結果だった。


「憎しみの対象に、魂を売ってでも?」


「私個人の感情は関係ありません。私は、魔法使いを罰する上で最も有効な道を選んだだけです」


「立派な志だね。くだらない」


「……どういう意味ですか」


「私には、貴女がふてくされているようにしか見えないってことだよ」


少女は優秀な矯魔師だった。これまでの多くの魔法使いを殺してきた。


あの日。爆発に巻き込まれた矯魔師も同様に、灰かぶりの魔法使いを殺すために集められた、全員が優秀な矯魔師だった。


彼らが一撃で無力化されてしまったは、灰かぶりの魔法使いが綿密な計画を立てていたからだ。


魔法使いと戦うことを想定して重火器等の対策を疎かにしていた所をついた、巧妙な策。


だが、言い換えれば作戦が上手く嵌まっただけだ。


仮に灰かぶりの魔法使いが魔法使いでなくても、あの惨劇は防げなかっただろう。


「あの結果には、魔法の有無はあまり関係ないよ。あの時点では、灰かぶりの魔法使いは魔法を使っていない。魔法を使ってから彼らはどうだった?重傷者を抱えていた貴女と蕾をとり逃がし、私一人殺しきれなかった」


魔法の強さではなく、謀略の高さを示しているだけ。


魔法については、寧ろその脆弱性を示している。


「ち、違う……魔法さえあれば……!」


「変わらないよ」


何も変わらない。


魔法使いは化け物だ。しかし、化け物は此方にもいる。


主の義体を初めとして、過激派の魔法使いと遜色無い実力を持つ矯魔師は、確かに存在する。


「貴女が魔法使いでも、彼らは死んだ。灰かぶりの魔法使いが魔法使いでなくても、死んだんだ」


どちらに魔法があろうと、結果は変わらない。省みるべきは、魔法の有無ではない。


しかし彼女は、まるで全てを悟ったかのように勝手に判断し、魔法を手に入れた。


そして今、組織を悪戯に危険に晒している。


縁は少女の裏切り行為を、短絡的な行動としか見えなかった。


「視野が狭いんだよ。思考停止になって、勝手に敵を大きくしているだけだ。そんなんだなら、安易に相手の口車に乗せられた」


彼女は魔法に幻想を抱きすぎている。


焦がれている、と言ってもいい。


「皮肉だね。恨んでいるのに、その強さにだけ、貴女は惹かれたんだ」


「っ、貴女に言われたくない!魔法を使える貴女には!」


「……分からないかなあ。その魔法を使える私がいて、それでどうなったの?」


ボロボロになって、死にかけた。


魔法の有無がそれほど重要でないことは、縁の体たらくからも、見て取れる。


多くの人間が使える魔法は、あの程度なのだ。


魔法が強いのではない。


使い手の歪んだ世界観が、強い魔法を作り出す。


縁は灰かぶりの魔法使いの兵隊達を多く生け捕りにした。その結果も、魔法ではなく聖槍の有無が大きい。


魔法は、普通の人にとって銃火器とさして変わらない、槍に劣る程度の装備でしかない。


「折れて。諦めて。逃げる。どこまで行っても人間らしい貴女じゃ、使える魔法はたかが知れてるよ」


「……なら、試してみましょうか」


それまで取り乱していた少女の表情が、途端にストン、と落ち着いた。


不気味な程の静寂。


「だから、貴女には無理なんだよ」


言葉を尽くすことを諦めた人間が、次は実力行使に出る。


何ともまあ、分かりやすい。


縁は苦笑した。


「ま、私も無駄口を叩いてばかりもいられないからね」


敵が空から現れた以上、縁は直ちに木式の元に向かわなくてはならない。


魔法を使う異端の矯魔師。


半端者同士の戦いが、今始まった。

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