第11話 脅迫
捕らえらえた仲間の数は、実に十数名に登っている。
残った仲間達からの報告を逐次受けていた灰かぶりの魔法使いは、自身が苛立ちを感じ始めていることを自認していた。
魔法使いの最大の誤算は、握っていた情報があちら側に操作されたものであったことだ。
この罠を張った首謀者は、木式と御井葉縁の二人である。
二人は全員に報せているという体裁をとりながら実際は矯魔師毎に個別に、増援が街に入る日付、時間帯を微妙に変えて報せていた。
その理由は、二人が既に委員会に忍び込んでいる鼠の存在に気付いていたからだ。
灰かぶりの魔法使いの初動は委員会の行動を完璧に読んだものだった。
危険な過激派の魔法使いを殺すために集められた矯魔師達を、指揮を取る手筈だった現地の矯魔師と合流する前に、六時前の油断した所で強襲する。
その動きはあまりにも完璧過ぎたのだ。それ故に、疑問の余地を二人に与えてしまった。
二人は委員会側に内通者がいるかもしれないと考え、二度めの増援の際は密かに裏で襲撃に備えて待機していた。
さらに異なる情報を与えることで、誰が内通者なのかも二人は既に特定している。
これでもう、灰かぶりの魔法使いが情報戦で優位に立つことは無いだろう。
主の義体。
魔法を使う矯魔師。
これからも増援される矯魔師。
捕らえられた仲間達。
魔法の時間制限も無視できない。武器を生み出す仲間は捕まった。あのようなレアな魔法使いは早々現れない。
地力の勝負となると、どう転ぶかは明白だった。
この辺りが退き時であると、長年の勘から灰かぶりの魔法使いは判断した。
撤退の指示を出そうと携帯を手に取った時、着信の画面が表示された。
灰かぶりの魔法使いは何人もの影武者を用意している。彼ら、彼女らには連絡先は教えていない。
連絡先を教えている人間。唯一直接連絡を取れる人間は、内通者だけだ。
「何だい?遂に捕らえられたのかな?」
『それはまだです』
内通者であると知りながら、彼女はまだ泳がされている。
今度は一体何を企んでいるのか。ともかく、彼女が無事なうちに退却の指示を出そうとしたが、その前に『テレビをつけてください』と電話越しに彼女が言う。
「どうして?」
『とにかく。ちょうど見れるはずです』
彼女が指示する通りのチャンネルをつけると、そこでは夕方のニュースが流れていた。
内容は、二十代男性が全身骨折・打撲の重傷で発見されたというもの。
男性の顔写真が写される。金髪でガラの悪い、若い男。よく知っている顔だった。
「……そういうことか」
委員会は魔法使いでない彼を殺すことはできない。
しかし、殺さない程度に痛めつける―――社会復帰不可能な痛手を負わせることは辞さないということを、御井葉縁は伝えている。
このまま何もしなければ、他の捕獲された仲間にも同じような仕打ちを行うつもりなのだろう。
先日の嘘の情報を握らされたことも含めて、御井葉縁を少々見縊っていたことのツケが、この局面で回ってきている。
彼女はいくらかの言葉のやり取りを通して灰かぶりの魔法使いの思考を把握し、最も痛手となる戦術を容赦なく奮って来る。決して人道的とは言えない戦術。魔法使いのお株を奪う悪魔的な策略である。
「魔法使いの娘。御井葉縁、か。やってくれる」
『今、捕らえられている者達は全員御井葉縁の通学する校舎に集められています。どうしますか?』
「……」
誘い込むための罠であることは明白だ。
理性で判断するなら、御井葉縁の策に乗るわけにはいかない。
しかし、灰かぶりの魔法使いの言葉は決まっていた。
「今夜。全員で仕掛けるよ。出し惜しみはしない」
理性を以て、合理的な思考をする。
常にそれが叶うなら、世界観は歪んでいない。
強力な魔法使いであるが故に止まることが出来ず、縁の思い通りに行動せざるを得ないのだ。
「勝つのは私達だ」
どちらにせよ、今日で戦争の大勢が決することを、両陣営は感じ取っていた。
※※※
午後六時を少し過ぎた頃、矯魔師達は木式の指揮の基で、襲撃に対して既に万全の態勢が整っていた。
高校の体育館に灰かぶりの魔法使いの仲間たちを拘束し、体育館の周りとそこに至るまでのいくつかの道に矯魔師が配置されている。
矯魔師の数は急場しのぎの増員を合わせて十数名。誰がどこを担当するかについては、木式が縁の提案も考慮して、適宜割り振られている。
木式は数人の矯魔師と共に最終的な防衛線である体育館に陣取り、全体の指揮を取っている。
体育館への道筋は正門を通るものと、裏門を通るものの二つが存在する。
裏門には蕾も含め、残りの矯魔師の殆どが配置されている。
縁は最も早く接敵があると予想される、校舎から随分と離れた正門に続く一本道の先の地点を任されていた。縁が魔法を使いやすいよう配慮して、その地点に配置されているのは縁を含めて二人だけだ。
縁と一緒に配置された矯魔師は、最初に襲撃された眼鏡の少女である。
「遅いですね。本当に来るんでしょうか?」
「巌流島の戦いよろしく、私達を焦らして精神的優位に立とうとしているのかもね。考えるだけあちらの思うつぼだよ」
「……罠であることは明らかです。易々と誘い出てくれるとは、私は思えません」
「確かに、それでも彼等はきっと来るよ」
「何か根拠でもあるのですか?」
「勘だよ。私のこういう勘は当たるんだ」
魔法使いとは、そういう生き物である。
この直感に関しては、委員会に所属する人間の誰よりも秀でていることを、縁は自負している。
「本当に、勝てるのでしょうか」
「こっちには木式がいる。滅多なことが無い限り問題は無い。本来なら、彼女一人でも良いくらいだ」
主の義体の肩書は伊達ではない。
名有りを複数人罰した縁から見ても、主の義体達は全員が全員、人外の領域にある。
真正面から戦って木式が負ける姿は、縁には想像できない。
「滅多な事、とは?」
「私たちは人間を殺せない。大義が無くなってしまうからね」
委員会の活動は、魔法使いが人間でない、世界を脅かす別種族と見なすことで、容認されている。
何百年と保ってきたその大義を無くすような真似は出来ない。
「あちらは私達を殺す気で来るだろうけど、私たちは殺さない程度に手加減しないといけない。木式の槍は、そういう微調整が苦手なんだよね」
自分自身を人質にとって木式の手を鈍らせ、あちら側に隙を与えてしまうかもしれない。
縁の唯一の懸念はそこだった。
「木式が万が一死ぬことがあったら、私たちは一気に劣勢だ。あっちもそのことは理解しているだろうから、灰かぶりの魔法使いは多分持てる全ての戦力を使う筈。私達の役割は、あっちの手札を出来るだけ削ることだよ」
その為に、縁は最前線に配置されている。灰かぶりの魔法使いが使える手段―――木式に届く兵隊の数を減らすことが彼女の仕事である。
「あっちには数十人程度の魔法使いが残っている。まあ心配しなくても、その全員をぶつけられでもしない限り、木式が負けることは無い」
「だと、良いですけどね」
「木式のことが信用できない?」
「可能性の話です。主の義体はどれだけ化け物じみていても所詮人間です。本当の化け物には、人間では敵わない」
「その化け物たちに抗う為に、私達は武器を作り、技を磨いた。それに、私たちは一人で勝つ必要は無い」
「確かに、我々の最大の長所は、徒党を組めることです。魔法使いにはそれが出ません。どれだけ強い個でも、数の利があれば打ち破れる。今まではそう思っていました」
「今は違うの?」
「灰かぶりの魔法使いは、例外でした。数を揃えられる化け物。そんなものが存在してしまえば、我々の優位性は消えてしまう」
「……君は過激派の任務に当たるのは初めて?ちょっと悲観的になりすぎているね」
言葉では、幾らでも説明を受けてきた筈だ。彼女の中で、いつか来る戦いを想定してもいただろう。
しかし、実際に肌で経験してしまったことで、育んできた自信が、自負が、崩れてしまっている。
「大丈夫。奴らは化け物だけど、無敵じゃない。その槍で貫けば、ちゃんと殺せる。殺したことのある私が言うんだ、間違いないよ」
「……それは貴女が、魔法使いだから言えることです」
「…………」
縁が魔法使いであることを知っているのは、木式をはじめとした主の義体に限られる。
目の前の少女のような一般の矯魔師には知る由は無い。
では、何故彼女はそれを知っている?
誰から聞かされた?
縁が彼女を見据え、槍を構えたところで、体育館上空の空が割れた。
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