第10話 魔法

捕らえた二人を委員会の用意した空き家の一室に縛り付けで押し込んだタイミングで、それを見透かしていたかのように6B6の携帯が鳴った。


彼の懐からそれを取り出し、通話を繋げる。


『いやー、一本取られたね。これで一勝一敗、と言ったところかな?』


携帯から聞こえる、人を小馬鹿にする飄々としたその口調は記憶に新しく、聞き覚えのあるものだった。


「お前は本物?」


『どうだと思う?』


電話の向こうで面白そうに灰かぶりの魔法使いは尋ねて来た。


縁はこれ以上相手を面白がらせないよう口には出さず、この状況でこんな返答を出来るのは本物だけだろうな、と頭の中で結論付けた。


「……私たちはお前に一度たりとも会ったことは無い。だから連絡するくらいはリスクにもならないって?随分嘗められたもんだね」


『おお、そこまでは分かったんだ。やるね』


素直な賞賛。


裏を返せば、あちらにはまだ敵を褒めるだけの余裕があるということだ。


(いや、そう思わせるブラフかも……考えても仕方ないか)


「お前が矯魔師を狙っているのは分かっている。どうして電話を掛けて来た?」


『仲間がそっちで世話になっているだろう?なら保護者である私が一報入れないのは不義理というものだ』


「仲間?鉄砲玉の間違いでしょ?。生憎、彼等を逃すことは無い。今彼等を監視しているのは主の義体の一人だ。彼女の目をかいくぐることが難しいのは、お前もよく分かっているだろ?」


主の義体。その単語を出しても灰かぶりの魔法使いはまるで動揺せずに『ああ、木式だろう?』と答えた。


やっぱり。縁は心の中でため息をついた。


『木式春雨。主の義体の左腕。確かに相手するのは骨が折れる。だが、私の仲間たちを監視する必要が生じることで彼女の動きを制限させられることもまた事実。その間に新しい仲間を増やしていくだけさ』


どれだけ魔法使いを捕らえても意味はないと灰かぶりの魔法使いは主張する。


その言葉に偽りは無いだろう。灰かぶりの魔法使いが魔法の力を与えればどんな人間でも魔法使いになれる。


捕らえては生み出し、また捕らえてのいたちごっこである。このままではどちらが先に音をあげるのか、火を見るよりも明らかだった。


「勝利宣言でもしに来たの?」


『まさか。このまま終わるような君たちでは無いだろう?私は本当に彼を心配して、ついでに君と話がしたくて電話を掛けたのさ。彼の魔法はレアだからね』


「レア?」


武器を生み出す魔法。確かに矯魔師との戦闘においてその恩恵は少なくない。魔法の使用に時間制限がある彼らなら尚更だろう。


しかし縁は灰かぶりの魔法使いの口振りに疑問をもった。


「また新しく補充すればいいでしょ?」


『おいおい。だからそうやって仲間を物みたいに言うもんじゃない。私にとって彼ら彼女らは大事な同志たちなんだよ?』


「……あなたは、思い通りの魔法を使わせられる訳ではない?」


『……』


これまで流暢に話していた灰かぶりの魔法使いが、初めて言葉を濁らせた。


それは咄嗟の反応で、灰かぶりの魔法使いにとって


「答えるつもりはないんだね。そりゃそうか」


だが、その沈黙は肯定と受け取って良いだろう。初めて相手の余裕を崩すことが出来た。


灰かぶりの魔法使いの魔法にはまだまだ不明な点が多いが、自分達は着実に答えに近づいている。


「分かったよ。もう聞かない」


縁はそれ以上追求することなく、意趣返しの意味を込めて「でも、分かりやすい嘘はつまらないよ」と一言言う。


つまらない。分かりやすい。


そんな縁の言葉に灰かぶりの魔法使いは『何?』と問いかけた。


「番号で呼ぶ程度の存在を大事な仲間って言うのは、流石に無理がある」


『……』


しばらくの沈黙の後、電話は切られた。


「面白い話をしていたね」


家の奥から木式が現れた。


「木式……聞いてたの?」


「いや、詳しい内容は聞こえていない」


「じゃあ何で面白いって分かるの?」


「そりゃあ、君がいつもと違って嬉しそうだからね」


「そう?」


縁の目は、悪戯の成功した子供のように爛々と光っていた。




※※※




「灰かぶりの魔法使いは自由に魔法を与える訳ではない、か。では同じ魔法使いとして、君はその話をどう思う?」


空き家には縁と木式の二人しかいない。


木式にしか出来ない問い掛けに縁は腕を組んで考え込んだ。


「そうだね……あり得る話だと思う」


縁は自身の記憶を遡る。


自分にとのやり取りを回顧しながら、木式に説明した。


「魔力は魂に関与するエネルギーだ。その魔力によって引き出される魔法は、使用者の情緒を色濃く反映する。使用者が世界をどう捉えているのかが、つまり使用者の世界観が魔法の効果を形作る。使用者の中の偏見―――妄想に等しい独自の法則を他人の世界にまで押し付けて、結局は現実にまで影響が現れてしまうのが魔法の原理」


例えば、人生におけるあらゆる苦難から目を背け、逃げ出したいがために第三者の視界から消える魔法を使えたり、飢餓に苦しみ、弱肉強食の世界を生き抜いて来た為にあらゆるモノを喰らい、糧とする魔法を使えたり。


世界観がより強く、屈折しているほど魔法は強く、複雑なものになる。


どんな人間でも習得可能な汎用性の高い魔法―――魔術が魔法使いの使う魔法に比べて効果が弱く、万能性に欠けるのはそれが理由である。


「灰かぶりの魔法使いはあくまでも魔法を扱える力を与えるだけ。恐らく人間が誰しも持っている世界観をより強固に歪ませて魔法を発現しやすくしているのだと思う。それならどんな魔法が使えるかは使用者の世界観に依存する」


「では、武器を生み出せるような魔法を使える駒は簡単に補充できないということだね。彼の魔法は時間制限を超えて混乱を引き起こせるのだから、灰かぶりの魔法使いにとっても貴重なものだ。必ず彼を取り戻しに来るだろう」


「わざわざ電話を掛けて彼の安否を確認して来たくらいだからね」


今まで優然としていたあの魔法使いも、貴重な駒が失われそうな状況にその余裕が崩れているということだ。それだけでも今回の奇襲作戦は成功したということだろう。


だが或いは。縁は電話でのやり取りから異なる可能性を考える。


灰かぶりの魔法使いは本当に仲間を大切にしていて、ただ仲間を助けたいだけなのでは無いか?と。


あの時、あの魔法使いは、確かに縁の言動に怒っていた。


番号で呼び、高みの見物を決め込んで指示を出している癖に、心の底から仲間思いと言う、屈折して矛盾した愛情。


むしろ、その方が得心がいった。


そのような歪んだ世界観を持たない限り、理不尽な魔法を使えないし、人を殺せない。


あの飢えにまかせて全てを失った魔法使いにのように。


また、自分に魔法を教えたあの人物のように。


魔法使いは、自分達では理解出来ない世界観を持っている。


だから、人間にとって別種のように扱われ、排斥されてきたのだ。


「木式。試したみたいことがある。上手くいったら、このくだらない戦争は終わりだ」


「上手くいかなかったら?」


「この戦争状態が悪化する。教会の歴史に無いほどに、ね」


「いいね。面白い。どちらにせよ、私の得意分野だ」


「貴女ならそう言うと思ったよ」


縁の提案は、この街にいる灰かぶりの魔法使いの兵隊たちを一夜にして一掃するものだった。彼女の言う通り、上手くいけば一週間以上続いている消耗戦も終結する。


ただ、これも結局は対処療法であることを、縁は予感していた。


を殺すには至らない。


また十年後、百年後、同じことが繰り返されるのだろう。


縁では止められない。木式でも止められない。


宇津花蕾にしか出来ないことだ。


縁が密かに今回の魔法狩りの行く末を委ねたことを、当の本人は知る由が無かった。

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