第9話 反撃
波丘駅の事件から1週間の間、灰かぶりの魔法使い達は事を起こすことは無かった。
無差別に人を襲う、過激派に属する魔法使い。それが沈黙を保つ理由とは何だろうか。
理由を推察する材料になるのは、先の事件から分かる通り、灰かぶりの魔法使い達の標的は矯魔師であるということだ。
わざわざ不意を突いて自爆特攻を仕掛けたり、時間制限一杯まで縁を追ったりしているのだなら、そのことは間違いない。
彼らは民間人に無差別に被害を与えることは躊躇わないが、あくまでも殺すターゲットは矯魔師なのだ。
ならば、彼らはより多くの矯魔師を殺す機会を欲しているのだろう。そして、その目的の為に敢えてこの沈黙は作られていると、そう解釈出来る。
沈黙は委員会の体勢を整えさせる為だ。
少数を皆殺しにするのではなく、その少数を傷を負わせた上で、敢えて猶予を与える。
そうすることで他の矯魔師達が加勢に来るように仕向け、集まった所を再び襲う。
より多くの矯魔師を殺すという意図が、現在のこの沈黙には込められている。
それが委員会の、そして木式や縁の出した結論だった。
罠だと分かった上で相手の狙いに乗ることは無い。
木式が縁に命じたことは一つ。
反撃の狼煙を上げること。
委員会から支給された羅針盤。
その矢印が指し示すのは―――
※※※
まだ街中では明かりが灯っているが、日は既に沈みきっている、そんな時刻。
この時間に人通りの少なくない街道から逸れ、さらに明かりの少ない道を進んだ先にある小さな公園には、当然だが誰も寄り付かない。
その公園の入り口に、一台のタクシーが止まった。自動ドアが開き、中から見た目で明らかに年齢の異なる、三人の男が出てくる。
近隣住民にも名前を知られていない公園をわざわざ行き先に指定したその一団を不思議に思いつつも、タクシーの運転手は三人を降ろすとドアを閉め、走り去った。
三人は公園には入らずに、暗い道を歩き出す。
一連の光景を、二人の人物が近くの家屋の屋根上から眺めていた。
リュックを背負った男と、サングラスを掛けた女。
3E1、6B6と名乗っていた、灰かぶりの魔法使いの兵隊の内の二人である。
「あいつらが矯魔師なのか?3E1」
「情報では、そうですね」
「違ったら?」
「疑わしは殺す。本当に矯魔師かどうかは、殺した後で十字架を持っているか調べれば済む話です」
「それもそうか。さあて、何を出そうかな」
男はリュックを置いて中身を漁り出す。
「前のようにガラクタを出さないで下さいね。この距離で仕留められるものでお願いします」
「はあ?誰がガラクタだよ!」
「誰も貴方がそうだとは言ってないでしょう」
口に出さずに収めていたのに、6B6は自ら指摘して勝手にふて腐れた。3E1はため息を漏らして、視線を夜道を歩く三人の男に移す。
(増援。想定よりも遅かったですが、やっと本来の目的が果たせそうですね)
委員会に猶予を与えることで矯魔師を投入させ、そこを叩く。
勿論敵の数が増えることは灰かぶりの魔法使いにとっても不利に働くが、彼らは必ず相手よりも先手が打てると確信していた。
(全てはあの方の計画通り。あの方に従えば、私はこの力を生涯持ち続けることが出来る)
3E1にとって、魔法は既に自分を示す重要なアイデンティティとなっていた。
いや、もしここに灰かぶりの魔法使いが居たらこう言うだろう。
『自己を示すからこそ、魔法になるのだ』と。
3E1はその言葉の正しさを、日が経つにつれ強く実感していた。
自分の魔法は、あまりにも馴染んでいる。まるで生まれた時から自身に備わっていたようである。
(ああ。やはり私は、間違っていない)
どれだけ殺しても、傷つけても、過去の選択は間違いではなかった。
今の清々しい、何もかもから解放された気持ちが、自分の心にそう訴えていた。
「―――6B6?何をもたもたしているのですか。早く……」
視線を6B6に戻す。しかしそこに彼はいない。蓋の開いたリュックが残されているのみだった。
驚いて周囲を見渡す。屋根上には自分以外には人影はない。
「動くな」
頭上から声を掛けられた。驚いて顔を上に傾けたその瞬間、自身の額に槍の穂先が立てられた。
金属由来の冷たさを肌で感じ、3E1の額に脂汗が滲む。
その矯魔師は6B6の首を抱きしめる形で片腕で絞め上げ気を失わさせ、もう一方の腕を使い槍を彼女に向けていた。
御井葉縁。
魔法を扱う、異端の矯魔師。
何故、という疑問が彼女の脳内を巡る。
「お前はついでだよ。本命はこっち。私達が真っ先に警戒しなければならないのは、魔法以外で四六時中攻撃されることだ。逆に、魔法以外の手段を咎めれば、それだけでお前たちの行動する時間をある程度制限できる。爆弾や銃。こいつが自分の望み通りのも取り出す魔法を使うことは、蕾たちから聞いていた。こいつを潰すのは最初にやっておかなければならない一手だった」
6B6を早急に潰す。
その為に委員会は事件当時観測した6B6の魔力を登録した羅針盤を縁に与え、わざと矯魔師を数人増員する情報を流し、6B6達を誘き出した。
(一日目で出会えたのは出来過ぎだけどね。まあ、これでもう一つ確定したこともある訳だけど、どうしたもんかなあ―――)
これからの前途多難を想像して縁が脳内でため息をつく。未来を考える余裕のある縁とは反対に、3E1は今冷静さを保つのに精一杯だった。
「……成程。具体的な解を与えて頂き感謝します。ではついでに、どうして我々の居場所が分かったのかも教えてはくれませんか?」
「いやだよ。お前の時間稼ぎには応じない」
縁は6B6を絞めた状態で高度を上げる。
それまで自分がいた空間に何かが通ったのを空気の流れから彼女は察した。
ドシン。重いものが屋根に着地する音が遅れて聞こえる。
何かの場所を音で捉える。
縁はその場所に向かって急降下した。
何かは音速を超える速度の彼女の攻撃を躱すことが出来なかった。
「ぐあああ―――」
彼女の両足が何かを捉え、何かは悲鳴を上げた。
そしてドシン、とまた何かは力尽きて倒れたのか、屋根の上に伏した。
カウンターパンチを縁は涼しい顔で行った。
「半端だね」
「……どういう意味ですか?」
不意打ちが通用せず、手駒が尽きた3E1はそのことを気取られぬよう、平静を装いながら聞き返す。
「対象から一つの物体を認識から外す魔法。じゃあどうして蕾たちには拘束するだけで殺さなかったの?お前の魔法は暗殺でこそ効力を発揮するのに。答えはやらなかったのではなく、出来なかった。お前の魔法は対象を殺す―――いや、傷つける物まで消せないんだね。見たくないものは消せるけど、実体はそこにある。その場凌ぎの逃避を好む魔法使いにはお似合いの魔法だ」
冷たく言い放つ。
「っ―――お前に何が!」
「分かるかよ」
縁がいつの間にか背後に回っていた。
3E1はその速さを捉えることは出来ない。
「後輩たちの借りは返さないとね」
遅れて振りむこうと首を回した先に、石突が迫る。
肌を弾き、骨を打つ音が響く。
頭を先行させて彼女は三件隣の家屋の屋根まで吹っ飛んだ。
サングラスは割れ、顔は歪んでいるが、辛うじて息はある。それも長くは続かず、気を失った。
彼女の魔法も解け、屋根上には蕾たちの話に聞いていた大蛇が延びた状態で転がっている。その蛇に槍を突き刺すと、くぐもった音を出しながら蛇の姿は消えていった。
「……ちょっとやり過ぎたかな」
事後報告をする為携帯を取り出して木式と通話を繋げる。
「ああ、うん。リュックサックの男は捕らえたよ。ラッキーだったね。これなら羅針盤はいらなかった。そっちは?」
委員会が矯魔師を増員するという情報は、他にもいくつか流していた。
木式たちは他の場所で同じように魔法使いに対処している。縁の目的はそういったゴタゴタの中でリュックサックの男を率先して捕らえることだった。羅針盤はその最重要任務を完遂する為の保険である。
縁は続けて、確定してしまた面倒事についても報告する。
「――――――うん、そう。そうだよ。でも、チャンスでもある。私たちは黙って見てるしかないよ」
そう言って、縁は通話を切った。
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