第5話 混乱(3)
灰かぶりの魔法使いは矯魔師を狙っている。
よって駅内にいた3人にも、当然刺客は差し向けられた。
ひび割れた空間から、二つの影が現れる。
「私は3E1。こっちは6B6です」
「わざわざ名乗る必要があるのかよ、3E1」
「どんな相手にも礼儀は大事ですよ、6B6」
身体よりも大きなリュックサックを担いだがらの悪い青年と、帽子を目深に被ってサングラスを掛けた女性は、標的を前にしてそう軽口を叩きあっていた。
突如何もない空間なら現れた刺客を前に、蕾は唖然とした様子で固まっていた。
「なっ!?……一体どこから!?」
「どこから、ですか。その質問には答えられません。正確には、具体的な解を私達は持ち得ない。魔法……とでも言えば理解出来るでしょうか?」
「おい!そこまで言うなよ!?」
「言っても問題ありませんよ。矯魔師ならいづれ辿り着く解です。ならば先に示したところで、早いか遅いかの違いでしかありません」
「早いと遅いは大事だぞ!兎と亀を知らないのか?」
「……その話に乗っ取るなら、早い方が負けるのですから、やはりあちらが早いに越したことはありませんね」
「揚げ足取るなよ!?まるで俺が馬鹿みたいじゃないか!?」
「……」
言い合いを続ける二人へ警戒を緩ませず、蕾は状況を整理した。
(魔法使いが二人……恐らく灰かぶりの魔法使いによって力を与えられた一般人……ここに移動して来たのは二人の内のどちらかの魔法でしょうか?)
現状、二体ニとなっている盤面だが、蕾達には重症者がいる。純粋に戦力を足し算出来る訳ではないだろう。
(それに、これ以上放置したら、ノアさんの命が危ない)
駅前の混乱状況では、救急車が入ることは不可能である。一向に事態が改善されない状況なら、待ちに徹する戦略は分が悪い。
と、そこまで考えたところで、蕾の携帯に着信があった。チャットアプリを開くと、縁からのメッセージが画面に映し出された。
(……はあ、そうですね。いや、分かりますけど、無茶な注文ですね。了解、と)
メッセージにリアクションだけ付けて、蕾は携帯をしまう。
「結城さん」
「はい」
なるべく三人ひとかたまりになって、小声で会話を始める。
「ここから離脱します。直接病院に向かいましょう」
「あの人混みを縫って、ですか?」
「いいえ。どこに敵がいるか分かりません。なので確実な方法を取ります」
「確実な方法?」
「少し無茶をします。結城さん、魔力はまだ残っていますよね?」
「……何をするつもりですか?」
「時間がないので詳しくは話せません。私が合図をしたら、隙を作って下さい」
「はい」か「いいえ」で簡潔に答えられる問のみを蕾は繰り返す。
「……分かりました」
蕾の意図を汲んで、結城はただ頷いた。
「話し合いは終わりましたか?と言っても、単に戦略を練る暇を与えるほど、私は優しくない」
「「……!」」
二人は違和感に気付く。
自身の身体が、まるでそこに固定されたように、動かなくなった。
「これは……」
「あなた方の身体は固定させて貰いました。恨みがあるわけではありませんが、あなた方には死んで貰います」
サングラスで表情は読めないが、3E1の冷たい雰囲気を蕾は肌で感じる。
(……身体が重い?動かせない程ではないけど、とにかく動きにくい。何かが纏わりついて、圧迫している感じ。一体何が―――)
「んじゃ、とっとと済ましちまうか!」
6B6はリュックサックを床に下ろしてチャックを開け、中に右手を突っ込んだ。乱暴に中身を探り、最後に「よっ」と言って明らかに収まらない長さの日本刀を取り出した。
(男の方も魔法。どんな魔法かまるで読めない!!)
「しゃあ!!」
刀を上段に構えながら男が距離を詰める。
6B6の刀が振り下ろされる―――その前に槍の石突きが男を捉えた。「はがっ!?」と情けない声を上げて男は後ろに吹っ飛ぶ。
「結城さん!」
結城は何かに拘束される前に十字架を手の中に握っていたので、槍を実体化させることで、何かからの拘束から逃れることが出来た。
結城は男を退けると、今度は槍を蕾に向け、蕾の周囲を円を描くようにして何かを切りつけた。
「アアアアァ―――」
断末魔が何もない場所から響く。するりと何かが蕾から離れ、身体の自由が戻る。
蕾も直ぐに槍を実体化させた。
「これって……」
一先ず助かったが、蕾の理解は追い付いていなかった。
「恐らく、女の方の魔法は透明化です。透明にした何かで私達を拘束したのでしょう?」
「その何かって……あ!」
二人の周り。
結城が切りつけた何もない場所から、黒いびくびくと動く何かが現れた。
それは体長数メートルはあろう、大蛇だった。
蕾を拘束していたものと、結城を拘束していたものの合計二体の蛇が姿を見せる。
「えぁ……くそ!何で―――」
人の言葉を喋る蛇の頭を、結城の槍が容赦なく穿つ。
「これも多分、魔法なのでしょう」
もう一体にも止めを刺した後、結城の鋭い視線が女を射抜くが、女は動じずに肩をすくめた。
「ええ。7S3。私の仲間です。あと一つ、訂正させてもらいますが、私の魔法は透明化ではありませんよ」
「え?―――蕾さん!」
結城の視界から、いつもの間にか蕾の姿が消えていた。駅内を見渡しても見当たらない。
(音も無く消えた?攫われたということですか?)
「蕾さんに何をしたんですか!」
「その問に対する具体的な解を私は有しています。ですが教える訳にはいきません。何故なら、私はあなた方の敵だからです。6B6、そろそろ起きてください」
「ぐあー!別に寝てねえし!別に全然痛くないしな!」
飛ばされて地面に伏していた男が起き上がった。
「さあ、相手は一人ですよ。さっさと終わらせましょう」
「分かってるよ!」
男は日本刀を構え直すが、そこに女は異議を唱える。
「6B6。どうして日本刀なのですか?」
「はあ?あっちは槍だぜ?長い武器が無いと駄目だろ?馬鹿なのか?」
「リーチを考えるなら、日本刀では勝てないでしょう。貴方にはもっと相応しいものがある」
「ええ―――そんなのある?」
「あるでしょう」
3E1は6B6に耳打ちをし、「ああ!」と合点がいった様子の彼は慌ただしい動作でリュックサックの中を探る。
彼女はそんな彼を眺めてため息を零した。
(不味い―――)
結城は危機を紙一重で凌いでから幾分もせず、二対一の劣勢となったことに悲観していた。
(蕾さんは無事なのでしょうか。物体を消す魔法……あの女の魔法使いの魔法であることは間違いないでしょうが、透明化でなければ何だと言うのでしょう?正体が分かれば槍で無力化出来るかも…………あれ?)
そこで結城は違和感に気付く。彼女の魔法が消える物に作用する透明化の魔法なら、槍でその透明化した物質に触れたタイミングで魔法は解ける筈である。
だが蛇が姿を見せた時、結城が槍で切りつけた時から姿を現すまでのわずかな時間、タイムラグが存在していた。
つまり、彼女の魔法は消える物自体に作用するものではない。
(そして次の瞬間、今度は蕾さんが私の目の前から消えた……あれも蕾さん自体に何かをしたという訳ではない?……そうか)
結城が答えに辿り着いたのと同時に、後ろで守っていたノアの身体が僅かに動いたことを彼女は確認した。ノアが意識を取り戻したのではない、そこに見えない何かがいるのだ。
(分かりました。蕾さん)
この場にいない、いや見えない相方との意思統一を行う。
結城のやるべきことは一つになった。
「よっしゃああああ!」
雄叫びを上げながら6B6が日本刀の次に取り出したのは、黒鉄色の軽機関銃。
槍と刀のリーチの差など嘲笑い蹂躙する、近代兵器である。
次は先手を打たれないよう、結城の判断は速かった。
6B6が機関銃を腰に構える前に槍を男に対して投擲した。
「おわっ!」6B6は床に転がる形で槍を避ける。その隙に結城はありたっけの魔力を消費して駅内全面に行き渡る量の霧を発生させた。駅内にいる誰もが一メートル先も把握できない濃い霧だ。
視界が塞がれた直後、甲高い破壊音が全員の耳に届いた。
駅には壁が全面ガラス張りになっている一画があり、そのガラスの一枚に何かをぶつけられたような跡の割れ目が生まれ、それからパリ、パリ、と音を立ててひびが拡大していた。
新しい空気穴が生まれたことで霧が割れ目を通って外に流れていく。
空気による霧の流れとは別に、物体が霧を退かして進んでいるような、奇妙流れを霧を通して結城は捉えた。その物体は割れたガラスの壁へと向かっている。
(……信じますよ!蕾さん!)
結城もまた、同じ方向に駆けだした。蕾の策に賭け、魔力は底をついているが、なけなしの体力を振り絞って足を動かす。
駅に響くあらゆる音を、3E1は聞き逃さなかった。何か仕掛けて来ると瞬時に直感し、「6B6!」と叫んだ。
「分かってるよ!」
深い霧の中。男が体勢を無理矢理立て直して、片膝立ちの状態で機関銃を発砲した。弾丸の雨が無差別に駅内を蹂躙する。
「おらああああ―――」
獣の如き雄叫びを上げながら引き金を引いたまま四方八方に銃口を向ける。視界に頼らないという意味では、乱暴ではあるが合理的な選択である。
ガラス張りの壁に窓も例外なく銃弾が襲い、銃声の重い音よりも耳障りな高音と共に崩れていく。霧がその穴を通って更に外に流れる。
「―――ああ?」
辺りがはっきりとして来た頃、二人の魔法使いの視界から三人の矯魔師は消えていた。
「おい!あいつらどこに行った?」
「……まさか」3E1は跡形も無く砕け散ったガラス張りの壁の方に駆け寄り、駅の外に目を向ける。彼女のサングラスで覆われた瞳が僅かに揺れた。
「おい3E1!どうした―――ああ!」
ガラス張りであった壁からは、駅に通る路線が確認できた。路線の先には一台の列車が走っており、その車両の上には人影らしきものが見えた。
「…………やられましたね」
結城が作り出した隙を利用して、三人はこのガラス張りの壁から飛び降りて出発した列車の車両に着地したのだ。
列車の速度に追い付く術を二人は持ち合わせていない。
「はあ!?爆発騒ぎが起きてんだから、普通止めるだろ!?」
「……いえ、騒ぎを起こし過ぎたのでしょう。警察でさえも手の負えない襲撃事件。そこに車両を留まらせることの方がリスクが高いと鉄道会社側が判断したんです」
「ったく。大人しく止まっとけよなあ」
「駄々を捏ねても仕方ありませんよ…………しかし、まさかあの状態から意思疎通を取るとは」
蕾と結城はお互いの姿見えず、声も聞こえなかった筈だ。
物理的には存在し、触れることも可能だが、視覚と聴覚では捉えられなくなる。
蛇や人間などの、何か一つの物体を対象者の認識から外させるのが3E1の魔法だった。魔法を掛けられているのは知覚する対象者自身―――今回の場合では蕾と結城のみだったので、認識を外させる対象にどれだけ槍を使っても無効化出来なかったのだ。
「思い付いたところで、この高さを飛び降りるのは危険な行為であることには変わりがない。ここは素直に、彼女たちを褒めるべきなのでしょう。一筋縄ではいかない相手です」
(魔法を使えるという、一種の全能感が密かに働き、無意識の内に彼女たちを下に見ていたのかもしれませんね)
頭の中で負けた原因について客観的に分析していると、3E1の携帯が鳴った。
「はい」
『3E1。首尾はどうですか?』
「すいません。逃げられました。そちらは?」
『逃げられた……訳ではないのですが……』
「?」
通話の相手は3C6。普段の彼らしくない歯切れの悪い返答に、3E1は疑問符を浮かべた。
「では、何が起こったのですか?」
『その……飛び込んだ、のです』
「どこに?」
「…………私達が通った、空間の裂け目に、です」
「―――――――――はい?」
そして、魔法使いたちは思い知る。
自分達が相手をしているのもまた、人外の域に足を踏み入れている魔法を使う矯魔師であることを。
※※※
ひび割れた空間を通った先は、どこかの建物の屋上だった。
駅前の様子が一望できるその屋上には、四人の人間がいた。
一人の白い外套を羽織った男の前を、他の三人がまるで守るように立ちはだかっていた。
男がこの中で最も重要な人物であることは、容易に想像できる。
「やあ、漸く会えたね。灰かぶりの魔法使い」
「……ああ、さっきぶりだな、矯魔師」
縁の言葉を、男は肯定する。
先程電話越しに聞いた声と同じ声音。少々軽い口振りまでそっくりだった。
この男こそが「灰かぶりの魔法使い」だと、縁は確信する。
「早速だけど、貴方には死んでもらう」
この絶望的な状況を打破する、たった一つの方法。
それは物量に飲み込まれる前に元凶を打ち倒すことである。
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