第4話 混乱(2)
二方向からそれぞれ発砲音がした。
煙幕に紛れて屈み、土の壁を魔術で生成することで向かって来る銃弾を防いだ。
発砲は絶えず浴びせられ、同時に人間の悲鳴も聞こえてくる。
呻き声すらも聞こえる。
(やっぱり、民間人でもお構いなしか)
縁の予想通り、駅前には男以外にも多くの敵が潜んでいるようだった。
警察が駆け付けており、市民を抑えて誘導しようとしているが多くの人間はパニック状態で聞く耳を持っていない。
(相手の狙いは矯魔師。一番手っ取り早いのは、私がここにいる灰かぶりの魔法使いの兵隊を全員再起不能にすること)
土のバリケードから敢えて煙の薄まった場所に移動し、相手から見えるように身体を出した。
示し合わせたように別々の方向から数発の銃弾が飛んでくる。その内の一発に向かう方向に加速度を自分自身にかける。
真正面の銃弾は受け止め、他の銃弾は高速移動で躱す。そのまま加速を保って狙撃者に向かって行き、他からの援護が来る前に目の前の一人の銃を弾き、鳩夫に拳を打ち込んで倒す。
次々と向かって来る弾丸の雨を同じように躱し、一人ずつ場所を特定して叩く。
相手は魔法を使わないので、いつもの戦闘のように数々の不透明な手数を警戒する必要は無く、ただ拳銃と爆弾の可能性のみを考えて縁は動いていた。
魔法を使える縁にとっては、槍を使うよりもこの戦法の方がよっぽど目立たず、確実に相手の戦力を削ぐことが出来る。
しかし、着実に民間人の負傷者は増えていた。
(駅前はパニック状態。これじゃあ救急車の出入りも難しい。早く収束させないといけないけど、こいつらの目的は私達だから私達を殺すまで止まらない。敵と一般人の区別がつかないし、どれだけの数がいるかも分からないから、こっちから仕掛けられない。でも、このまま後手に回り続けたら被害が増えるだけだ。一体どうすればいい?)
縁は何人目かの敵を武器を取り上げて無力化すると、その首根を掴んで地面に抑えつけた。
「おい。灰かぶりの魔法使いはどこにいる?」
縁はダメ元でそう問うが、「約束…………魔法…………」と相手は呆けた様子で呟くのみだ。縁は舌打ちをして掴んでいた手を離した。
(約束?灰かぶりの魔法使いはこいつらに何か交換条件を出して従わせている?ならその交渉材料は、『魔法』の力?)
人知を超えた力、魔法。
人によっては金や地位よりも価値が高いものだろう。彼等が狂信的に灰かぶりの魔法使いの手駒として働いているにも頷ける。
立ち止まっていた縁に、三方向から銃弾が浴びせられる。
(もう!どれだけいるんだ!?)
跳躍して弾を躱し、銃を構えていた一人を見つけたので浮いている状態から加速度を掛けてその人物に向かう。
「ひぃ」と小さな悲鳴を上げるがお構いなしに突っ込み、敵は地面に押し付けられた。
敵が持っていた銃を拾い上げブーメランのようにして投げる。魔法によって加速度を加えられたそれは弧を描いて他の確認していた二人の敵に命中する。
「……ふぅ」
一時的にではあるが、絶え間なく鳴り響いていたが銃声がようやく止んだ。しかし駅前は静寂とは程遠く、悲鳴と呻き声、怒鳴り声で満たされている。
そんな中、着信音が縁の耳に入った。音は先程押しつぶした敵の胸ポケットから出ている。
示し合わせた着信のタイミングに疑問を感じた縁はポケットを漁り携帯を取り出して、着信のボタンを押した。
『いやー、驚いたよ。まさか矯魔師が魔法を使って来るなんてね』
通話状態になってすぐ、発信者は名前も名乗らず軽い口調でそう言った。魔法のことに言及していることから、一般人でないのは確かである。
「あなたが灰かぶりの魔法使い?」
『そうだけど』
相手は淀みなく答えた。
「わざわざ、何の意味があって私に電話なんてかけてきた。ふざけてるのかな?」
『そう邪険にしないでよ。君たちは私の情報ならどんなものでも欲しいだろ?今の君の戦いぶりに素直に感心したから、その見物料として話をしてあげようとしているだけだよ』
「そりゃどうも。」
(戦いぶり……どこかで私のことを見ているのか?)
『うんうん。銃弾を止める魔法……念動力のようなものかい?物体に力を作用させるということは、加速度を与える感じに近いのかな?中々複雑で扱いの難しそうな魔法だね』
(バレてる。ここまでの詳細な分析……やっぱりどこかで見ているか)
辺りを横目にさっと流し見るが、駅前は人で溢れている。連絡を取る為に携帯を使っている人間も数えきれない。今通話をしている、という要素のみで灰かぶりの魔法使いを探すことは困難だった。
『でも、君の練度はそこまで高くないね。矯魔師が魔法を使う……魔法使いが矯魔師になるのは委員会が許さないだろうし、だとすると君は真生の魔法使いではない』
「じゃあ、私は何だと思う?」
『ふむ……少なくともまともではない―――考えようによっては魔法使いよりも悍ましい存在だ。矯魔師としては認められても、人としては認められないだろう』
(……的確だ)
縁は心の中で肯定するが、気取られないようにする。
「こんな惨事を引き起こしておいて、お前が人間を語るのか。そりゃあお笑いだね」
『そうかい?人間は、自然界でもトップクラスに人間を殺してきた生物だ。どれだけ殺していても、人を片江う権利はあると、私は考える』
「一人でお前ぐらい虐殺して来た生物もいないだろうさ。それにしてもやられたよ。まさかこんな方法で奇襲を仕掛けてい来るなんて」
『君たちが勝手に勘違いしてくれただけだよ。君たちの想像力の浅さ故に、君たちは足を掬われたのさ』
「敢えて今日まで、こんな方法を取ってこなかったのに?」
委員会から聞いていないのだから、灰かぶりの魔法使いが爆弾や実弾を使ってきたのは初めての筈だ。指摘された灰かぶりの魔法使いは『はは』と何が可笑しいのか、不気味に笑った。
(何だ……この違和感)
「どうして今日なんだ?私達を狙っているのは分かるけど、わざわざ少数の矯魔師の為にこんな策を講じる理由は何?」
『素直に答えると思うかい?そこまでサービスは出来ないなあ。ここで答えを言っても面白くない』
「面白くない?」
『ああ。お互いに対等な条件でないと勝負はつまらない』
自身の行いで人死にが起こったことをまるで気にした様子なく、弾んだ声音で喋る。
(勝負?面白い?ふざけているのか?こいつは一体、何を狙っている?)
『過激派が全員人を殺すことに大義を掲げているとは思わない方がいい』
「……愉快犯ということ?でもそれならここまで人を殺す理由にはならない。お前は派手にやりすぎている」
理由もなく人を殺して回る魔法使いは確かにいる。それでも自身の命を最優先にする場合が殆どだ。
例え人の命を羽虫のように扱う価値観を持っていたとしても、羽虫の為に命を懸けようとは思わないのは、人間も魔法使いも同じである。
(殺しを楽しむにしても、自分ではなく他人にやらせるとは思えない)
『はは。考えているね。やっぱり君は魔法使いではない』
灰かぶりの魔法使いは嘲笑う。
「……どういうこと?」
『私達は生物として違う。それを理解していないということさ』
「……?」
『時間だ。話が出来て楽しかったよ』
「あっ!ちょっと!」
唐突に電話を切られた。訳も分からず、縁は通信終了の画面を見つめる。
(時間……まさか!)
携帯の時刻表示を見ると、18時を丁度過ぎたところだった。
縁はなるべく会話を引き延ばして、灰かぶりの魔法使いを特定する情報を得ようとしていた。
しかし、それこそが罠だった。灰かぶりの魔法使いの目的もまた会話を引き延ばすこと。
縁を足止めし、時間を稼ぐこと。
(やられた!)
相手の術中に嵌まったことを後悔する間もなく、次の攻撃が縁を襲う。
銃弾ではない。
爆発でもない。
襲ってきたのは2mを越える体躯を持った、人のような何かだった。生気を感じさせない動きで、縁の背後を取った。
人間とは思えない、長い腕が抱き締める形で縁を締め上げようとする。
垂直に飛んで躱し、縁はそれと相対する。
「……人形?人、ではないよね?」
「ええ」
大柄の人形の後ろから、小柄な人影が現れる。
ゴスロリファッションの少女である。
「私のリリーちゃん。可愛いでしょ?」
その人形は包帯で顔を覆われ、黒のカツラを被り、顔に相当する部分にはお面が掛けられていた。
「……そうだね。随分と個性的な子だ」
「ありがとう」
(褒めたつもりはないんだけど)
苦笑いを浮かべて、縁は取り出した十字架を槍へと変えて構えた。
「貴女もお友達になってくれる?」
少女の声に呼応して、人形が拳を振り下ろす。
ギリギリまで拳を引き付けた後、縁は1歩後退して躱す。
拳が地面に直撃し、縁がいた場所には拳大のクレーターが残った。
「友達にしていい仕打ちじゃないでしょ」
「そんなことないよ。お友達だよ。家族はいるけど、友達はまだなの」
「……これが君の家族?」
ぞろぞろと同じような人形が五体、どこからともなく現れた。
それぞれ被っているカツラ、着ている服装や付けられた面が異なっている。
「うん。リリーは妹。それで、この人はお父さん。その人はお母さん。それから―――」
自慢気に少女は自身の人形について説明をするが、縁に聞いている余裕はなかった。
六体一の状況で、人形が同時に縁へと襲いかかる。
動きの鈍い人形の脇を抜け、縁は一体の人形の背後から槍を突き刺した。
槍は人形の身体を貫通するが、人形は苦しむようなことはなく、それどころか腕を生きている人間ではあり得ない角度で曲げて、縁をさば折りしようとする。
即座に槍を抜いてその場を離れる。
(槍で無効化出来ない……人形は魔法で動いている訳では無いのかな)
「ひどい!どうしてそんなことするの!?せっかくお友達になれると思ったのに!」
情緒がいきなり崩れた。泣きながら慟哭する少女に、縁は思わず吹き出してしまった。
「何が可笑しいの!?」
「いや、まるで本当に魔法使いみたいだな、って思っただけだよ。話が通じない所とかそっくりだ」
本当に魔法を与えられた一般人なのか疑いたくなる。
(魔法が人を狂わせるのか。狂った人が魔法を使えるのか。どっちか考えるのが馬鹿らしくなる)
「ふざけないでよ!」
少女の感情の高ぶりに合わせて、人形たちが荒い動作で縁に向かって来る。
縁は姿勢を低くして地面を蹴ったタイミングに合わせて、自身に加速度を掛ける。勢いを乗せて槍を低くい位置で真横の方向に薙ぎ払い、2体の人形の足を切りつけた。
魔法を無効化する特性ではなく、槍本来の鋭利な金属の塊であるという特性を利用した攻撃は、人形の膝下を容赦なく砕く。2体の人形は姿勢を保つ術を失い、その場に倒れ込んで動きを止めた。
「あああああああ―――!!!!!!」
錯乱した少女がさらに人形を縁に向かわせる。
縁は警戒を続けながらも、その視線は砕いた人形の足の方に向いていた。
足は陶器のような白く滑らかな材質だった。
(意外と脆い……これじゃあ地面を砕くのは無理。つまり攻撃に使う手だけ専用の材質に変えているのかな?だとすると―――)
一体の人形が拳を振り上げて来ていた。縁は動じずに身体を人形の懐まで滑る込ませる。リーチの長い攻撃故に、人形の振り下ろしは虚空を切った。
「よっ」
人形の胸の辺りに手を当て、後方に向けて加速度を掛ける。車に撥ねられた時のように人形は急に慣性を得て飛び、そのまま壁に激突して胴体から四肢を分断する形で砕けた。
「警戒すべきは、腕の攻撃だけ」
これで残る人形は半分になり、少女が無防備に孤立する形となった。
その隙を見逃さず、縁は地面を蹴って少女に向かった。
(どんな魔法かは分からない。だが操っている彼女を気絶させれば人形は停止するはず)
「ひぃ!」
少女は怯えて顔を覆い、縮こまる。
縁は躊躇せず少女を攻撃―――出来なかった。
縁と少女の間の僅かな空間が突如、ガラスのようにひび割れた。
「っ!」
加速度を逆にかけて急停止する。
裂けた空間から、紺色のスーツを着用し髪を七三に整えた如何にもサラリーマンといった風貌の男が現れた。
「先走り過ぎですよ、2B5。彼女は魔法を使う矯魔師。そう聞いていたでしょう?複数人で当たるべき敵だ」
「ごめん……3C6」
「はあ、良いですよ。初めまして、魔法を使う矯魔師。私はここでは3C6、彼女は2B5と名乗らせて貰っています」
芝居がかった振る舞いで男が軽く頭を下げる。
「お前たちは、仲間かな」
「ええ。私達は灰かぶりの魔法使い様に選ばれた人間です」
男が仰々しく両手を広げると、先程と同じように周りの空間が所々ひび割れ、中からは老若男女問わず、年齢も世代も服装も統一性も無い20は超える一団が、縁を囲むようにして、次々と現れる。
全員が例外なく、魔法使いである。
「突然で大変失礼ではありますが、貴女には死んで頂きますよ。矯魔師さん」
「……こりゃあ、いくら名有りでも採算取れないでしょ」
縁は半ば現実逃避の手段として、頭の中で行った勘定を口にした。
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