第3話 混乱(1)
少し考えれば分かる事だった。
現代において魔法使いの存在が一般的に知られていないことからも理解出来ることだが、魔法使いは表立って行動することは滅多にない。空腹の魔法使いがそうであったように、活動時間は専ら人目の少ない深夜に偏る。
目立った動きを繰り返せば委員会に認知され、魔法使いを憎悪する矯魔師たちは一度狙った標的は死ぬまで追い続けるので、その魔法使いが人間を積極的に襲う過激派に区分されていたとしても、例えどのような思想を持っていたとしても、自由に行動する為には人目を忍ぶことが自然な成り行きである。
しかし、こと灰かぶりの魔法使いに関しては、その限りでは無かったのだと縁たちは思い知る。一日おきに姿と魔力の質が変化する特性。則ちそれは、生まれ変わって全くの別人になるのと同義だ。
灰かぶりの魔法使いは委員会に認知されることを気にする必要なく、人目を気にする必要も姿が見られることも気にする必要が無く、大胆な行動を起こすことが可能なのだ。
よって、このような事態に陥ることは少し考えれば分かる事なのだ。
二人が到着した時、現場は既にひどい有り様だった。
負傷者は駅前の広域に及ぶ。爆心地と思われる場所には、既に事切れた死体が四つ転がっている。
「……やられた」
「先輩!」
縁は開口一番そう言って死体に駆け寄る。死体の内3人の手には矯魔師の証である、十字架が握られている。
周囲の負傷者で、この四人よりも酷い傷を負っている人間はざっと見渡す限りいない。
つまり、この爆発は矯魔師を主に狙った攻撃であると、縁は確信する。
現在、峯ヶ浜に集まる矯魔師を殺す動機のある者、それは一人しかいない。
「灰かぶりの魔法使いだ」
「で、でも、まだ時間が……」
蕾の言うように、現時刻は17時を少し過ぎたところだ。事前情報では、灰かぶりの魔法使いは魔法を使えない筈である。
「つまり、この爆発は魔法じゃないってことだよ」
「え?」
「ああ、もう!何で気付かなかった!」
自身の至らなさに悪態をついて、縁は改めて周囲を見渡す。
爆心地から近い場所に倒れている二人の少女。眼鏡を掛けている一人は悲鳴を上げており、もう一人は見るからに重症である。
「ちょっといい?」
駆け寄って尋ねるが、眼鏡の少女は気が動転しているのか、縁の言葉に全く反応しなかった。
縁は強引に少女の肩を掴んで目を合わせ、「聞け!」と凄んだ。
あまりの迫力に少女は叫ぶのを止め、縁のことを瞳で捉えた。
「あ、貴女は……?」
「御井葉縁。矯魔師よ。そっちは?」
「……あっ、結城賢音です。御井葉さんと同じ、矯魔師で……そ、そうだ!」
落ち着きを取り戻した結城は、自身に倒れ掛かっていた身体を抱き抱える。
「ノアさんもです!私を庇ってこんな……早く病院に!」
ノアは気を失っているが、辛うじて浅い呼吸を繰り返していた。重症ではあるが、生存の見込みは十分にある。
「落ち着いて。私は応急処置をする。蕾は救急車を」
「わ、分かりました」
指示を飛ばした後、縁はノアの患部に手を翳し、回復魔術を使う。
「っ!私もやります」
「お願い」
回復魔術は体力の回復に切り傷や擦り傷を塞ぐ、等の自然治癒力を多少増大させる程度しか寄与しない。
二人係と言っても、所詮は魔術である。回復力はたかが知れているが、それでも止血には十分有効であり、無いよりはマシだった。
魔術を使いながら、縁は自身の結論を伝える。
「よく聞いて。この騒動は灰かぶりの魔法使いの仕業よ」
「灰かぶり……?でも!」
「質問は後。貴女達は誰にやられた?どうしてこんなことになってる?」
「えっと―――」
狼狽しながらも結城は記憶を必死に思い起こし、躊躇がちに口を開いた。
「……通行人の一人が近づいて来て……その人が持っていた紙袋が爆発した……のだと思います」
「成程ね。大方、その袋に爆弾か何かが入ってたんだ。通行人は灰かぶりの魔法使いの仲間だね」
「爆弾…………?仲間…………?でも灰かぶりの魔法使いの魔法は―――」
「18時から?その制約は魔法が使えるのは、でしょ?魔法で起こした影響までは消えない。魔法で壊した物はそのままだし、殺したものは死んだまま。私達が一番よく知ってる筈」
例えば、魔法によって間接的に爆弾を作り出せば、魔法が消えても爆弾は残るだろう。
(何より一番恐ろしい事実は、灰かぶりの魔法使いが純粋に本人の人心掌握術で仲間を増やしている、ということかな)
灰かぶりの魔法使いは魔法の力を他者に与え、手駒として扱う。
力を与えられた人間は洗脳のような形で無理矢理操られている訳では無く、自らの意志で魔法使いの側に組しており、加えて自爆特攻を仕掛ける程に灰かぶりの魔法使いに傾倒している。
(単調で動きの読みやすい、機械的な兵隊の方がよっぽどやりやすかった。相手は思考と動機を有する、明確な反逆者だ)
思わぬ方向からの奇襲によって痛手を負った。次に灰かぶりの魔法使いはどのような手段を取って来るのか。縁は頭の中で見当を立てる。
「これは矯魔師を狙った襲撃だよ。生き残っている私たちを奴らが見逃す道理は無い。まだどこかに仲間がいるかもしれないから、処置が終わったらここから早く離れないと」
「分かりました」
二人は精一杯集中して回復魔術を行使する。
駅前の騒動を受けて集まった人混みの中、その様子を遠巻きに眺めている男がいた。
男の血走った双眼が意識をけが人に割く為に無防備に背中を晒している縁を捉えた。
「約束。これで……俺は……」
興奮を必死に抑えるように身体を震わせながら、男は懐から取り出した黒色の鉄塊を腰に構える。
造形は無骨だがグリップと砲身、引金に当たる部分がそれぞれあることが見て取れる。その鉄塊は拳銃だった。
男はガタガタと震える手で拳銃を縁に向け、引金に指を掛けた。
そして、引金が引かれた。
銃声と共に銃弾が人混みの間を駆け抜け、真っすぐに縁へと向かう。
しかし、銃弾が縁に辿り着くことは無かった。
突如土の壁が三人を男の視点から覆い隠したのだ。「何!?」と男は驚愕の声を上げ、結城もまた驚いた表情で土の壁を見つめる。
「……これは?」
「警戒していて正解だったね。狙われた。直ぐにここを離れるよ。動ける?」
治療が済んだので縁はノアを肩に担いで立ち上がり、結城は訳も分からずそれに追従した。
二人が歩き出しその時時、二人を中心に土煙が広がり、その場と駅までに続く道のりを包み込んだ。
「先輩!」
二人は駅の中まで駆け込み、蕾も遅れて二人に合流した。
「ナイス蕾。良い仕事だったよ」
縁は治療の時間を稼ぐ為。敢えて一方向に隙を晒すことで次の奇襲が自分に向けられるようにして、先手が取られても早急に対処出来るようにしていた。
そして先程の土煙は、縁の意図を理解した蕾が同じく土を操る魔術で目眩しの為に起こしたものだった。
「二人はこのまま救急車が来るまで駅の中で待機。絶対に外に出ないようにね。駅内にも怪しい人間がいるかもしれないから、その時は気を付けて」
「先輩はどうするんですか?」
「私は外にいる奴を片付ける。数が一人とは限らないし、あのまま放置していたら民間人に危害を加える可能性もある」
「一人でですか!?無茶です!」
「むしろ籠城している二人の方が危険だよ。けが人も抱えている訳だし」
縁は担いでいたノアを下ろし、蕾に預ける。
「相手は実弾を使って来る。最初みたいに爆弾で特攻を仕掛けて来るかもしれない。もし敵と戦う時は槍じゃなくて魔術を主体に、そして出来るだけ接触を避けることを第一に考えてね。あと、魔術を使うところは民間人には見られたら駄目だから、使う時はさっきみたいに目眩ましをしてね。それじゃあよろしく」
「先輩!」
告げるべき事だけを一方的に言い切り、縁は駅から未だ土煙が薄く立ち昇る駅前に出た。
けが人とその応急処置をする人間。興味本位の野次馬で駅前は騒然としている。
この状況でさらに銃で暴れられれば、いよいよ収拾がつかなくなるだろう。
「……さて」
縁はぐるりと人混みを見渡す。
煙の隙間から先程自身を狙った男と目が合った。
(一人ずつ、だね)
縁は魔術で再び土煙を生成、男の周辺に放つ。そのまま男に向かって突進した。
「馬鹿が!」
男は視界が塞がれる前に縁に銃口を向けて何発か発砲し、その内の一発は縁の頭に着弾した。
弾が命中したことを確認したと同時に、男の周りが土煙に覆われる。
次の瞬間、縁が煙を掻き分けて姿を現した。
「なにっ!?」
拳銃を構え直すが遅い、動作に入る前に縁の右足の足払いが男の手を襲い、拳銃が手元から離れる。回転の勢いをそのままに軸足を変えてもう半回転、今度は左足が男の側頭部を完璧に捉え、「がはっ!」と情けない声を上げなら男の身体は無残に吹っ飛んで行く。
縁が一人で行動した理由は主に二つ。
一つは、二人を巻き込まない為。
もう一つは、自分が魔法を使うところを見られないようにする為。
「まず一人、と」
縁は額に触れた瞬間に逆方向の加速度を与えて動きを止めた銃弾を放り捨て、周囲への警戒を続けた。
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