第11話 決着

「「確かに私達は油断していた。隙をついた攻撃も、完璧だった。なのにどうしてお前が倒れているのか。不思議でしょうがない。そんな顔だね。天井が崩れたことから三階に縁がいたことは間違いない。だから少なくとも二階には敵がいないと考えている。その隙を突こうって考えたんでしょ?」」


 地面に突っ伏す蕾を見下ろしながら空腹の魔法使いは言う。


「「備えていたんだよ。と言っても、気構えだけだけどね。例え一人の居場所が分かったとしても、居場所が分からないもう一人が息を潜めている。あからさまに一人が居場所を示されれば、不意を突かれる可能性があることには気づいていた。さっきの攻撃は確かに不意を突かれたけど想定自体はしていたから、反応が遅れても対応は間に合った。まあ、残念ながら腕はこうなったけど」」


 槍が深々と刺さり、ぐちゃぐちゃに変形した右腕を蕾に見せる。自身の身体を狙う槍を、その進路に腕をねじ込ませることで無理矢理止めたのだから、当然の結果である。


 身体に固定されたことを逆に利用し、引き合いの末に蕾の手元から槍が離れた後は、それを抜いて無造作に教室の床に放り投げた。


「「私たちは敵の数を間違えたことで一度痛い目を見た。相手は御井葉縁一人ではない。例え弱くても、私達はお前のことをちゃんと想定の内に入っていた。舐めてるのはお前の方だったんだよ、蕾」」


 側頭部を打たれて平衡感覚が狂う。血も流れている。朦朧とする意識の中、蕾は必死に顔を上げた。


「「逆にすべきだったね。一撃の速さも、重さも、縁には遠く及ばないお前じゃなくて縁なら、相討ちくらいには持ち込めたかもしれない。」」


「……別に。作戦なんて立ててませんから。立てる暇が無かったから……私は私が出来る最善の行動を取っただけです」


「「その結果死ぬわけだ」」


「……ぐっ」


 必死に起き上がろうとする蕾の背中を踏みつける。


 これで一人。


 空腹の魔法使いは緊張を解かずに周囲に意識を張り巡らせる。未だ虎視眈々と自分を狙うもう一人に、隙を見せない為。


「「縁はどこだ」」


「……知りません。」


「「そうか」」


 なら殺そう。


 不安材料は一つでも排除する。


「うぅ……」


 左腕で蕾の襟を掴んで持ち上げる。


 蕾は悲痛な呻きを上げた。


((このまま食べるか?だが食事中に無防備な姿を晒すのは良くない))


 食事とは生物が最も気の緩む時間の一つだ。どれだけ意識していようとも、ほんの一瞬緊張の糸が切れる可能性がある。


((……まだ力に余裕はある。糧の補充は喫緊の問題じゃない。それなら余計なことをされない内に殺すのが最適))


「っ!がはっ!」


 掴む位置を首に変え、そのまま締め上げた。


 ギリギリギリ。肉を凝縮する鈍く、痛々しい音が出る。


(ああ―――)


 痛みと同時に、脳に送られる酸素が少なくなっているのを蕾は感じていた。


(私はここで死ぬ)


 息が詰まり意識は途切れ、最期は首の骨がへし折れる。


 思考すら危うい筈なのに、これから訪れるであろう未来だけは鮮明に思い浮かべることが出来た。


 蕾の頭は冷静に未来を俯瞰し、見定め、諦めてしまったのだ。


(復讐も果たせなかった。目的も分からなかった。何も出来なかった。でも、姉の後ろを無鉄砲に追い続けて来た私には、相応しい結末なのかもしれない)


 蕾は、死に際については特に後悔は無かった。


 何を後悔するべきかが分からなかったのだ。


 仇を討てなかったことか?


 確かに蕾は空腹の魔法使いのことが憎かった。


 両親を殺され。姉を殺され。憎くないわけが無い。


 だがその復讐が自分の人生を全て賭けて、命すら犠牲にしてでも達成したかったことなのかと問われれば、蕾は素直に首を縦に振ることは出来なかった。


 自分の気持ちが分からない。


 向き合おうとしなかったからだ。


 他者に理由を押し付けて生きて来たつけが回って来たのだ。


(……心残りと言えばそれくらいでしょうか?その感情にも意味は無いのでしょう。時間が撒き戻っても私は同じように生きて、同じような後悔を持って死ぬ。無駄な幻想)


 前もって出来ないから、後悔という名前なのだ。


 過去に戻っても変わらない。


 今となってはもう遅い。


 死に際に思っても、遺せるものは何もない。


(でも最後に、自分の言葉を多少なりとも形に出来たことについては、良くやったと褒めてやるべきでしょうか)


 達成したこととしては傍から見れば余りにも小さいもの。けれど彼女にとっては十分大きく、価値のあるものだった。


(姉さんはいない。私は一人で生きていくしかない。先輩のおかげで言葉にすることが出来た。それだけで―――)


 後悔は無い。走馬灯を眺めるだけの時間。


 その筈なのに。


(先輩がいて。私が選んで。その先はどうなるんだろう?矯魔師として生きる?それとも……)


 死の瞬間。


 世界がスローモーションのように、時間の流れが遅く感じる中。


 そこでの思考が自分に叶わない未来を想像させる。


(あれ?何でそんなこと考えるんだろう?無駄なのに。今更なのに。もしかして私は―――)


「……嫌だ」


「「ん?」」


 なけなしの力を振り絞って、左手を上げる。


(―――まだ、死にたくない)


 そして、左手から魔術で光を生み出した。


 懐中電灯ほどの光量が空腹の魔法使いに向けられる。


「「なっ!」」


 今戦っているのは月明かりと星明かり以外にまともな光源は無い、夜の校舎である。


 暗闇の中、いきなり現れた光。


 目が一瞬潰れる。


「「お前―――」」


 視界が白く染まり、薄っすらとしか蕾の姿は分からない。だが腕はしっかりと蕾の首を掴んでいる。


((このまま握り潰して―――いや、違う!))


 咄嗟に蕾を投げ飛ばし、空腹の魔法使いは倒れ込むくらいの勢いで後ろに下がった。


 生に必死にしがみついてた反動から、消耗していた蕾は気を失って倒れる。


 が二人の間を通過した。


 服や髪を掠めるがギリギリのところで躱したその槍は教室の壁に突き刺さり、振動と爆音が生じる。


 視界がボヤけていても、空腹の魔法使いには槍が投擲されたことは理解出来た。


((は、ははっ……やった!これでアイツの勝ちの目は無くなった!))


 槍が通過した際の風の流れ。着弾した音の向き。それらの情報から槍の来た方向を割り出し、その逆に向かう。


 校舎の端の教室。天井が崩された教室が並ぶ一帯。そこから槍は来ていた。


 大体の方向が分かればいいい。出し惜しむことはもうしなくて良いからだ。


「「死ね!矯魔師!」」


 空腹の魔法使いは左手を向けて、打ち出した。


 炎ではない。それは真っ白な光線だった。


 廊下で燃えている炎とは比べ物にならない熱量と、蕾の使った魔術を遥かに凌ぐ光量。


 触れれば何もかもを消滅させるエネルギーの塊が教室二、三個分の空間を吹き飛ばす。それどころか校舎の二階を中心に、一階から屋上まで巻き込んだ破壊が校舎には刻まれた。


「「はあ、はあ」」


 光が収まる。


 膨大なエネルギーを消費したことによる呼吸の乱れを整える。


 視界が戻った頃。最初に目に飛び込んだのは、校舎の角一帯が瓦礫の一片もすら残らず、ごっそりと失われた光景だった。


「「……やった……」」


 ここまで大規模な攻撃を向けられれば、窓から出ようが関係ない。


 逃げ場も、猶予も無い。


 人間があの一撃を防いだり避けることは不可能だ。


((あれを喰らって生きている人間がいる訳が無い))


 油断は無い。


 見落としもない。


「「これで―――」」


 自身の勝ちは揺るぎ無い。そう思った。


「うん」


 から、聞き覚えのある声が挿し込まれた。


 聞こえる筈の無い、既にこの世に存在しない筈の音色だった。


 反射的に視線を上げると、まるで彼女の周りだけ重力が小さくなっているかのように、


「「……は?」」


 何が、起こっているのか。


 理解が追い付かない。


 グチョリ。肉が破れ液体が吹き出す音が鳴る。


 視線を下げると、自分の胸から槍の柄の部分が生えていた。


 と同く、気が付けば槍に胸を貫かれ、傷口からは滝のように血が流れ落ちている。


((槍……一体どこから?誰が?いやいやそれ以前に、何でアイツは浮いている!?魔術?矯魔師の魔術は単純で稚拙な紛いものだ。空中浮遊なんて出来やしない……なら、アイツが使っているのは―――))


 空腹の魔法使いが辿り着いた答えは、現実ではあり得ないものである。


 しかし、その答えを否定しまえば自身の存在もまた否定される。


 だから認めざるを得なかった。


「「お前……まさか……」」


「私の勝ちだよ。空腹の魔法使い」


 縁は胸から生えた柄を握り、横に薙ぎ払う。


 肉が千切れ、骨が割れ、血飛沫が勢いよく舞った。


 ガクリ。


 膝をつく。


 致命傷を癒す程の糧を、持ち合わせてはいない。


 御井葉縁の勝利により、戦いは終結した。

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