第6話 調査

 死んだと思われていた宇津花菫と遭遇した、その翌日。


 学校の昼休みに蕾のクラスに一人の来訪者があった。


「宇津花蕾さんってこのクラスにいますか?」


「……はい?」


 自身の名前を口にした上級生を見て、蕾は言葉が出なかった。




 ※※※※




 例のごとく、人気の無い昼休みの屋上。


「やっほ~い。蕾ちゃん元気してた~?」


 努めて軽快に、縁は蕾に対して問い掛けた。


「……」


「あれ?どしたの蕾ちゃん?元気ないよ?」


「……困惑してるんですよ。あんな別れ方をした次の日に、そんな軽いノリで来られるとは思いませんでしたから」


 蕾としては、今後関係修復が出来ないであろう覚悟を持った決別だった。それにも関わらずこのような形で再開されれば、肩透かしだと感じるのも無理は無いだろう。


「というか、キャラ変わっていませんか?」


「後輩に親しみやすいキャラで行こうかなって思ってさ♪」


「はあ……」


 確かに文字列だけなら、軽くて親しみやすい雰囲気にはなっているだろう。が、縁の無表情で冷たく相手を見つめる所作は変わっておらず、また言葉の音程も起伏の少ない平淡のものであるので、親しみやすさよりも不気味さが際立ってしまっている。


「それにさ、蕾ちゃんもキャラ変わってるくない?そんな冷たい感じじゃ無かったでしょ」


「それは……」


「一度寝て、また出会えば引き摺らず仲良くなれるのが、子供の特権ってもんよ」


 そう言って縁は親指を突き立てる。


 最早何のキャラか分からない。


 これではキャラ変ではなく、キャラ崩壊だ。


「戻ってくれませんか?前の先輩の方が幾許か話しやすいです」


「ええ~!前の私のことがそんなに好きなんだ!もう!しょうがないなあ~。じゃあ、本題に入るね」


 スン、といつもの調子に戻った。


「いや、よく考えたらさ。行方不明者が出ているなら「空腹の魔法使い」が生きている可能性はあるし、もしそうなら矯魔師として彼等を殺さなくちゃならないのは、私も蕾も同じでしょ?行動は一緒にしなくても情報ぐらいは共有した方が良いと思ったんだよ」


 今の宇津花菫が本物かどうかと、「空腹の魔法使い」を殺すことは別問題だ。前者について道をたがえたとしても、後者について協力関係を築けないという訳ではない。


「それなら携帯で……ああ、先輩には連絡先教えてませんでしたね」


「そう。だからわざわざ会いに来たって訳」


 お互いの携帯を突き合わせて、連絡先の交換をする。


(そうか。連絡先だってまともに知らなかったんだよね。この人のことが分からない、なんて言っていたけど、それも当たり前のことだ)


 理解し合うどころか、お互いにお互いのことを知ろうとすらしなかった。


 改めて考えれば、両者の反りが合わずに決別したのも当然の帰結だった。


「これでもう用は終わりですか?」


「うん」


「じゃあ……私はこれで」


 用件を済ませればすぐ、蕾は踵を返した。去り際に「今日は菫と「空腹の魔法使い」を探すのかい?」と縁が問えば、「はい」とそっぽを向きながら答える。


「昨日は行方不明者も出ていないようですけど、あの緑地公園付近で原因不明の失踪事件が起こっていることには変わりがありません。調べる価値はあると思います」


「同感だね。私達が「空腹の魔法使い」と遭遇した時も、何日か捜索したものだよ。彼等は必ずしも毎日食事を摂る必要が無いから、狩りを始めるまで根気よく待つしかない。あと、もう一つ先輩風を吹かせて貰うなら、今の菫が偽物だった場合、そいつは十中八九魔法使いだ。人に化ける―――姿だけでなく仕草まで似せられる魔法。それがどういう魔法なのか、魔法についてある程度当たりがついらなら次はどうやって対策するか、考えておいた方が良い」


「……先輩は、やっぱり姉さんが偽物だと言うんですね」


「ああ。私は、あの炎の中から人間が生き残るのはあり得ないと思っている。ただ、蕾が私をおかしいと思うのも理解できる。証拠がない直感に理解が得られないのは当然だ」


 自身の筋の通ってなさは、自分が一番良く理解している。


「だから、分かれて行動するのは良い判断だった、って思うよ」


「……」


 理解しているからこそ、縁は蕾の選択を責めなかった。先輩として少しばかりのアドバイスをするのみで、彼女の選択を尊重する。


「どれだけ低い確率でも、その一発を引かれた虫けらみたいにあっけなく死ぬのが私達矯魔師だ。備えあっては憂いなし、だよ。菫が本物だと考えるのは構わない。けれど偽物であったとき、どういう立ち振る舞いをすべきかはしっかりと想像しておくことだよ。まあ、私の言葉を聞くか聞かないかは蕾の自由だけどね」


「わざわざご忠告、ありがとうございます」


 結局こっちを向かないまま、蕾は屋上から去って行った。


 彼女が聞いてるのか聞いていないのかは分からないが、これ以上自分から言っても意味は無いだろうと、しつこく念押すことはせず、一人になった屋上で一つ大きくため息をついた。


「本当に、生意気な後輩だなあ」





 ※※※※






 緑地公園の付近は、特に自然との調和を意識した街づくりをされているため道に備え付けられた明かりが少ない。斑にうっすらと灯るオレンジ色の街灯のみが深夜の道筋を照らしている。


 そんな通り道を、見た目は小学生くらいの背丈と童顔で、手提げ鞄を持った一人の少年が歩いていた。


 どうしてこのような時間に子供が一人でいるのか。現代においては小学生であっても塾での勉強や習い事に夜遅くまで打ち込むということは、あり得ない話ではない。


 少年は早歩きで帰路に付いていた。


「ねえ」


 突然、背後から声を掛けられて少年は歩を止めた。


 少年が振り向くと、そこにはフードを目深に被った、ジャージに身を包む人物が少年に向かって歩いて来る。


 顔が判別できないことは勿論、暗色で所々ほつれたみすぼらしいジャージを、チャックも閉めずにだらしなく着用したその人物は、誰がどう見ても不審人物だった。


「夜遅くに、こんな道を子供が一人で通るのは危ないよ。私が付いていてあげようか?」


 親切心があろうがなかろうが、昨今の情勢では問答無用で不審者だと断定されそうな提案。


「えっと……」


 少年は答えに窮する。その隙を逃さないように、ジャージ姿の人物は少年との距離を一歩一歩詰めて行き、やがてお互いの手が届く距離にまで近づいた。


「ほら……どうしたの?」


 ジャージ姿の人物が少年に手を伸ばした所―――逆に少年の手が、その人物のジャージの裾を掴んだ。


 直後、


 少しの風圧と音を響かせながら、その場にはジャージを掴んでいた手を握りしめた少年だけが残された。


「ったく、舐めんなよ」


 乱暴な口調でそう吐き捨てた少年は先程の気弱な雰囲気とは打って変わり、得意顔で自身の握りこぶしを見下ろした。


「うん?」


 握拳に違和感を覚えて、開く。そこにはハンカチ程度の大きさまで小さくなったジャージの上着のみが残されていた。


 それは、とは違った光景だった。


「成程。物体を縮小する魔法か」


 同時に、背後から声がする。振り向くとそこにはさっき少年に声を掛けた人物が、今度は上着を脱いだ姿で、長髪に冷たい瞳を持つ顔を晒した状態で立っている。


「でも、自分の手で触れたもの以外には作用しないみたいだね」


「お前、誰だ!!」


 少年が吠える。


 御井葉縁は、「ただの矯魔師だよ」といつも通り平淡に答える。


「矯魔師だあ?」


「私も聞く。お前が最近ここらで行方不明者を出している、魔法使いか?」


「……そうだ、って言ったら?」


「そうか……いや、お前にとってはどうでもいい話だ。私が確認を取りたかっただけ」


「はあ?」


 縁は十字架を取り出す。十字架は直ぐに拡大され、槍となる。


 魔法使いにとっての天敵と言える、聖なる槍。得物を携えたことにより、二人の間に緊張が走る。


 だが、まだ動かない。


「魔法使いだと分かった以上、何をしたって、私はお前を殺さなくてはならないからね。お前が死ぬことには変わりない」


「はっ、言ってくれるじゃん」


「……ああもしかして、私達が「空腹の魔法使い」が起こしたと思っていた事件も、一部はお前の仕業だったのかな?」


 場馴れしている。と縁は少年の振る舞いから感じていた。


 魔法使いは魔法を扱えるというだけの、ただの人間。その誰とも違う一点が人格を歪ませる要因になることはあるが、それは人間だって同じだ。


 多種多様な環境に、人間関係に、経験に、晒されることで人間は他の誰とも異なる個人となる。その過程で、異様な価値観を形成する場合もある。魔法という、圧倒的な個性であっても結局は同じら人格形成の一助でしかない。


 だから縁は思う。


 魔法が使えるだけで、その人間が全員人殺しなることはない。一般的な人間と同様に、それよりは多少偏りがあろうとも、確率的にはどちらも等価である、と。


 人殺しなるような人間。


 人殺しになるような魔法使い。


 正当防衛とかを抜きにして、自身の私利私欲の為に殺す奴等は、どの世界でだって少数派だ。


 目の前少年は、その少数派に分類される。


 自己防衛以外の目的で人を殺す奴は歯止めが効かないことを、縁はよく知っている。


「お前、アイツらの起こした事件のどさくさに紛れて、何人も殺しただろ?」


 ただの経験則だと言われればそれまでだが、少年の何の躊躇いもなく人間を処理する様は、十人程度手に掛けたくらいじゃ到達出来ない領域だと、縁は直感的に判断した。


「悪いかよ。都合よく罪を被ってくれる奴がいるんだ。利用しない手はねえだろが」


 悪びれもせず、少年は肯定した。


「もしそのまま消えてたら、殺されることも無かったのにね」


「―――さっきから聞いてれば、殺すだと?お前が?俺をか?馬鹿なこと言うなよ。俺は魔法使いだぞ?」


「私は「空腹の魔法使い」を殺した。アイツらに比べたら、お前は遥かに弱い」


 弱い。


 その単語に反応して、少年の眉が僅かに動いた。


「ねえ、聞いて良いかな?」


「んだよ?」


「どうして人を殺す?」


「はあ?」


 どうして今、そのような益の無いことを話すのか。分かってはいても、縁は聞かずにはいられなかった。


 少年の隠れ蓑―――「空腹の魔法使い」はもういない。


 その状況で目立った動きをすれば、やがてはこうして矯魔師に目を付けられて、殺される可能性があるのは少年だって分かっていた筈だ。


 しかし少年は殺すことをやめなかった。そして案の定縁と出会ってしまった。


 少年の取った行動は、誰がどう見ても軽率と言わざるを得ないだろう。


 他人を犠牲にして金を得て、敵わない相手と相対した時は躊躇わず逃げる。そうやって自分の命を最優先にしてこれまで生き延びて来て今に至る縁には、少年の気持ちがまるで理解出来なかった。


 もしかしたら、彼には何か自分の知らない、尤もらしい動機があるのではないか。


 だとすれば、人を殺さなければいけない理由とは何なのか。


 例えば、魔法を使うのに人の贄が必要だとか、生活するために人の肉が必要だとか、人間にとっての睡眠や食事のように、生きる上で無くてはならない。


 半分は個人的な好奇心で、もう半分は矯魔師として魔法使いについての有用な情報を仕入れるため、縁は聞いた。が、少年は縁の期待に応えることはなかった。


「お前ら人間は、魔法使いより格下だ。お前を蟲を気まぐれに殺すのに、わざわざ理由付けをするのかよ?」


 ああ。そういうタイプか、と縁は思わず薄っすらと、笑みを浮かべる。


 ある程度は予想していたが、ここまで想像どうりだと却って可笑しくなったのだ。


 その表情が、少年はさらに苛立たせる。


「何がおかしい」


「いや、お前みたいな自己顕示欲を満たす為だけに魔法を使っている奴が、一番やりやすいなって思っただけだよ。だってそうでしょう?お前は空腹の魔法使いに―――自分より強い奴の陰に隠れて、自分より弱い人たちを殺してきた。安全圏にいる時だけイキれる小物。それがお前という矮小で。卑怯な魔法使いの本質だ」


 蔑みの言葉を、これでもかと並べられる。少年の我慢は限界に達していた。


「うるせえな人間風情が!!俺は!あんな奴らくらい目でもねえんだよ!」


 戦いの火蓋が切って落とされる。


 先に動いたのは少年。


「行け!ガンド!!」


 怒号に呼応して。少年のポケットの中から何かが飛び出す。


 その影は徐々に大きくなって行き、最終的には四メートルは優に超えるだろう巨体へと変貌する。


 影の正体は巨大な鼠だった。


 夜行性の生物特有の鋭く光った捕食者の眼と、人をも噛み殺せるだろう前歯が縁へと向けられる。


(触れたものを大きくすることも出来るのか。猶予を与えすぎると厄介だ)


 人間を襲うように調教された、いつでも懐から取り出せる猛獣。差し詰めこの鼠は少年の使い魔だ。


「ガンド。あいつが今日の餌だよ。いつもみたいに小さく出来ないから、君の方を大きくしたよ」


 今日の、とはつまり、これまでも餌があったということだ。


「今までの行方不明者も、その化け物に食わしたの?」


「化け物じゃない。ガンドだ。ガンドは人間の肉が大好きなんだよ。だからたらふく食べさせたい。飼い主として当然の気持ちだろ?」


「ただ殺すだけで、随分回りくどいことをするじゃない」


「自分が種として絶対的強者だと思っていた奴が、下に見ていた小動物に情けなく食われる様は滑稽だ。一度見たらやめられないよ」


「……悪趣味ね」


「やれ!」


 少年の指令に応答し、鼠が鳴く―――いや、吠える。


 魔法により大きくなった身体は本来の姿よりも深く、低く空気を震わせる。野太い鳴き声と共に、ガンドと呼ばれた鼠は縁に飛び掛かる。


 縁は間一髪のところで後ろに跳躍して鼠の一撃を躱す。


 すかさず、懐から十字架を取り出し、槍に形を変えて構える。


 少年との距離は一気に離れてしまい、さらに鼠が間に立ち少年を守っている。


 距離を詰めすぎれば、触れられて小さくされる。その時点で死を意味する。


 逆に離れすぎれば、少年の懐から次に何が出てくるか分からない。彼が鼠の他にも兵隊を隠し持っている可能性は十分ある。少なくとも自分なら手札を増やす為に、保険の意味合いも込めて他に何個か用意しておくだろう。単純な数の暴力に訴えられれば分が悪いことは明らかだ。


 距離にして10メートル弱。数歩と槍を伸ばせばぎりぎり届く間合い。


(この距離を保つ)


 鼠は歯を剥き出しに、顔から縁目掛けて迫ってくる。それをまた間一髪、自身の髪先が鼠に触れるくらいギリギリで右にステップして躱す。


 鼠が左側に突っ込み、鼠の視界から自分が外れたであろうタイミングで、縁はそのまま少年がいた方向に、前へと進む。しかしそこに少年はいない。


(あくまでも鼠が盾、か)


 少年は縁が移動するのと同時に、縁から見て鼠の反対側に回り込んでいた。


 それから数度、鼠が攻撃を仕掛け、縁がすんでの所で躱す、という一連の攻防が繰り返される。


 その間少年は徹底して鼠を中心とした、縁とは点対称な位置を陣取っている。


 縁に直接叩かれないよう、鼠を盾にし、攻撃も鼠に任せる。弱いと言われたら憤るが、その戦い方は自身の弱さをよく知っている者の立ち回りだ。


(腐っても魔法使い。自分の最も適したやり方がよく分かっている。でも―――)


 鼠の攻撃を躱す。また少年のいた方へ。少年はいない。


(ならどうして、兵隊でも武器でも、もっと増やして来ないんだ?)


 あるものを本来の大きさよりも小さく、また本来の大きさよりも大きくする魔法。その最も効果的な使い方は、数の暴力。戦術も戦略も介在しない、大規模な質量攻撃である。


 これほど徹底した立ち回りをする少年が、そのことを分かっていないとは思えない。


(鼠以外に持ち合わせがないのか?もしくは、私を警戒している?ならそれは私の落ち度だけど、もしそうじゃないなら)


 縁は確認の為、鼠の攻撃を避けた後、何度か敢えて隙を見せた。


 身体のバランスを崩し、人間の身体能力ではそこから絶対に攻撃に移れない位置、体勢。


 そんな決定的な隙に、少年は何もしてこなかった。


「おいおいどうした!?避けてばっかじゃ食われちまうぞ!?」


 少年はただ鼠の後ろで、煽ってくるだけ。


(成る程)


 縁は確信する。


()


 鼠の攻撃。左に躱す。もう何度繰り返したか分からない動作。


 だが、そこからが違った。


 縁は一歩下がる。それにより大きな動きが出来るくらいのスペースを確保する。


 そして、縁は槍を鼠に向かって思いっきり投擲した。


 槍は巨体を抉り、血が噴水のように吹き出した。鼠は野太い悲鳴を上げるが、それで槍は止まらない。


 槍の勢いはそのままに、鼠を一直線に貫いた。


 グチャリ。


 遅れて、肉が潰れる音。


 さらに遅れて、短い断末魔。


 鼠はどんどん小さくなり、元の掌に乗る程度の大きさに戻って、ピィピィとこちらも断末魔のような鳴き声を上げた後、ピタリと動かなくなった。


 鼠の先には、少年が槍に胸元を貫かれ、絶命していた。


 槍は少年を縫い付けるように、胸を貫通した後、後ろにある壁にまで食い込んでいた。


 少年は最後に何を語ったのか。恨み節か、命乞いか。今となっては分からない。


 縁は大して気にもならない。


 少年の遺体を足で押さえて槍を引っこ抜き、上から下へ穂を払うことで付着した血を飛ばす。


 少年がどうして鼠以外を使わなかったか、使おうとすらしなかったのか。その理由は―――


(獲物を弄ぶ為。理解出来ないな)


 本来なら、少年の魔法はもっと強力なものだった筈だ。


 単純な話、先程の鼠を百匹程用意されればそれだけで縁はお手上げである。


 それこそ、少年の言うように「空腹の魔法使い」に匹敵する程の、名有りと比べて遜色ない魔法使いであってもおかしくはなかった。


 だが、少年はその強さを、可能性を、他ならぬ自分自身の手で潰した。


 敢えて勝率の低くくなる戦い方をし、くだらない趣向を優先した為に、こうして死んでいく。


 そのことが縁には理解出来なかった。


(そう言えば、「空腹の魔法使い」も結局はそんな感じだったっけ)


 彼等も自身が生み出した炎に、最期は首を絞められることになった。


 丸焼きが好きだから。


 獲物をじりじりと追い詰められるから。


 そんな下らない理由だ。


(ああいう奴等ばっか見続ければ、そりゃあ、魔法使いを殺し尽くしたくなる気持ちも分からなくもないかな)


 欲求を満たす為だけに人を殺した少年と「空腹の魔法使い」。


 けれど中には、先月殺した男の魔法使いのように、虫も殺せないようなお人好しも確かに存在する。それもまた事実だ。


 縁はこれまで五人の名有りの魔法使いを殺してきた。ただの魔法使いに至っては。殺した数は十倍でも足りないだろう。


 十人十色な性格・価値観を彼ら彼女らは持っていたが、「残忍な者」、「優しい者」、のように、それらをもし単純な記号で分類するのなら、最も多くカテゴライズされるのは間違いなく「普通の者」だ。


 人並みに他人に優しく、けれど自分にも甘い。魔が差すことはあるけれど大犯罪を起こすほど狂っていない。ほどほどに真面目で、努力家。たまに不真面目で、怠惰。悪い所も良い所も、どちらかに振り切れることなくどちらも有しており、時と場合によってその天秤の傾き方は変化する。聖人君子では決してない。けれど極悪人かと言われれば、それは言い過ぎなように感じる。


 そんな、誰しもが経験する二律背反を内包した、ごく普通の人間が、魔法使いも大多数を占めている。


 前の男の魔法使いも、今の少年の魔法塚いと「空腹の魔法使い」も、少数派であり、魔法使いとして異常な存在と見なされる。そして少数派に共通して言えることは、縁の経験上そのような魔法使いは強力な魔法を使えることが多い。それは例に挙げた三人を思い出せば分かるだろう。


 強い魔法が使えたから、歪んだのか。


 歪んでいるから、強い魔法が使えるのか。


 委員会としては、前者の方が都合が良い。強力な魔法の悪性を認められることが何より委員会の魔法は絶対悪である、という主張に正当性を持たせられるからだ。


 でも後者なら?魔法が影響して悪性が成されるのではなく、元々本質的に狂っていた人間が偶々魔法を使っていただけなら?委員会の主張は「肉屋の殺人鬼が捕まったから残りの肉屋も犯罪者として捕まえ処刑すべきだ」と宣うくらい突拍子の無い理屈に成り下がる。そして「普通の者」たちが多いという事実は、後者の方を支持している。


 ―――結局、縁はそれらを殺すことには変わりないのだから、今更うだうだと考えても意味は無い。


 お金の為。生きる為。


 浅はかだと罵られようと。利己的だと軽蔑されようと。それが縁の出した答え。選び取った道だ。


 魔法使い。


 聖罰委員会。


 両者を比べて、真実を見極めて、どう行動すべきなのか。


(彼女はどんな答えを出すのだろう)


 願わくば、それが、きっと彼女は喜ぶだろう。


(……そこまで干渉するのはお節介か)


「先輩!こんな所で何をしているんですか?」


 たった今、頭の中で前途を憂いていた後輩の声が聞こえる。気のせいではない。呼び掛けられた方角を見ると、蕾がこちらに向かって駆け込んで来た。蕾が先行して、その後ろを少し遅れて来る菫の姿も見える。


 何故こんな場所に、とは思わない。彼女らも緑地公園の神隠しについて調査をしているのだ。縁と同じように、この近辺に偶然居合わせたととしても不思議は無い。


「何って……ほら、仕事だよ」


 槍の穂先で少年の遺体を示す。


 菫はそれを一瞥して、すぐにこちらに向き直った。理由を聞いて来た割には随分と素っ気ない、あまり興味がない様子である。


「とりあえず、その格好をどうにかしましょう」


「え……あっ」


 縁は改めて自身の姿を見やる。


 ジャージのズボンに、上は白色の薄い肌着。しかも鼠の血を全身に浴びて肌も服も赤く色づけされており、錆びた鉄に似た醜悪な匂いを放っている。


 年頃の乙女の格好としては、あまりにも不相応なものだった。

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