第52話 番外編
おかしなことになった。私は冷や汗をかく。
目の前にはすらっとしたスタイルに、結構整った顔立ちをした爽やか青年。テーブルを挟んで二人、向かい合っている。注文したドリンクが運ばれてくるところだった。
「とりあえず、頂きましょうか」
「は、はあ、では頂きます」
二人で静かに食事を始める。向かいの彼をちらりと盗み見した。
彼は徳島さん、というらしい。違う会社だが、大手に勤めてる二十八歳。
私がなぜ、こんな高スペックな男性と食事をすることになったのか、話せば長くなる。
今働いている会社に、とってもかわいい後輩がいる。
顔がとかじゃなくて、めちゃくちゃいい子で、名前は伊織ちゃんというホンワカ系女子。仕事はしっかり出来るし真面目。人が困ってると自然と声を掛けることが出来る、絵にかいたような優等生タイプだ。
隣の席なのだが、私にも懐いてくれていて、笑顔でにこにこ接してくれるもんだから、ああもう可愛いなこいつ、と好感を抱き、仲良くしている。
しかし伊織ちゃんは、何せいい子過ぎて心配になることもある。変な人に騙されないかい? 手柄横取りされないかい? もっと他人を疑うということを覚えた方がいいんじゃないとすら思うほど、あの子は純真無垢だ。例えるならウサギとかハムスターとか、そんな感じ。幸い、職場にはあの子の善意を無駄にするような人はいないので、今のところ安心だ。
彼女はひっそり職場の先輩に片思いしていて、それがまた可愛い。指導係をしていた人で、明るい男性だ。まあ私は全然恋愛対象外なんだけど。
うちの職場には凄い男がいて、顔良し、仕事出来る、責任感が強く性格もいい、なのに女関係の噂も一切聞かないという、少女漫画から飛び出したような人だ。柚木さんっていうんだけど、大体の女性社員はこの男を狙ってる。そこをスルーして、普通っぽく見える指導係の先輩を好きになってるのがまた、彼女の可愛いところ。
私は先輩として友達として幸せになってほしくて、全力応援していたのだが、この指導係の先輩というのがクズ人間ということが発覚し、応援していた自分を殴り飛ばしたい気分になっていた。
そこに柚木さんが現れて、伊織ちゃんに猛プッシュしていた。これはどうやら、前からこっそり狙っていたと見た。
まあ超絶性格悪い女の登場とかなんやかんやありまして(説明めんどくさい。)伊織ちゃんは柚木さんと無事結ばれましたってところだ。
私は特に大したことをしたつもりなないんだけど、えらく二人から感謝されてる。本当に何もしてないんだけどなあ。
あの柚木さんも頭を下げるもんだから、「じゃあ今度めちゃくちゃいい男紹介してくださいよ」って答えておいた。相手は笑ってたから、はい話はおーしまい、ってことだと思ってた。
それがまさか、本当に紹介してくるとは思わなかった。
徳島さんはどう見ても確かに『めちゃくちゃいい男』で、正直レベルが高すぎて引いている。顔もいいしいいとこに勤めてるし、何かものすごい欠点がないとおかしいと思ってる。
でも、柚木さんが変な男を紹介してくるとも思えない。
とりあえず無難に食事を進めようと思い、当たり障りのない会話をしながら飲んでいる、というわけだ。
だいぶ食事も進み、終わりに近づいてきていた。
休日何してますか、とか、好きなことは何ですか、みたいな会話をしたぐらいで、別に特別盛り上がったわけでもない。まあこれっきりだろう、と思っている。私にここまでのハイスペック男子は荷が重すぎる(自分で紹介しろって言ったくせに)
徳島さんはビールを一口飲んで、私に言う。
「でも本当に、透哉に彼女が出来たのは驚きました」
「ああ、伊織ちゃんですね」
「あいつ、女性が苦手というか、やや女性恐怖症みたいなところもあったんですよ」
「え、そうなんです!?」
「そんな透哉が彼女を作り、そのお友達を『凄くいい人がいるから』って、紹介してくれたんですよね」
手のひらに汗をかく。いや、そんなめちゃくちゃハードル上げて私を紹介したんかい。さては伊織ちゃんと付き合いだせた喜びで、脳みそがハッピーになってんな?
私は確かに伊織ちゃんと仲がいいけど、全くもってタイプが違う。あの子みたいにいい子じゃない。腹黒いし毒吐くし、計算高いしがさつだ。自覚してるのだ。
だから徳島さんの言う『いい人』ではない。間違いなく違う。
「そ、それは盛ってますねえ、柚木さん……ははは」
「実は僕、結婚を考えた彼女に浮気されて破局した過去がありまして。そんな僕に透哉が声を掛けてくれたんですよ」
おいおい、本気か! そんな傷心中の男に、私を紹介するか!?
意識が吹っ飛ぶかと思った。そりゃ伊織ちゃんみたいな子だったらいいと思うけど、私はないだろう。いや浮気はしないけど、もっとこう、癒し系のフワフワした女子がふさわしいでしょうに。
徳島さんはにこりと笑う。
「もしよければ、また今度お食事に行きませんか。まだ短い時間でお互いを知り切れてないと思うので」
「え」
「どんな食べ物が好きですか?」
まさかの次の誘いを受けて、つい黙り込んだ。
徳島さんは普通にめちゃくちゃいい人っぽくて、顔もいいし勤め先も立派で、誘ってくれてるなら断る理由はない。でも、あっちがあまりに幻想を抱きすぎてる気がする。
次の食事とか行って、相手の時間を使わせて、実はそんないい女じゃありませんでしたー……ってなると、柚木さんに申し訳ない。
柚木さんのメンツを潰すことは、伊織ちゃんのメンツを潰すことだ。
「あ、あのー、徳島さん」
「はい?」
「柚木さんはですね、だいぶ私を過大評価してると言いますか……いや、伊織ちゃんは本当にいい子なんですよ!? でも私はそうでもないといいますか。がさつで口も悪いですし、酒ばっかり飲んでるし気も強いし、その、期待に応えられないと思うんですよ」
「え……」
徳島さんが目を丸くする。私は頭を掻いた。
「家事とかもそんなに得意じゃないし、腹黒いですし、伊織ちゃんとは全然タイプが違うんです。違うからこそ仲いい感じで。だからあの、すみません。紹介してほしいって言ったのは私なんですけど、まさか本当にされるとは思ってなくて」
正直に言っておいた。
だって無理に取り繕ってもお互い辛いだけだと思うし、だったら最初に全部出しておいた方がいい。
少し沈黙が流れたかと思うと、突然徳島さんが笑いだした。笑うところなんてなかったと思うので、驚いてしまう。
彼はひとしきり笑ったあと、私に言う。
「いやあ、透哉の言う通りでした」
「え?」
「いい人ですね」
「はい?? 聞いてました??」
彼はお酒を一口飲んで続ける。
「僕が透哉に言っておいた条件はこれです。『嘘をつかない人』『人への思いやりがある人』浮気されたのでここが最重要になってしまって」
「は、はあ」
「あなたはぴったり当てはまってる」
徳島さんはきっぱり言った。私はと言えば目をちかちかさせている。なんでそうなるんだ。
「せっかくいい人っていう評価があるのに、自分でそれを壊すなんて面白いですね。嘘をつかない人なんですね。それに、自分のことは下げても透哉の彼女さんのことは悪く言わない。優しい人なんだな、と」
「いえいえ、伊織ちゃんは本当にいい子だからそう言っただけで、他の性悪女とかのことは悪口言いますよ。むしろ戦うし」
「あはは!」
またしても笑われてしまった。いやほんとですよ、私結構好戦的なタイプなんですから。
徳島さんは目に浮かんだ涙を拭き、私に向き直った。
「正直でいいと思います。取り繕ってないのが分かる。そんな久保田さんのことをもう少し知りたくなりました」
「……」
「まあ、もう僕と会うなんてそちらが嫌だとおっしゃれば、もちろん仕方ないんですが」
「まさか嫌だなんてことは!」
ついそう言ってしまうと、彼は嬉しそうに微笑んだ。
……そりゃ、嫌なわけはない。私にはもったいないレベルの人なんだから。
「では、また会ってもらえますか」
「は、はい」
「お酒の種類が豊富なところにしましょう」
「いいですね!」
目を輝かせて言った私を見て、彼はまたしても声を上げて笑った。
「お」
「どうしました?」
透哉さんがスマホを眺めながら小さく声を上げたので、つい聞いた。彼はどこか嬉しそうに笑っている。
「今日さ、あれだったんだって。久保田さんの」
「ああ! 透哉さんのお友達を紹介するっていう?」
「想像通りの返事が来た。『明るくて正直な感じが凄くよかった』って」
「わあ!」
「絶対合うと思ったんだよな。こいつ、半年前結婚を考えてた彼女に浮気されて」
「ああ……」
「学生時代には、俺に彼女紹介したらその彼女が俺に言い寄ってきちゃって」
「あわわ!」
「俺と同じく女運ないやつだったんだよ」
透哉さんは懐かしむように目を細める。でもすぐに思い出したように私を見て、優しく微笑みかけた。
「まあ、最後に伊織と出会えたから全部チャラ」
「そそ、そうでしょうか……」
「だからこいつも、全部チャラに出来る彼女と出会えればいいなーって思って。久保田さんは安心して紹介できたよ。伊織とはタイプは違うけど、こいつにはあれぐらい明るくて強いタイプがあってると思うんだよ。もちろん久保田さんの気持ちも重要だけど」
私はちらりと自分のスマホを見る。
いつも私が話を聞いてもらってた。今度は私が聞けるといいな。この出会いがいい方に行くかどうかは分からないけど、とにかく久保田さんの話を聞いて一緒に考えたい。アドバイスとかは無理だけど、愚痴を聞いたり惚気を聞くのは大丈夫だから。
明日、ランチに誘ってみようかな。
私はワクワクした気持ちで微笑んだ。
おわり
その男、絶食系…のはず。 橘しづき @shizuki-h
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