第27話 絶対、言いなさい!
次に出勤すると、三田さんは普段通り働いていた。変わった様子もなく、笑顔でにこにこ働く様子はいつもの光景で、なんだか複雑な気持ちになった。
メッセージは無視した。なんて返せばいいか分からなかったし、何を返してもちゃんと受け取ってもらえなさそうだったからだ。
あの長い文章を読んだ後、ぞっとした。私が知ってる三田さんじゃないみたいだった。
彼は私の指導係で、色々優しく教えてくれて明るくて、凄く楽しい人だった。だから好きになったというのに、なんだか今の彼は別人みたい。
なるべく三田さんとは目を合わさないように仕事をこなし、就業時間が近づいてくる。私は仕事を区切りのいい所で切り上げ、息を吐いて肩をまわした。隣で久保田さんも、同じようにまわしていて、タイミングが合ったことについ笑ったときだった。
「岩坂」
後ろから声を掛けられ、どきりと心臓が鳴る。ゆっくり振り向くと、三田さんが笑って立っていた。
「昨日は手伝ってくれてありがとう、おかげで助かったよ」
「あ……いいえ、全然いいんです」
「お礼がしたいんだ、飯行かない?」
私の顔を覗き込んで聞いてくる。バクバクと心臓が鳴っていてうるさい。でもこれは、ときめきなんていう心地のよいものではなく、緊張と恐ろしさによるものだ。
「い、いえ、私は……」
「お礼したいんだ、ほら行こう」
私の手首を掴まれ、悲鳴を上げてしまいそうだった。咄嗟に透哉さんの席の方を見たが、彼は外回りからまだ帰っていないようだった。
「あ……きょ、今日は、久保田さんと!」
私は大きな声で言う。
「久保田さんとご飯行く約束をしてるんです、ね!?」
隣の久保田さんに縋るような視線を送った。彼女はずっとぽかんと私たちを見ていたが、すぐに私の意図に気付き、慌てて話を合わせてくれた。
「あ、ああーそうそう! 女子会なんだよねー! 三田さん、私が先約なんでごめんなさいねっ!」
笑いながらそう言ってくれた久保田さんも、何かを感じ取っているのか、普段より表情が固い。それを聞いた三田さんは少し間があったあと、私から手を離した。
「そっか久保田かあ。お前たち仲いいもんなーじゃ、また今度にしよう」
「す、すみません」
「いいっていいって。急に誘ってごめんなー?」
優しく笑って、三田さんが去っていった。それはいつも通りの三田さんで、ほっと胸を撫でおろす。彼が離れたところで、久保田さんが私の耳元で囁いた。
「なにあれ? なんか三田さん変じゃない?」
「そ、それが」
「飯、いくぞ。嘘ついたとばれたらヤバイ気がする」
久保田さんがそう提案してくれたので、私は頷いて彼女の案に乗った。
よく行く居酒屋に入り、周りに人がいない一番奥の席で、私はこれまでの話を全部久保田さんに話した。
透哉さんに片思いをしてしまっていることも正直に告げ、昨日三田さんから聞いたこと、そして来たメッセージも見せると、久保田さんは相槌を打つことすら忘れ、ただただドン引きの顔をしていた。
私がすべてを話し終える頃には、彼女が頼んだビールは、泡がとっくになくなっていた。ぬるくなったそれを呆然と飲みながら、久保田さんが呟く。
「なんじゃいそれ……そんなことになってたの?」
「また無謀な恋をしちゃったな、って反省してるんですが……」
「そっちじゃないって、むしろその話は私の酒のお供として最高のツマミになりそうだから、置いておこう。いや、三田さんどうしちゃったのかな。流れは分かるよ、でもそこから逆恨みっていうか違う方向に暴走しちゃって……伊織ちゃんは何も悪くないのに」
はあと大きなため息を吐きながら、久保田さんは美味しくなさそうにビールを飲みほした。
「彼から見ると、森さんが現れなきゃきっと自分が付き合えてたはず、って思ってるんだろうねえ。揺らいだ自分が悪いのにさ。顔がいい子に言い寄られて、一晩楽しんじゃえーって軽い気持ちで考えたら、相手の思惑にはまってた、ってことよね。伊織ちゃんと付き合っていれば……って今更後悔しても遅すぎるんだけど」
「私はもう三田さんに未練はないですし、三田さんと森さんがどうなろうが関係ないんですが……」
「いやでも、三田さんは伊織ちゃんに執着しだしてるし、あの女も最近、柚木さんに色目使ってるのバレバレだよ。周りも引き気味だよ、まあ一応仕事の相談してるっぽいから何も言えないけどさあ。森さんは何で伊織ちゃんにあんな対抗心出してんの?」
私は顔をしかめて俯いた。それは私だって聞きたい、身に覚えはまるでないからだ。
「全く分かりません。あの子が後からサークルに入ってきて、しゃべったことなんてほとんどないうちに、彼氏に振られて……森さんは可愛いし人気者で、私なんかを気に掛けるの変なんです」
「いやいや、何か理由があって伊織ちゃんに対抗心燃やしてるんだよ。じゃなきゃ、さすがに不自然すぎるでしょ。三人連続で好きな人被る? ないない。わざと取ってるんだって」
やっぱりわざとなのか……。私はあまり進まないお酒を一口飲むと、新しいビールを注文した久保田さんが、ぐいっと前のめりになった。
「それより! 柚木さんと伊織ちゃんの仲について話そう。二人が本当に付き合っちゃえば、三田さんも森もなんも脅威じゃなくなるじゃん!」
とんでもないことを言い出したので、私は勢いよく首を振った。
「誰とも付き合う気がないから、私とこんな形になってる柚木さんが、付き合うわけないじゃないですか!」
「いや、今までの話を聞くに、もっとふかーい理由がありそうな気がするよ。思い切って伊織ちゃんから告白するのはありだよ!」
久保田さんは目をキラキラ輝かせて親指を立てるが、苦笑いするしかない。
「無理ですよ……恋愛に興味ないから彼氏のフリをしてくれたのに、ここで恋愛が芽生えるだなんて……」
「んー、まあ伊織ちゃんから見ればそういう状況かあ……」
久保田さんが頼んだビールがやってくる。彼女は冷えたそれをいくらか喉に流すと、私に鼻息を荒くしながら言う。
「わかった、確かに伊織ちゃんから告白はハードル高いかもね、三田さんのこともあるし、憶病になる時期だもん。じゃあそれは置いといて、今三田さんから言い寄られてること、ちゃんと柚木さんに相談はしな! 絶対だよ、まだ詳しくは話してないんでしょ?」
「ま、まあ……」
「彼氏役してくれてるんだから、状況を知らせておくのは大事。絶対、言いなさい!」
かなり力強く言われたので、つい頷いてしまった。久保田さんは満足げに笑う。
「伊織ちゃんはとにかく素直に柚木さんを頼りにしてればいい。それできっと万事解決する!」
「そ、そうでしょうか?」
「三田さんのことも言えば、柚木さんが何とかしてくれるよ。早く諦めさせなきゃね!」
透哉さんの負担になってしまうことが心配だが、でも久保田さんの言う通り、彼に何も相談しないのはいけないと思った。私の恋人役をしてくれているのだし、あとでこじれないようにも、状況を説明しておくのは大事だ。
「そうですね、言ってみます」
「よし。はあ、今思うと三田さんと付き合わなくてよかったよ。私もこんな風になるとは思ってなかった。あの頃は頑張れって伊織ちゃんをめちゃくちゃ応援しちゃってたけど、今となってはあの男はヤバイ。思い込み激しいタイプだったんだな」
目を据わらせてそういうもんだから、少し笑ってしまった。久保田さんはいつでも、私の話を自分のことのように感情移入してくれる。頼もしい先輩だな、と思った。
お酒はそこそこに、私たちは早めに解散した。久保田さんと別れ、電車に乗って自分の最寄り駅に向かう。
透哉さんにどう相談しようか。帰ったら電話をしてみよう……いや、直接話したい気もする。これを口実に、食事に誘ってみようか。彼とゆっくり時間を過ごしたいというのもある。
とりあえず家に付いたら、ラインでメッセージを送ってみようか。そう心に決めると、今から緊張で少し心が騒がしくなった。一緒に買い物に出かけてから、ゆっくり顔を見て話せていないから、早く会って話したい。
電車から降り、それなりに人が多い改札を抜け、さて家に向かって歩こうかと足を進めている時だ。
「あれー、岩坂?」
前からそんな声が聞こえてきて、自分の心臓は驚きで止まったのかと思った。
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