第25話 あの日の真実と、自分の気持ち
「……そうやって呼んでるんだ」
三田さんが呟いたのを聞いてはっとする。つい名前で呼んでしまった、仕事中は気を付けていたのに。慌てて口を閉じ、頭を下げた。
「あ、えっとつい出ちゃって。気を付けま」
「いつから柚木を好きだったの? 柚木の事好きだったのに、なんで俺が誕生日に誘ったのを受けてくれたの?」
突然低い声で三田さんが言った。その声色に少したじろいだが、私はひるむことなく答えた。
「三田さんこそ、どうして私を誕生日にわざわざ誘ったんですか?」
普段からお世話になってるから、と食事に誘ってもらえた時は、天にも昇る気持ちだった。わざわざ誕生日に誘ってくるなんて、上手く行くよ、と久保田さんも言ってくれたけど、正直そう期待してしまうのが普通じゃないか。男女が二人きりで誕生日を祝えば、何か好意があるのかも、と思ってしまう。
でも結局ドタキャンする程度の気持ちだった。そんな軽い気持ちで、誕生日当日の食事を約束したのか。
「……俺、本当はあの日、岩坂と出かけて、言おうと思ってた。好きだから付き合わないか、って」
「……え」
自分の唇から、かすかに音が漏れる。三田さんは続けた。
「あの日の前日、さわこに飲みに誘われて……めちゃくちゃ飲んで、べろべろになって。次の日遅くに目が覚めたとき、さわこの家のベッドで……こうなったら付き合いますよね、って言われて」
彼は拳を握りしめる。そして顔を歪めた。
「いや、酒のせいにするのはだめだ。舞い上がったんだよ、かわいい子に誘われて……でも、翌朝めちゃくちゃ後悔した。でもどうしようもなくて」
三田さんが私に告白するつもりだった、と聞いて、愕然とする。
私が夢見ていたことが、現実に起こるはずだった。着飾ったあの恰好で三田さんと出かけて、思い出の一日になるはずだった。
そうだったんだ……。
「……でも、お酒の力があったとはいえ、森さんの誘いに乗った。私とのことは、その程度のものだったんです。だから、こうなってよかったんです」
「岩坂は? 誕生日に俺の誘いを受けてくれてたなら、柚木が好きだなんて嘘なんだろ? 二人が付き合ってるなんて嘘か、もしくは俺にドタキャンされてやけくそで付き合ったんじゃないか?」
一瞬言葉に詰まる。確かに普通に考えれば、透哉さんのことが好きだったら、誕生日に他の男性の誘いなんて受けないだろう。
私は彼をまっすぐ見上げて言った。
「私は確かに、以前三田さんに憧れていた時期がありました。でも、それは過去の事です。今私が好きなのは透哉さんなんです」
そう言い切った時、その自分の言葉がすとんと胸に落ちた。ああ、これだったのか、と納得したのだ。
三田さんのことは本当に好きだった、二年以上も片思いしていた。そんな彼にドタキャンされ、さらには彼女が出来たことで、とてもショックだったし悲しかった。
でもそんな悲しみの海から救ってくれたのは、透哉さんだ。三田さんのことを考える隙がないくらい、彼でいっぱいにしてくれた。優しくて、頼りがいがあって、私のことをちゃんと見ててくれる人なのだ。
そう、いつの間にか好きになっていたのか――
自覚すると同時に、ずんと心が落ちた。私たちは嘘の関係なのだし、そもそも彼は恋愛に興味がない人ではないか。叶うはずもないのに。
「……俺、本当に馬鹿だったんだな……今更……なんでこんなことになっちゃったんだろう、岩坂はいつでも優しくて真面目で、本当にいい子だったのに」
「森さんと付き合ってるのに、そういう発言はよくないと思います」
「はは、付き合ってんのかな」
彼は自嘲気味に笑った。
「最初だけやけにべたべたしてきて、だから好かれてるんだって思ってたけど、あっという間に近づかなくなったよ。弁当だとかも一切ない。ここ最近は連絡すら取ってないし。柚木にやたら絡んでるな」
「え……」
「あいつは俺の事なんて好きじゃなかったんだよ。岩坂に見せつけたいだけだったんだろ」
「わ、私ですか? なんで……そんな森さんに恨まれるような記憶は」
元々同じサークルだった、というぐらいで、基弘の事以外で揉めたことだってない。そりゃ、二人も連続で好きな人が被るのは凄い偶然だと思ってはいたけど。
三田さんは首を振る。
「俺もよくわかんないけど、一緒に飲んでた時岩坂を褒めたら、やけに不機嫌になった気がした。仕事中も岩坂に突っかかってるのは気づいてたし」
確かに、敵意を向けられているな、と感じることはある。でも原因はまるで分らないし、私の好きな人をわざと横取りするなんてよほどだ。森さんは私よりずっと可愛くて色々持ってて、なぜ私なんかを目の敵にしているのか……。
三田さんが私の顔を覗き込む。
「岩坂、今、柚木に気持ちが傾いてるのは分かった。でも、まだ時間はそんなに経ってないはずだ。俺ちゃんとさわことはけじめをつけるから、もう一度俺を見てほしい。柚木はあんなに出来る人間だし、隣にいて息がつまらないか? 俺の方が絶対合ってると思う」
「え……」
「絶対にそうだ、俺と一緒にいる方が楽だと思うし、レベル的にも合ってる。考え直せよ、柚木なんて何考えてるか分かんないし、あれだけ絶食系って言われてたのに、選ぶのが岩坂だなんて変じゃん。いいように使われてるだけだって!」
そういった彼が突然、私に抱き着いてきたので、小さな悲鳴を上げた。思い切りそれを引きはがし、椅子から立ち上がる。
私をじっと見てくる三田さんを、好きだなんて全く思えなかった。むしろ、今は嫌悪の対象にいる。
「透哉さんを悪く言わないでください……! それに、さっきも言ったはずです。私への気持ちなんて、かわいい子に言い寄られたら揺れる、その程度のものだったんです。私にとっては過去のことなんです!」
それだけ一気に言うと、パソコンを素早く操作した。カバンを手に取り、三田さんの方を見ないようにして伝える。
「さっき頼まれてたやつはデータ送りました、あと少しなので残りはお願いします」
「岩坂!」
名前を呼ばれたが、私は振り向かずに走り出した。もう彼と話なんてしたくないと思った。
悲しくて、辛い。あんなに好きだった人が、今こんなに自分を苦しめるなんて思ってなかった。思い出くらい、綺麗にしておきたかったのに。
会社の廊下を走りながら、溢れてくる涙が止まらなかった。心が痛い。何に傷ついているのかすら分からなかった。自分にはショックなことばかりで、全てが刃物のような言葉だった。
本当は三田さんも好いてくれてた? 森さんは私に嫌がらせのつもりで三田さんに言い寄った? 透哉さんは恋愛に興味ない絶食系で、私を選ぶわけなんてない……。
どうしてこうなんだろう。自分の恋愛は、いつもまっすぐじゃない。
ただ誰かを必死で好きなだけなのに。
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