第24話 仕事は仕事。
忙しい毎日はあっという間に過ぎていく。
透哉さんと出かけた休日から数日が経ち、徐々に日常へ戻ってきていた。私たちの噂も少し落ち着いてきており、誰かから質問攻めにあうこともなくなっていた。
透哉さんとはあれ以降、連絡は取っておらず、仕事中も話すことは業務連絡なので、どこか寂しく思っている自分がいた。ただ、仕事面で信頼されているということは分かっているので、とにかく今まで以上に頑張って仕事に励んだ。
森さんとも特に話すことはなく、私に絡んでくることもない。というか、あれだけいちゃいちゃしていた三田さんとも最近は一緒にいるところを見かけない。
それよりも、たびたび透哉さんに話しかけていることが心の隅で気になっていた。仕事中の相談は聞く、と彼も言っていたので、二人が話すことはおかしいことじゃない。透哉さんもしっかり受け答えしているようだった。見ていると、本当に仕事について色々聞いているようだし、ちょっと脱線しそうになるとすぐに彼は話を切り上げているので、やましいことなんて一つもなさそうだ。
……いや、やましい、ってなんだ。一人で苦笑いする。
元々彼とは嘘の関係なので、どこで何をしていようが私には関係のないこと。そんなの分かっているはずなのに、どうしてそんな言葉が出てきたのだろう。
それに、透哉さんは今は恋愛に興味がない絶食系だから、どうこうなる心配だってないはず。
そう思えば思うほど、なぜかもやもやして気持ち悪くなってくる。
私は最近、おかしい。
今日はだいぶ忙しい日だった。
気温も上昇してきており、額に汗を浮かべながら色々な場所へ足を運んだ。疲れで体中が悲鳴を上げてきているが、そんな時は履いている靴をちらりと見て頑張る日々だ。
思ったより長引いてしまった仕事がようやく終わり、就業時間もとっくに過ぎた頃、にへろへろになりながら会社へ戻った。残業している人もいたが、半分のメンバーは姿が見えない。帰宅したか、まだ外で走り回っているのかもしれなかった。
ふと、上司と三田さんが何やら深刻そうに話しているのが目に入った。私はまず自分の席に腰かけ一息つつつ、まだ残っていた久保田さんに声を掛けた。
「お疲れ様です」
「お疲れ様! なんか今日忙しくてさー伊織ちゃんも大変そうだったね?」
「連休前だからかもしれませんね……三田さん、なんかあったんですか?」
「あーちょっとやらかしたみたいだね、トラブってるみたい」
久保田さんと二人でちらりと見てみる。困ったような三田さんの横顔が目に入る。仕事中に失敗やトラブルはつきもので、誰だってそんなことはある。私も何度も通った道で、その都度周りの人たちに助けられてきたのだ。
上司と話し終えた三田さんが、厳しい顔をしながら自席に戻り、パソコンと向き合っている。そんな彼を横目で見ながら、とりあえず自分の残っていた仕事を片付ける。
「私お先に失礼するねー」
「あ、お疲れ様です!」
外も暗くなった頃、久保田さんが帰宅していく。周りを見てみると、ほとんどの人がいなくなっていた。私も区切りのいい所で終え、帰宅しようかと肩をまわす。
そこでふと、三田さんの方を見た。彼はまだ帰るそぶりはなく、必死に何かをしている。
私は立ち上がり、彼のデスクへと近づき、三田さんに声を掛ける。
「何か手伝えることありませんか?」
そう尋ねると、彼はぎょっとしたように私を見てきた。そんな三田さんの反応に、私も驚く。今までだって、彼が忙しそうにしてる時は手伝ってきたし、逆もあった。よく二人で残業することもあって、周りからコンビ、って呼ばれていた。
「え? あ、ええと……」
「はい」
「……じゃあ、ごめん、こっちを」
「分かりました」
三田さんから説明を受け、しっかり理解した後は、自分の席に戻って早速作業に入る。ミスがないよう、見やすいよう、頑張るんだ。
しばらく時間が経つと、気が付けば私と三田さん二人が残っている状況になっていた。彼と残業するのは久しぶりだなあ、なんて思っていると、少しして三田さんが私に近づいてくる。
「遅くまで付き合わせてごめん」
「いえ、大丈夫です。もう完成しますよ」
「助かるよ、ほんと……」
そう言った彼の声は、普段より弱々しい物に聞こえた。不思議に思ったが特に詮索することもなく、ひたすら仕事を続けていく。
が、隣に来た三田さんが自分の席に戻る様子がないので、私はパソコンから目を離して見上げた。
「どうしましたか? あ、これ待ちですか? もう終わるので」
「いや、そうじゃなくて……俺、一度ちゃんと岩坂に謝らなきゃいけないと思ってて」
気まずそうに視線をそらして彼は言う。ああ、誕生日のことか、と思い出した。かなり前のことだし、正直終わったことだと思っていた。
小さく笑って答える。
「別に大丈夫ですよ、そんな気にしなくても」
「俺から誘っといたのに、当日にドタキャンして……しかも岩坂は誕生日だったのに。本当に申し訳ないことをしたと思ってる。なのに、前みたいにこうやって手伝ってくれたことに驚いて」
なるほど、私が声を掛けた時意外そうにしていたのは、そんな思いがあったからなのか。私は椅子をまわして彼に向き直る。
「個人的な感情を、仕事に持ち込むのはよくないことだと思ってます。そんなことで仕事に手を抜いたりしません。恨んでるからって仕事中も避けたりしてるようじゃ、駄目だと思うんです」
私の仕事に対する姿勢を褒めてくれた透哉さんの期待を裏切りたくない、最近はそれを強く思って、今まで以上に取り組んできた。
森さんにはなくて私にあるものだよ、と教えてくれた。この人生、真面目一辺倒で来たから、可愛げがないって言われることもあったけど、今は彼の言葉を信じていたい。
「……って、透哉さんならいうかなって」
私は一人で笑う。彼は自分にも他人にも厳しい人だ、きっとそういう。仕事が終われば、案外フランクでタバスコ星人だけど。
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