第23話 新しい靴はテンションを上げてくれる




「いや誕生日だから買うって言ってんのに、伊織に財布を出させるわけにはいかないじゃん」


「でも、当日のケーキも今日の食事代も、全部出してもらってます! 少しぐらいは払わせてください、あまりに申し訳ないです!」


 私たちは靴が並べられた棚の前で、騒がしく言い合っていた。


 食事のあと、二人で買い物をしていた。ぶらぶらと歩きつつ、私のプレゼントは何にしようか話し合い、結果、靴になった。仕事中も使えるものだし、いくつあっても困らないからだ。本来、カップルで彼氏が彼女に贈るといえば、アクセサリーなどが王道になるだろうが、偽物のカップルである私たちに、アクセサリーはさすがにハードルが高いと思っていた。


 そんな私の気持ちを察したのか、透哉さんが靴を提案してくれた時は、とてもいい案だと思いすぐに乗った。ただ、彼からの贈り物ということにして、私が購入すると提案した。もしくは、半分だけ出してもらうとか。


 彼にはさんざん助けてもらってるのに、これ以上何かしてもらうのは申し訳ないと思ったからだ。でも、ここで引かないのが透哉さんだ。頑なに自分が購入すると言い張った。


「別に伊織には普段からお世話になってるから、お礼の気持ちもあるんだから」


「お世話になってるのは私の方です! とにかく買ってもらうわけにはいかないです!」


「いいから。俺の方が先輩なんだよ? 格好つけさせてよ」


「かっこつけなくても、透哉さんはもう十分かっこいいからいいんです!」


「褒め殺し作戦? 男は褒めるとなお金を出したくなるんだよ」


「ず、ずるいです柚木さん」


「あ、柚木さんって呼んだーはい、罰として金は出させませーん」


「た、たまに前の癖が……っていうか、どんな罰ですか!」


 ヒートアップして声が大きくなってしまい、周りからじろりと見られたことに気が付き、慌てて口を閉じた。しまった、騒がしくしてしまった。つい夢中になっていたのだ。


 だって、これだけお祝いしてもらって、その上プレゼントまで買ってもらうなんて、透哉さんに申し訳ない。気持ちだけで充分嬉しいし、満たされてるのに。


 困り果てているとき、ふと考えが浮かんだ。私はさっきよりは控えめの声で、でも弾ませながら言った。


「分かりました、私は透哉さんの靴を買います!」


「え?」


 目を丸くしてくる。にっこり笑って続ける。


「透哉さんにプレゼントします。それでどうでしょうか? 私こそいつもお世話になってるから、お礼がしたいんです。お願いします!」


 私の提案に、彼は予想外とばかりに頭を掻いた。しばらく悩んだようだが、顔を綻ばせて頷く。


「そこまで言ってくれるなら、そうしようかな」


「そうしましょう。透哉さんの靴も選びましょう」


「ありがとう」


 しっかりお礼を言ってくれたのを聞いて、胸が温かくなる。お礼を言うのは私の方なのに。いつも困ってるときに助けてくれて、私に自信を与えてくれたのは彼なのだ。彼のおかげで、私はへこたれずに生きていられる。


 同じ店で、透哉さんの分の靴も選び、お互い購入した。同じブランドの袋を持って歩くのが、なんだか恥ずかしくて、同時に嬉しくも思った。本当に付き合ってる二人みたいだな、と変なことを考えてしまう。


 それからも雑貨屋を見て回ったり、お茶をしたり、楽しい時間が続いた。彼と二人で出かけるのは緊張していたけれど、いつの間にかそんな気持ちは吹き飛び、ただ幸福感で満ちていた。透哉さんはいつも私を気にかけて話題を振ってくれ、会話が途切れることはなかった。


 夕方になり、そろそろ帰ろうかという話になる。その一言に、心が沈んでしまうのが分かった。時間はあっという間で、できれば夕飯も一緒に……と誘いかけ、やめた。本当に彼女でもない私に、ここまで付き合ってくれた彼を、これ以上縛り付けることは出来ないと思ったのだ。


 近くまで送ってくれるという言葉に甘え、二人で帰路につく。


 ゆっくり歩いていると、例のケーキ屋の前を通る。どこか懐かしい気持ちにさせなるその店をちらりと見ると、彼も同じように眺めていた。


「ここのケーキ屋、美味しいよね」


「はい。公園で食べたの、凄く美味しかったです」


「そういえばさ。あの日、凄くおしゃれしてて、これから出かけるのかなあってすぐに思ったんだけど……今日も凄く可愛くしてくれてて、なんか嬉しかったんだよね」


 透哉さんはそういうと、私の顔を覗き込んだ。透哉さんと出かけると決まってから、服装だとか色々悩んでいた日々を見抜かれた気がして、顔が熱くなる。


「だ、だって、透哉さんの隣に並ぶならしっかりしなきゃ、と……」


「はは、光栄だね」


 そう彼は笑ったが、私は笑えなかった。恥ずかしくて、いたたまれない。でも嬉しい気持ちもあって、複雑だ。


 どうしてこんなに彼は私の心をかき乱すのだろう。忙しくて、他のことを考える隙間がないほどに、透哉さんは私の心に入ってくる。失恋も、森さんの嫌味も忘れてしまうくらい。


 不思議な人だ。何を考えているのか、いまいちつかめない感じもある。


 ただの親切心だとしてはレベルが高すぎる、そんなことが多々ある。


「あの、この辺で大丈夫です。送ってもらってすみません」


 立ち止まってそう伝えた。彼は頷く。


「今日はありがとう。俺誕生日でもないのに靴も貰って」


「私こそ、誕生日のお祝い、すごく嬉しかったんです。楽しかったです、ありがとうございます!」


「じゃあ、また会社で」


 ひらひらと手を振ると、透哉さんはさっさと踵を返し、その場から立ち去って行った。あっさりとしたその別れが何だか悲しくて、名残惜しくて辛かった。


 ああ、もう少し一緒にいたかったんだ、私は。そして彼もそう思っていてほしい、と思っていた。


 でもそんなことはないみたいだ。気持ちは一方通行。


「……帰ろう」


 そう呟いて、私は自宅へ入って行った。





 プレゼントされた靴は翌週、早速仕事に行くのに履いていった。


 新品のそれを履くとフワフワした気分になって、どこにでも歩いて行ける気がした。


 ふと見ると、透哉さんも私が買った靴を履いていてくれて、自然とほほが緩む自分がいた。




 

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