第2話 慌ただしい毎日



 慌ただしく動く営業部内は、今日も活気であふれていた。


 私は手元にある資料に漏れがないかを何度も確認し、ほっと息をつく。ミスをしたら大変だから、確認は何度かしないと気が済まないタイプだ。しかもこれは、私が使うわけではないのだし。


 昔から慎重派で、時々真面目過ぎる自分が嫌になることもあったが、この会社に入ってからは前向きにとらえている。というのも、この性格を褒めて貰うことも多いからだ。


「三田さん、これ完成しました」


 私は立ち上がり、三田さんのデスクへ歩み寄り、完成した資料を差し出した。くるりと彼がこちらを振り返り、優しく笑った。途端、どきりと自分の胸が鳴る。


「おお、ありがとう! さすが岩坂は早いなー!」


「い、いえ」


「マジでミスもないしさ。ありがとう」


「とんでもないです」


 小さく頭を下げ、自分のデスクに戻る。隣に座っていた久保田さんが私ににやにやしながら耳打ちした。一つ年上の先輩で、普段から仲良くしてくれている女性だ。


「よかったね! さすが、息ぴったり」


「め、滅相もないです!」


「いいコンビだもんね。まあ、伊織ちゃんの仕事ぶりは、三田さんだけじゃなくてみんな重宝してるけどねー」


 笑いながら言ってくれた言葉に、どこかむず痒くなる。分かってる、私は嬉しいんだよな、こうやって褒めて貰って。


 入社してもう三年目になる。新人のころとは違い、色々な仕事を任されるようになってきた。与えられた仕事はきっちりこなしたいと思い、毎日全力で頑張っている。


 ここは、そんな私をしっかり評価してくれる場所だった。勿論ミスをしたこともあるし、その時は叱られることもある。でもそのあと、ミスが繰り返されないよう一緒に考えてくれる。そんな仲間たちがいる場所だ。


 それぞれ仲はいいし、お互いの長所を引き出しあう。素敵な職場環境だと思ってる。


 私はちらりと離れた席を見る。三田さんが、私が手渡した資料をチェックしていた。たったそれだけのことで、緊張してしまう。


 三田さんは私より三歳年上の先輩だった。入社した時、私の指導係をしてくれていた人だ。仕事の細かい内容を教えてくれたり、気遣ってくれたりと、色々世話を焼いてくれた、とても優しい先輩だ。


 指導係ということもあってか、一緒に過ごす時間も長く、よく会話をするようになった。今はもう彼に教わることはあまりないが、私よりたくさん案件を抱えている三田さんの手伝いに入ることは多い。


 もちろん三田さんだけじゃなく、いろんな人のサポートに回ったりもするのだが……。


「岩坂さん」


「あ、はい!」


 突然呼ばれて振り返る。そこに立っていたのは、すらりと高身長で、きりっとした目元をした柚木さんだった。


 彼の手には、これまた私が作成するのを手伝った資料がある。


「これ、よくできてる。正直手が回ってなかったから助かったよ」


「いえ! 柚木さんはそりゃやること盛りだくさんでしょうから! 自分の手が空いた時はいつでも手伝います」


「ありがとう」


 そう言って少しだけ口角を上げると、柚木さんは去っていった。その後姿をぼんやり見つめながら、オーラがある人だなあ、なんて思う。


 三田さんと同期の柚木さんは、営業部の絶対的エースだ。成績は勿論の事、リーダー素質もあり、顔もよく、人を気遣える。いつだったか三田さんは、『柚木は完璧すぎて引く』と言っていた。


 どこかクールで掴めない人。当然ながら女性社員にモテモテなわけだが、女の影は一つもない、不思議なお方だ。噂によれば、恋愛に興味がない絶食系だという。これだけの武器を持ちながら、恋愛に興味がないなんてもったいない。私が柚木さんなら、多分美女と付き合いまくってるのに。


「あれー? 浮気だよー?」


 隣からからかうように久保田さんが言ってきたので、驚いてそっちを見る。


「な、なんでですか!」


「柚木さんに見惚れてちゃだめよー」


 突っ込みどころが多すぎてどこから反論していいのか分からない。とりあえず、私は見惚れていたわけではない。いや、すごい人だなあって芸能人を見るような視線は送ったが、柚木さんなんて、住む世界が違いすぎるので、恋愛対象ではないのだ。


 それに、浮気、だなんて――


「あ、そろそろ昼いこっかなー。伊織ちゃん食堂行かない? 最近外回りのせいで食堂久しぶりなんだよね」


「行きたいです!」


 私はカバンを持って立ち上がった。


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