友の言葉・下

 そんな不安を抱いた時、ある質問が飛んできた。


『なあ、ライ。その子の事だけど、さ』


『ん?なんだよ、遼』


『その・・・』


 遼らしくない、歯切れの悪い声。それはまるで、何かを迷っているようにも聞こえた。


 けれども結局、アイツは言うのをやめてしまったんだっけ。


『・・・悪い。やっぱ、なんでもない』


『なんだよ、気になるだろ』


『なんでもないんだ、本当に。――ただ、さ』


 不意に遼の声音が真剣味を帯びて、僕はハッと息を呑む。あの時の遼の表情まで、鮮明に思い出されたのだ。


『守ってやれよ、お前がさ。それはきっと、ライにしかできない事だ』


『え?それって、どういう・・・』


『なんでもない。ほら、行こうぜ!』


 そう言って、遼の声が離れていく。


『あっ!待ってよ・・・!』


 圭太の声も、次第に遠ざかっていく。


 記憶の終わりが近付いてきているのだと気付き、僕は思わず手を伸ばしていた。


「遼、圭太!」


 大声を出すと同時に光が消え、視界が元に戻る。


 案の定、二人の姿はなく、僕はがっくりと肩を落とした。まだ聞いていたかったのに、残念で仕方ない。


「何なんだよ、本当に・・・」


 まったくもって訳が分からず、僕は自棄やけ気味に呟いた。


 ――『守ってやれよ、お前がさ。それはきっと、ライにしかできない事だ』


 やけに耳に残る、遼の言葉。あの時、アイツは何を伝えようとしていたのだろう。


(莉緒と・・・何かあったのかな)


 空を見上げ、親友に思いを馳せる。


 いつも自信がなく、自分を卑下しがちだった莉緒。本当は良い所が沢山あるのに、それに気付けず、常に何かに怯えているようだった。


「――言われなくとも、守ってみせるさ」


 その為に僕は、記憶を取り戻しに来たのだ。


 家族も、仲間も、親友も。誰一人奪わせはしない。


 この力だって、きっとその為に――。


「って、また光ってる!?」


 何気なく右手に視線を向け、僕は目を丸くした。


 先程までは橙色に光っていたのに、今度は青ときた。しかもコユキが出現させ、落とし穴と化した魔法陣とまったく同じものである。


(・・・また落とされたりしないよな?)


 床がなくなり、突如感じた浮遊感。腹の底がスーッと冷たくなるような、あの恐怖は今でも忘れられない。


 あの時の感情が急激に蘇り、僕はブルリと身を震わせた。


(落ち着け、まだそうと決まったわけじゃないだろ!)


 自身にそう言い聞かせ、手の甲の紋様に目を凝らす。


「て、ん、い・・・転移?はあっ!?嘘だろ!?」


 まさかのテレポート機能だったとは。


 確かに足元に魔法陣が現れ、最終的にここに落とされたが、それは結果論でしかない。


(落とす必要、なかったよね!?何、嫌がらせ?僕、何かしたか?)


 心当たりを必死に探すも、思い当たる節はなかった。当然だ、知り合って間もないのだから。


(やっぱり、あの人は悪魔って事か)


 一人で納得する僕をよそに、手の甲の光が増していく。だんだん無視できないレベルになってきたので、僕は話を戻す事にする。


「で、これはどうやって使うのかな?」


 ”追憶”の時は火に触れた事で出現したが、これはなんの前触れもなく現れた。つまり、ノーヒントだ。


「唯一怪しいとすれば・・・この扉か?」


 うんともすんともしない、自動ドア。ここにかざしたら、何か起こったり――。


「するわけないか・・・ってうわ!?」


 右手を近づけた途端、目の前に魔法陣が現れ、僕は仰天した。唖然とする僕の前で、ゆっくりと扉が開いていく。


 扉が完全に開ききった瞬間、魔法陣は明滅し、透明な渦へと姿を変えた。まるでここに飛び込めというように。


「・・・・・・」


 もう、何から突っ込めばいいのだろう。常識では測れない事が多すぎて、考えるのも馬鹿らしくなってきた。


「とりあえず・・・これが“転移”って事でいいんだよな」


 眼前の渦を眺め、僕は呟いた。


 落とし穴の次は渦か。平穏に移動できる気がしないのは、何故だろうか。


「それにしてもこれ、どうなってんだ?」


 開かれた扉の中央で、小さく渦巻く“転移”の入口。しかしそれ以外は至って普通で、店内を見通す事だってできる。


(渦を避けたら、中に入れないかな)


 せっかく来たのだから、挨拶くらいはしておきたい。そう思い、試しに手を伸ばしてみる。


「ん?なんだこれ、壁か?」


 しかし残念ながら、それは叶わないようだ。冷たい何かに阻まれ、先に進めそうにない。


(無理に進もうとすれば、強制的に転移させられそうだしなあ)


 いつかはしなくてはならないが、せめて心の準備はしたい。



「――そこに誰かいるのかい?」



 不意に店の奥から声が響き、僕はハッとした。入口に向かってずんずんと歩いてくる男性を見て、満面の笑みを浮かべる。


「おじさん!」


 僕は店の外から男性に向かって手を振った。彼こそ、会いたかった人物の片割れ――スズマートの店主、スズおじさんだ。


「あんた、どうしたんだい?」


 彼を追いかけるように、奥さんのスズおばさんも出てくる。


「あ、おばさんも!こんばんはー!」


「入口が開いたままだから、誰かいるかと思ったんだが・・・気のせいみたいだ」


「ホントだ!不思議な事もあるもんだねえ」


 元気よく挨拶する僕を綺麗にスルーして、二人は自動ドアを見上げていた。


(え?まさか、二人には僕が見えていないのか)


 僕もドアを見上げ、眉をひそめる。この透明な壁がいけないのだろうか。


「うーん、おかしいな。故障してないと思うんだけど」


「もしかして、んじゃないかい?」


 唐突に名前を呼ばれ、僕はドキリとした。


 ここにいるのは事実だが、その言い方はまるで――幽霊のようではないか。


「ああ、そうかもな。あの子は、本当にウチが好きもんな」


「ええ、毎日通っちゃってねえ」


「いや、あの、生きてますよ!?ここにいますよ!?」


 必死にアピールするが、老夫婦はのほほんと微笑み、会話を続けている。その目に光るものが見え、僕は余計に居たたまれなくなった。


「二人とも、いい加減に・・・っ」


 目の前の壁を忘れ、彼らに駆け寄ろうと一歩踏み出す。ずぶりと何かに食い込む音がして、僕は我に返った。


 体の大半が壁に埋まっているのを見て、たちまち真っ青になる。慌てて抜け出そうとするが、いくらもがいても出られなかった。


 それどころか、どんどん体が引き寄せられていく。


(底なし沼かよ・・・うおっ)


 ついには顔まで飲み込まれ、僕の視界は闇に包まれた。そのまま強い力で引っ張られ、どこかへと吹き飛ばされる。


「またかよおおお!!」


 結局、今回も心の準備は叶わなかった。


 せめて早く、次の目的地に辿り着いてくれ。そう願いながら、固く目を瞑るのだった。

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