友の言葉・中

(さて、どうしようかな・・・ん?)


 店内を覗き込もうとして、僕は動きを止めた。


 いつの間にか、扉の前に火が浮かんでいる。橙色に揺らめくそれはとても綺麗で、思わず触れたくなりそうだ。


「なんでこんな所に・・・」


 試しにつついてみても、特に熱を感じなかった。好奇心をそそられ、手のひらに載せてみる。


 次の瞬間、火がぶわりと膨れ上がった。


「うわあっ!?」


 度肝を抜かれ、僕は慌てて後ろに飛び退く。


 火は手のひら大の炎と化したが、それ以上大きくなる様子はなかった。


 ホッと息をつき、恐る恐る火に触れた方の手を確認する。


(良かった、火傷はしてないみたいだ。害のない火なのかな)


 それから何気なく手のひらを返し、僕は眉をひそめる。


「なんだこれ?痣?」


 火に触れた際にできた火傷だろうか。しかしやけに見覚えがあるような――。


 そこまで考えて、僕は目を見開いた。


「これ、あの時の!」


 落下する直前、足元に現れた魔法陣を思い出す。それとそっくりな紋様が、右手の甲に描かれていた。色こそ違えど、淡い光を放っている所までそっくりだ。


 あれと同じものだなんて、嫌な予感しかない。どうにかして消せないかと擦ったが、無理だった。


「あれ・・・この真ん中の、文字か?」


 日本語でも、英語でもない、奇怪な文字列。しかし既視感を覚え、僕は首を捻った。


 それからあっと声を出す。


「夢で渡された契約書!」


 という事はやはり、これはコユキが関係しているのか。さらにげんなりし、紋様を睨みつける。


(古代語か何かかよ――ん、あれ?読めるぞ!えーっと、なになに・・・)


 つ い お く――追憶?


「追憶って、あれだよな。過去に思いを馳せるって事だろ。んんー・・・?」


 それが何故、紋様に記されているのだろう。まさかコユキがやったように、僕にも超常的な力を扱えるというのか。


 ありえないとは思うが、先程の事もある。地面にぶつかる寸前で食い止めたアレが、もし自分によるものだとしたら。


(・・・試す価値は、あるか)


 どのみちここに来たのは、記憶を取り戻す為だ。強制的ではあったが、コユキも記憶を取り戻すと言っていた。ならばこれもきっと、意味があるのだろう。


「にしても、この色。どう見ても、アレと同じだよな」


 手の甲の紋様と炎を見比べ、そう呟く。あの火に触れて現れたのだから、当然といえば当然、なのだが。


「なーんか気になるんだよなあ」


 もしこの紋様に触れたら、どうなるのだろう。そんな事を思い、右手を伸ばす。


 すると突然、視界を眩い光が埋め尽くした。咄嗟に目を瞑った僕の耳に、声が届く。


『ライ、今日はえらく気合が入ってたな!全国大会が近いからか?』


「!?」


 これは――圭太の声だ。思わず姿を探すが、眩しくて何も見えない。


 それになんだか、聞き覚えのあるある言葉だ。数日前にも、同じ事を言われたような。


『ああ、勿論!それに今回は親友も来るからな。カッコ悪い所、見せられないよ!』


 次いで聞こえた自分の声に、僕は息を呑む。そして、少しだけ俯いた。


(――ああ、そうか)


 これは僕の記憶だ。部活帰りに、いつものメンバーでここに寄った時のもの。


『だからって飛ばし過ぎなんだよ。途中でバテても知らねえぞ』


 呆れた声は、遼のものだ。いつも冷静な、頼れるエース。一言余計な所もあるが、根は良いやつだ。


『おい、遼!せっかくのやる気に水を差すなよ!』


『余計なやる気出すなって言ってんだ!お前はただでさえ全力なのに、それ以上気合入れたらバテるだろ』


『まあ、それがライの良い所でもあるけどねー・・・それよりさ、ライ!親友って、やっぱ莉緒ちゃん!?』


 今度はテンションの高い圭太の声が響く。それだけで先の展開が読めてしまい、僕はうんざりした。


 当時の僕もきっと、同じ表情をしているに違いない。その証拠に、嫌そうな声が聞こえてくる。


『言っとくけど、何もないぞ』


『えーっ、本当かなあ?だってから張り切ってるんでしょ?だったらやっぱ恋なんじゃ・・・』


『なんでも色恋沙汰に繋げるのもどうかと思うぞ』


 ため息をつき、呆れ返る僕。そんな僕を見つめ、ニヤニヤと笑う圭太の顔が目に浮かぶようだ。


(お前は女子か!)


 内心で突っ込みを入れ、今の僕もため息をつく。


『お前、やっぱ女子だな』


 僕と同じ事を思ったのか、遼がポツリと呟いた。しばらく圭太が不満を漏らしていたが、程なくして、笑い声が聞こえてくる。


 僕も同じように、笑っていた。


(あー、おっかし)


 目元を拭い、僕は内心呟いた。


 あの二人もきっと、似たような事をしてるんだろう。そんな事を想像しながら。


 くだらないけど、楽しい。それが僕らの日常だった。


 圭太に遼、それと僕。同じ柔道部に所属する、仲良し三人組。


 性格は違うけど、不思議と息が合う。そんな心地よいメンバーだ。


(そういえば全国大会、もうすぐだっけ)


 毎日、必死に練習してたな。エースの遼には負けるけど、僕だって強豪校の一員だ。


(よしっ、頑張るぞー!・・・帰れる、よな?)

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